失われたメディア・企業への「信頼」
谷古宇:近年、英国のEU離脱や、ドナルド・トランプ米大統領の登場など、これまで当たり前だと信じられてきた「既存の価値観」が大きく揺さぶられる出来事が立て続けに起きました。新聞やテレビを核とするマスコミの報道は、必ずしも民意を如実に反映するものではなく、「政治やメディア、企業でさえも信頼することはできない」という人々の声が聞こえるようになりました。
こうした政治やメディア、企業に対する人々の信頼性の低下は、企業のマーケティング活動において、どのような影響を及ぼすのでしょうか。このテーマについて、小西さんとお話をしたいと思っていました。
小西:谷古宇さんがおっしゃるように、近年、マーケティングにおいて「信頼」は非常に重要なキーワードとなっています。
『TRUST』(日経BP社)という、「信頼性」について書かれたおもしろい本があります。著者のレイチェル・ボッツマンは「デジタル時代が“分散された信頼”を生み出す」というユニークな視点で、現代の不安定な社会を分析しています。たとえば、見知らぬ人同士が、あるデジタルプラットフォームで商取引をするとしましょう。取引終了後、彼らはお互いを「商取引の相手としてどうだったか」評価します。国家や企業などの組織が担保していた「システムとしての信頼」の危うさが露呈する中、こうした「集合知の信頼(=分散された信頼)」が、より支持され始めているのです。これは、今後の「ブランド」の信頼のあり方自体にも関わってくるものです。
顔が見えないEC事業でどう信頼を得るか
谷古宇:『TRUST』では、中国のEC企業アリババが成功事例として取り上げられていましたね。アリババ 創業者のジャック・マー氏は、同社の信頼を損ねる不正を犯した営業部員、それらを見て見ぬふりをした社員を全員解雇した。そして、当時のCEOだったデビッド・ウェイ氏、COOのエルビス・リー氏は辞任をしました。誠実なオンライン市場の構築を目指すアリババにとって、信頼とはまさに貨幣のような存在だったのではないでしょうか。「信頼の醸成こそが、アリババの成功の原動力」と、ボッツマンは見解を述べていました。
小西:個人間取引を仲介するEC事業において、取引をする当事者たちはお互いがどういう人なのかを知ることができません。そういう特殊な「場」を社会に根付かせるには、見知らぬ人同士でも信頼し合えるような仕組みの構築を第一に置く発想が重要だったのでしょう。それが奏功したからこそ、アリババは中国市場で圧倒的な成功を収めることができたのだと思います。
見知らぬ他人同士の取引で生じるかもしれないトラブルをいかに未然に防ぐか。あるいは、疑心暗鬼を生まない関係性をどのように作っていくか。この発想を大事にする点は、UberやAirbnbのような昨今注目のユニコーン企業にも通じるところがあります。
もはや大企業や権力者だからといって、無条件で信頼される時代ではありません。むしろ今日では、個人のジャーナリストや専門家・エキスパートへの信頼性が高まっています。今必要なのは、ブランド構築をより人を中心に、消費者や外部を巻き込んだ共創プロセスにより、「民主化」していくことではないでしょうか。