※本記事は、2019年2月25日刊行の定期誌『MarkeZine』38号に掲載したものです。
モノの所有ではなく、ソーシャルイベントやコンサート、ヨガなどの「体験」に時間とお金を費やすミレニアル世代。年々購買力も高まっており「体験経済(Experience Economy)」の拡大を後押ししている。
これにともないプロダクトやサービスは体験に紐づくものが売れるという現象が起こっている。この消費の大きな変化を受け、リテールブランドは単にモノを売るビジネスから、体験を生み出すエンターテインメント企業に生まれ変わることが求められている。
体験を生み出す効果的なツールとして注目を集めているのがVR(仮想現実)とAR(拡張現実)だ。IKEA、LEGO、メイベリンなどグローバルブランドのAR施策事例が様々なメディアに取り上げられており、リテールの世界では特にARへの注目が高まっている。
一方、体験を生み出すのはARによる視覚情報だけではない。音や香り、味など五感によっても心地良い体験を生み出すことができる。欧米では五感を刺激しイマーシブな(没入感のある)空間を作りだすことに取り組む企業が増えている。どのような体験を生み出しているのか、その最新動向をお伝えしたい。
「体験経済」の到来とリテールに求められる変化
まず米国のイベント会社EventBriteのミレニアル世代を対象にした調査を参考に、「体験」の重要性がどれほど高まっているのかをお伝えしたい。この調査は2014年に米国在住で18歳以上の消費者2,083人を対象に実施されたもの。このうちミレニアル世代は507人。
まず明らかになったのは、ミレニアル世代は体験にお金と時間を費やす傾向が強いということだ。同調査では、78%のミレニアル世代がお金を使うのならモノではなく体験だと回答している。これを裏付けるように、82%が過去1年間でパーティー、コンサート、フェスティバル、パフォーミングアーツ、レース、スポーツアクティビティに参加したと回答。ミレニアル世代より上の世代ではこの割合は70%だった。一方、過去1年の体験だけでは物足りず、ミレニアル世代の72%が次の1年で体験への消費額を増やすと答えている。
またこの調査では、体験を求める背景に人やコミュニティとのつながりを強め、人生を豊かにしたいという欲求の高まりも示唆されている。ミレニアル世代の77%が人生の中で最も楽しかった記憶はイベントや実際の体験から得られたと回答、また69%がイベントなどの体験を通じて、人やコミュニティ、さらには世界とのつながりを強くできると答えているのだ。
このように体験への渇望が強くなる中、モノやサービスを売るリテール企業は、体験空間を生み出しその中でブランドやプロダクトを紐づけることが求められるようになっている。
VR/ARは、体験を生み出す効果的な手段として数年前からリテールシーンでの活用が始まっている。たとえば、英国百貨店大手ジョン・ルイスは2016年のクリスマス・キャンペーンでVRを用い、仮想空間で動物と触れ合える施策を実施。2017年にはARを活用したキャンペーン「Moz The Monster」を実施した。玩具大手LEGOは2017年末、LEGOブロックで作った自動車や建物とバーチャルな物体を組み合わせて遊べるARアプリを公開している。
VR/ARは仮想の視覚情報を与えることで、バーチャル体験を生み出すことが可能だ。特にアパレル、玩具、家具、旅行など視覚情報が重要となるプロダクトやサービスとの親和性が高いと言えるだろう。
リテール企業の間で特に注目を集めているAR。そのアプリを開発するにはどれほどの費用が必要になるのか。開発する国やアプリの特性によってコストは変わってくるが、エストニアのアプリ開発企業TecSynt SolutionsがARアプリ開発にかかるコストを概算している。東欧のオフショア開発ハブであるウクライナで開発した場合のコストだ。
たとえば、最もシンプルなジャイロスコープをもとにしたARアプリだと5,250〜8,750ドル(約59万〜98万円)となる。QRコードなどのマーカーをトリガーとするARアプリは7,000〜1万4,000ドル(約79万〜158万円)、IKEAの家具アプリのような3D物体を映すARアプリは8,750〜1万7,500ドル(98万〜197万円)、GPSやWi-fi、コンパスなどをフル活用するARアプリは1万4,000〜2万8,000ドル(約158万〜316万円)。これらはAR機能の開発コストで、ペイメントや言語、アナリティクス、チャットなどの機能を追加する場合、その分のコストが必要になる。