デジタルだけに閉じてはいけない 組み合わせ施策の重要性とは
「Beyond Digital これからのマーケティングの進む道とは?」と題された本セッション。前日本郵便、現イーリスコミュニケーションズの鈴木睦夫氏と、早稲田大学の恩藏直人教授が登壇し、デジタル×アナログ施策の効果について議論を交わした。
ネットや携帯電話のない時代からマーケティングの世界に身を置く鈴木氏だが、「マーケティングはいつの時代もデータ・ドリブンではあった」と話す。今はスマートフォンやクラウド技術の発達にともないデータがより身近になり、打てばすぐに反応が見えるデジタル施策によって、効果測定も行いやすくなった。デジタルトランスフォーメーションという言葉も現れ、ここ十数年の間にデジタルの力を借りて急速に進化する企業が増えている。
一方、生活者はアナログとデジタルの違いを意識することなく、その両方を縦横無尽に行き来している。そのため企業は、デジタル施策だけに閉じてはいけないのはもちろん、デジタルとアナログで統一したメッセージを送ることに注力する必要がある。
ところがマーケティングに関しては、デジタルとアナログの組織や人、知見、予算、承認フローが分断されている場合が少なくない。この体制では、チャネルごとに異なるメッセージを発信してしまうことになりかねない。
鈴木氏は参加者に対し「デジタルとアナログをきちんと統合できているか?」を問い直してみることを勧めた。
また鈴木氏は、多くのマーケターが気づき始めているであろう「メールによるリーチの限界」についても言及。開封率が15~20%、開封率とオプトイン率を掛け合わせたリーチが6~7%となれば、残りの9割以上にはメッセージが届いていないことになる。ここにも、デジタルに偏りすぎるリスクが表れている。
さらに、デジタルとアナログを組み合わせる必要性を物語る、次のようなデータも存在する。日経BPコンサルティングが約200社の上場企業を対象に毎年行っている定点調査では、「デジタルとアナログを組み合わせた施策を実施している」との回答が35%まで増加しているのだ。
デジタル単体の施策に対する効果が、低下傾向にあることも見逃せない。アナログはほぼ横ばいだ。しかし、デジタルとアナログの組み合わせ施策について確認すると、一度満足度を下げてはいるものの、徐々に好転しつつある。
「これまで富士フイルムさんやオイシックスさんなど、有名企業のマーケター達と様々な実験をしてきましたが、デジタルとアナログの両方で施策を展開することで、必ずリフトアップを実現してきました。そのため、組み合わせの有用性は十分理解しています。私が気になっているのは『なぜ効くのか?』という理由です。DMを受け取ったユーザーの心が動いたから効果が現れたのだとしたら、そこに存在するユーザー心理を知りたかったのです」(鈴木氏)
そう考えた鈴木氏は、早稲田大学の恩藏教授に声をかけ「デジタル×アナログ」がなぜ効くのかを探るための産学協同研究を、2年前に開始した。
紙とデジタル、どちらのクーポンを先に受け取った方が嬉しい?
日本郵便、富士フイルムそして早稲田大学恩藏ゼミでは、2017年から2019年1月にかけて3回の産学協同実験を行った。
実験1では、富士フイルムの会員リストに対してクーポンを配布した後、会員にアンケート調査を実施。クーポンの配布パターンは「紙→デジタル」のA、「デジタル→紙」のB、「デジタル→デジタル」のCという3パターンだ。アンケートの回答者数は約100~200名で、「クーポンの内容を確認できたか」「クーポンを熟読したか」「クーポンを受け取った時の印象」という質問項目を設けた。
その結果、紙が絡むとアクセス数が2倍、注文数が4倍、クーポンの使用率に至っては5倍以上という効果が確認された。
この実験で特に注目すべきは、紙とデジタルの順番である。「受け取った時の印象」という項目で比較すると、「紙から先にもらった方が嬉しい」という反応が、こと30代以下のデジタルネイティブ世代で顕著に見られた。
この結果に対し、鈴木氏は「紙に慣れていないデジタル世代だからこそ、紙でもらえることが喜びにつながるのではないか」と考察を述べた。
紙に「温かみ」を感じるデジタルネイティブ層
実験2では、いよいよ「なぜ紙が効果をもたらすのか?」という本質に迫った。ABCの各グループに行ったアンケートで、受け取ったクーポンに対し「温かみを感じるか」「労力がかけられていると感じるか」といった観点から質問を行った。
温かみという点については、一見、紙とデジタルで大きな違いは確認できなかった。しかし、結果を年代別に見ていくと、30代以下のデジタルネイティブ層が突出して紙に温かみを感じていることが判明。
別の質問からは、紙について「労力がかかっていると感じる」と回答した人が、紙を総合的に高く評価していたことが明らかになった。恩藏教授は、この理由について、IKEA効果というメカニズムを引き合いに、次のように解説した。
「家具ブランドのIKEAで商品を購入すると、自分で組み立てなければいけませんよね。自ら労力を注いだ対象に対して消費者は愛着を感じるということが研究で証明されています。このIKEA効果は、特に若い世代で多く見られるメカニズムです」(恩藏教授)
デジタルでのアプローチ ロイヤリティの高い顧客には要注意
実験3では、ユーザーを「紙→デジタル」「デジタル→デジタル」のクーポン送付順序と購入金額でグループ分けし、レスポンスの違いを比較した。
注目されたのは、デジタルに対する反応だ。グラフを確認すると、ユーザーのロイヤリティが高いときに、デジタル(E)における全項目の数値が低くなっていることがわかる。
一方で、紙に対してはそのような動きが見られない。つまり、上位顧客にデジタルのアプローチを繰り返すと、「またこんなものが送られてきた」「私は企業にとって特別で、上位のお客であるはずなのに」というネガティブな印象を与えかねないことが、この結果から想像できる。
DMもリアルタイム&パーソナライズの時代に
本セッションでは、デジタル×アナログ施策の好例として、第33回全日本DM大賞のグランプリを受賞したディノス・セシールの取り組みも紹介された。
受賞した取り組みは2つある。1つ目は「ECと紙をリアルタイムで連携させたカート落ちDM」だ。これは、オンラインショップで1度カートに入れたものの買うに至らなかった商品が、24時間以内に紙に印刷され、DMとして届くというもの。デジタルと紙を融合させ、リードタイムを大幅に短縮した取り組みといえる。
2つ目は「小冊子DM」。たとえば、顧客がオンラインショップでスカートを購入すると、その情報を基にAIがSNSなどから収集した画像情報や自社のカタログ情報を照らし合わせて「このスカートを買っている人にはこんなアイテムも似合います」「我が社にはそのアイテムに似たこんな商品があります」と提案する。その提案内容をまとめた小冊子が、DMとして届くというものである。
同イベントで数年間審査委員長を務める恩藏教授は、受賞の理由をこう評する。
「昨年までは、ユニークな素材を使ったDMなど、目で見たり耳で聞いたり手で触ったりして、五感で作品の良し悪しを評価できるものを取り上げてきました。ところが、今年受賞したディノス・セシールのDMは、説明を受けるまでその良さがわからない。そういう時代になってきているのです」(恩藏教授)
また鈴木氏も、受賞作品について次のようにコメントした。
「この取り組みのすごいところは、需要をコントロールすることなく、サービスが成立している点です。明日ハガキが何通出るかは誰にもわからない状況で、仮に郵送単価が1通なら100万円で100万通なら10円だった場合、実施企業側はとても予算化できませんでした。しかし、今はそれが実現できる郵便サービスが生まれているのです」(鈴木氏)
鈴木氏は、ユーザーの行動がトリガーとなって施策が走ることを「ユーザートリガー」と表現。ユーザーがサイトを訪問すればリターゲティングが走るように、デジタルの領域で、ユーザートリガーは当たり前に行われている。今はデジタルに限らず印刷物の領域でも、ユーザートリガーでリアルタイムにパーソナライズができる時代になった。ディノス・セシールの取り組みは、そのことを象徴する好例だ。
「ECとリアル店舗の融合」は手段でしかない 真のオムニチャネルとは
講演の最後に鈴木氏は、マーケティング領域で定着しつつある「オムニチャネル」という言葉の意味するところを、次のように語った。
「オムニチャネルという言葉が意味するのは『ECとリアル店舗の融合』ではありません。それは単なる手段で、真のオムニチャネルとは『生活者が欲しいものを欲しい時に欲しい方法で手に入れられる環境を作ること』です」(鈴木氏)
鈴木氏は、「広告は邪魔者」と捉えられてしまう理由を「欲しくない情報を欲しくないタイミングと方法で押し付けているから」だと強調。しかし、データを使えば、ユーザーが何をどのタイミングでどのように欲しがっているかわかるはずである。
その上で、テレビや店頭、コールセンター、DM、OOHといったすべてのタッチポイントを統合して設計することではじめて、真のオムニチャネルが実現するのだ。鈴木氏は、「大きい会社になればなるほど組織が細分化されているため難しいと思いますが、頑張って取り組みましょう」と参加者に呼びかけた。
さらに、恩藏教授は、米国の取り組みを例に、日本でも産学連携を強める必要性を訴えた。
米国の「ジャーナルオブマーケティング」という世界的に権威のあるマーケティング論文誌では、毎年掲載されている100本程度の論文のうち、約半分が産学連携によって書かれたものだという。また、MSI(Marketing Science Institute)という世界のマーケティング研究の潮流を作っている機関でも、企業が出した研究課題に研究者が取り組むという流れが確立されている。
恩藏教授は、日本郵便との協同実験について「私たちが行ったのは決して特殊なことではなく、世界的に見ればスタンダードになりつつある動きです。皆さんにも、パートナーとなる研究機関やキーパーソンを見つけて取り組んでいただきたいです」と語り、セッションを締めくくった。