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BOOKS

「アフターデジタル」の今、真価を発揮するデジタルマーケター


 本稿では、MarkeZine編集部がピックアップしたおすすめの書籍を紹介します。今回紹介するのは、ビービットの藤井保文氏と『ザ・プラットフォーム』等で知られる尾原和啓氏の新著『アフターデジタル オフラインのない時代に生き残る』です。

アフターデジタルに取り残される日本

 「アフターデジタル」という言葉を前にしたとき、多くのデジタルマーケターは「何をいまさら」と感じるのではないだろうか。デジタルメディア広告費がテレビCM広告費を上回りそうだと聞いても、感慨はあっても驚きなどない。デジタルメディアがあたりまえの時代に我々はマーケティング活動を行っているのだから、と。

 だが、本書『アフターデジタル オフラインのない時代に生き残る』(日経BP社)が示すのは、単にオンラインメディアが主流になったという現状認識ではない。中国で進行している、UXを競争原理とする企業戦略のドラスティックな変化を活写し、この潮流から取り残されつつある私たち日本企業に警鐘を鳴らすことこそが、本書の狙いである。

 「企業戦略」というと、現場のデジタルマーケターには関係のない話と思われるかもしれない。しかし、これから説明するように、本書はデジタルマーケターの新しいミッションを教えてくれる格好のガイドブックなのだ。

UXはデジタルマーケティングの一分野ではない

 『アフターデジタル』はUXコンサルティングを手がけるビービットの藤井保文氏と『ザ・プラットフォーム IT企業はなぜ世界を変えるのか?』で知られる尾原和啓氏が共に筆を執り、アリババや平安保険といった中国企業のUX戦略を解説し、日本企業が今後とるべき指針を明らかにしたものだ。

藤井保文・尾原和啓『アフターデジタル – オフラインのない時代に生き残る』日経BP社、2200円+税
藤井保文・尾原和啓『アフターデジタル – オフラインのない時代に生き残る』日経BP社、2200円+税

 UXというと、地道なサイト改善などといったデジタルマーケティングの一分野を指していると思われがちだが、それは大きな誤りである。アリババのジャック・マー氏やテンセントのポニー・マー氏といったCEOが全精力を傾けて推進する、より優れたUXを提供し新たな行動データを得るためのエコシステム拡大戦略こそが、その実態だ。

 本書によると、現代の企業間競争は、顧客IDにひも付いた大量の行動データによって優れたエクスペリエンスを実現することで、いかにして自社サービスの多様な接点において「顧客吸着度」を高めるかにかかっている。したがって、UXとはデジタルマーケティングのニッチなジャンルではなく、自社の競争優位を実現しプラットフォームとしての覇権を確立するための企業戦略に他ならないのだ。

保険会社が医療・健康アプリで実現する心ゆさぶる顧客体験

 たとえば、従来型の保険会社だった平安保険は、積極的な買収によって自動車メディアや、マイカー管理アプリ、デジタル決済とEC機能を持つアプリを吸収し、ユーザーとの接点を広げてきた。中でも成功しているのが、グッドドクターという医療・健康アプリで、アプリ上で医師の問診を受けられる機能や、人気のある開業医をバイネームで予約できる機能を提供している。

 グッドドクターアプリはその高い利便性によって「平安保険は私の生活を支えてくれる良い会社」というブランディングを商品広告なしで実現するうえに、保険の営業を行う際の強力なツールにもなっている。たとえば、保険契約の商談をクローズできなかった顧客にアプリをダウンロードさせておく。その後顧客がアプリで健康情報を調べて病院を予約したら、そのタイミングで「最近、体調は大丈夫ですか。病院とか行っていませんか?」と電話をかけ、病院に行く話を聞き出して「お子さんを見ておきますよ」と提案をするのだという。

 このように、優れた顧客体験を提供することで、生活者からより多くの行動データを獲得し、そのデータをもとに顧客体験を磨き込むことで圧倒的な競争優位を獲得するのが、中国企業のUX戦略である。事実、中国最大のテック企業であるアリババは、シェアリング自転車事業「オッフォ」、デリバリーフードの「ウーラマ」をはじめとする生活を取り巻くエコシステムを形成し、IDに行動データを紐づけてきた。

 彼らは自らの経済圏に顧客を「吸着」させ、より包括的な行動データを収集するためなら、体験価値が高くてユーザーに支持されているがマネタイズがうまくいっていないサービスを買収してエコシステムに取り込むことも辞さない。

「オフラインが存在しない世界」の本質

 こうした中国のプラットフォーム企業は、デジタルが生活に完全に浸透したOMO(Online-Merge-Offline)の世界像を前提に企業活動を展開している。このインパクトを伝えるために藤井・尾原の両氏が作った言葉が「アフターデジタル」だ。

ビービットWebサイトより
ビービットWebサイトより

 「アフターデジタル」では、顧客がモバイル決済やIoTによって常時オンラインに接続しており、オフラインが存在しない世界を前提とし、「リアル世界がデジタル世界に包含される」という捉え方をする。「ビフォアデジタル」においては、リアル店舗や人ベースでいつも会えるお客様が、たまにデジタルに来る、という認識だった。これが「アフターデジタル」では、顧客とはデジタルで絶えず接点があり、たまにデジタルを利用したリアル店舗や人を訪問してくれる、という認識になる。

 「アフターデジタル」のインパクトをオムニチャネル、O2Oの延長上の話と考えると罠にはまる。オフラインでのビジネスをオンライン接点でも実現すればいい、デジタルのノウハウをオフラインに採り入れればいい、という具合に問題を矮小化してしまうからだ。結果として、アフターデジタルにおける基礎となる「オフラインビジネスのデジタル化(行動データ取得)」には着手できず、全速力で顧客接点を倍増させるプラットフォーム企業に従属させられてしまうのである。

日本企業に求められる、中国企業とは異なる戦術

 「アフターデジタル」におけるゲームチェンジに対応するためには、すべての顧客接点をオンラインにするために事業のあり方を改革していく必要がある。これには経営層の理解が必要なのはいうまでもないが、経営層からのトップダウン改革がうまくいきやすい中国企業とは別の戦術が、日本企業には必要である。

 そこで本書が提案するのが、まず、経営層と部長クラス、現場が「アフターデジタル」の世界観を共有し、OMO型でのデジタルトランスフォーメーションを実行するというビジョンを共有すること。そのうえで、現場主導のボトムアップで「UXグロースハック」で小さな成果を作ってから、「UXイノベーション」へ進むという二段階の改革を進める、というプランだ。

 「UXグロースハック」、つまり、既存接点においてデータドリブンにUXを改善してカスタマージャーニーを磨き込むことでビジネス成果を出し、行動データの取り扱いに習熟してから、デジタルを利用した新しい顧客接点を創造する「UXイノベーション」プロジェクトに挑むほうが、成功確率は上がる。著者が指摘するように、アリババのようなプラットフォーマーも、祖業のECやペイメント領域で「UXグロースハック」を極めたことで、イノベーティブなUX戦略を遂行する能力を獲得したというストーリーを歩んできている。

デジタルマーケターにとってはチャンス

 そして、この「UXグロースハック」において存在感を放つのが他ならぬデジタルマーケターである。

 近年、マーケティングは経営そのものだという言説とセットで、デジタルマーケティングはマーケティングコミュニケーションの一分野であり、狭い分野でスキルを磨くだけではキャリア展望に乏しいという主張を目にすることが増えてきた。

 しかし、UXグロースハックを担いつつ、顧客インサイトやデザインシンキングといったマーケターと親和性の高いスキルを蓄積することで、デジタルマーケターがUXイノベーションにおいて中心的な役割を果たすことは想像に難くない。デジタルマーケターが自らの強みを理解し、デジタルトランスフォーメーションのリーダーとしての地位を模索するとき、本書は頼れるコンパスとなるだろう。

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この記事の著者

江川 守彦(編集部)(エガワ モリヒコ)

東京大学文学部を卒業後、総合広告代理店でマスメディアの媒体営業業務を経験し、出版社に転じて人文系の書籍編集に従事したのち、MarkeZine編集部に参画。2018年よりオーガナイザーとしてMarkeZine Dayの企画にも携わる。

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

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MarkeZine(マーケジン)
2019/04/11 10:10 https://markezine.jp/article/detail/30814

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