デジタル人材の確保と育成はなぜ難しいのか
では、DX推進に必要な人材とは、具体的にどのような人材なのでしょうか。電通デジタルでは、DX推進人材を「テクノロジーを起点に、デジタル時代の企業のあり方を提言し、その変革実行にともなう課題解決に必要な、高く幅広い専門性を持つ人材」と定義しています。
ソフトウェアを中心にビジネスモデルやサービスに変革が起き、多くのイノベーションが生まれているため、テクノロジーを基盤とすることは必要不可欠です。また、その進化が指数関数的なスピードとなっている以上、テクノロジーは次々と陳腐化していくため、一度身につけたスキルであってもいち早く捨て、新しい領域をキャッチアップしていくことが求められます。これは同時に、若手であっても早期に専門家として確立しうることを意味します。
そして、テクノロジーを起点としながら、ビジネスモデルを変革し、価値を創造するところまでがDX推進人材の活躍するフィールドです。必然的に、ビジネスプロデューサー・デザイナー・エンジニアといった多様な専門性がここには求められます(図表4)。
さらに、その専門性を“ハイブリッド/フルスタック”に求められるのは、DX推進人材の大きな特徴といっていいでしょう。DXで立ち向かう複雑で大規模な課題は、単一のオペレーションや機能の提供では解くことができません。複数の専門家がバケツリレーのように連携するのではなく、ハイブリッドな専門性を持つ多能工人材がチームとなることが重要なのです。
たとえば、エンジニアリングができるデザイナー、マーケティング施策を練れるインフラアーキテクト、データサイエンスに長けたビジネスプロデューサー……。異なる専門性の融合は、コンセプトやアイデアを早期にプロトタイプ化して検証したり、実効性の高い戦略や企画に結実するなどのバリューを生みます。DXで必要なのはスピード感、そして高速なPDCAであり、精緻なアウトプットを重厚に重ねるウォーターフォール的なアプローチではありません。そのためには、専門性を高めることに加え、幅を広げる、すなわちハイブリッド化していくことが必要なのです。
ところが冒頭で述べたように、このような人材は需要に対して供給が不足しており、かつコンサルティングファーム、デジタル/マーケティングエージェンシー、プラットフォーマーを中心としたIT企業などの採用も旺盛なことから、事業会社ではなかなか充足が難しくなっている現状があります。
また、せっかく採用できたとしても、多様な専門性を持つ人材はそれぞれ異なる価値観や文化を持つことから、なかなか定着しない、あるいは意図したような活躍や成長が果たされないといったケースも多いようです。
従って、DX推進人材の確保と育成には、足りないスキルセットを持つ人材を対処療法的に採用するのではなく、中長期的な視点に立って人事戦略を再構築することろから検討する必要があるでしょう。これまで企業の人材育成は、少なからず「連続的・均質的」な成長を前提にしていました。ところが、DX推進人材は「非連続・多様」がキーワードとなります。必然的に、多様性に富む人材像を明確化した上で、一人ひとりの現状に合わせたキャリアパスの設計が不可欠となります(図表5)。
近年、人事制度を柔軟に改めて、専門人材の採用競争力を上げようという試みがよく見られます。しかし、経済処遇は変数の一つにすぎません。それよりも、このデジタルの環境に合わせて、自社の求める人材像は他社とどう違うのか、なぜその人を必要とするのか、どうやってその人の成長に貢献できるのか、自社独自のビジョンを明確化することが重要でしょう。これは採用だけではなく、どうやって既存の人材を、ロールモデルの存在しないDX推進人材に転換していくか、内部育成の施策立案にも有効に作用するはずです。