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OMO時代の体験設計はシームレスから「フリクションレス」へ/オイシックス奥谷×グーフ岡本対談【前編】

 OMO時代の到来が盛んに語られるようになり、マーケターは、アナログとデジタルを横断した豊かな体験を提供するために、様々なテクノロジーを活用できるようになった。その反面、消費者にとって本当に心地良い体験になっているか、いつの間にか“企業都合”の設計になってはいないか、問い直しながら施策を進めていくことが重要になっている。本記事では、オイシックス・ラ・大地の奥谷氏とグーフ岡本氏が、OMO時代の体験設計をテーマに対談。「フリクションレス」「スマートショッパー願望」といったキーワードを基に、今マーケターに必要な視点が提示された。

「フリクション」を感じるサービスになっていないか?

――本日は、実務と学術の両面から消費者とのコミュニケーションを追求されてきた奥谷さんと、印刷業界のテクノロジーに造詣が深く、紙メディアとデジタルの融合に取り組まれてきた岡本さんに、お話をうかがいます。早速ですが、お2人から見て、OMO時代のコミュニケーションにおいて大切なこととは?

奥谷:アフターデジタル時代と言われる現在、リアルがデジタルでくるまれているような体験設計ができているかどうかが重要だと思っています。その体験設計を行うためのキーワードは「フリクションレス」です。フリクションレスとは、「消費者が、欲しい情報や求めている体験、コンテンツに何の障壁もなくアクセスできること」をさします。

オイシックス・ラ・大地 執行役員 COCO(Chief Omni-Channel Officer)顧客時間 共同CEO 奥谷孝司氏
オイシックス・ラ・大地 執行役員 COCO(Chief Omni-Channel Officer)
顧客時間 共同CEO 奥谷孝司氏

 しかし、企業の多くはいまも「うちの部署は紙メディアの担当です」「うちの部署はCMだけです」といった縦割り組織に苦しんでいる。それぞれの部署でバラバラにデジタルに取り組んでいては、ブランドやサービス全体で統一したユーザー体験を提供することはできません。

岡本:仰るとおりですね。テクノロジーの発展にともない、私たち技術を提供する側は「オートメーションで分析できますよ」「アウトプットが自動化されますよ」といった提案をしてきました。しかしテクノロジーを提供することばかりにフォーカスした結果、消費者が本当に望んでいることを見失ってしまったように思います。

グーフ CEO 岡本幸憲氏
グーフ CEO 岡本幸憲氏

 その間に消費者はさっさと次のステップに進んでしまっていて、テクノロジーがそこにあるだけでは、もう満足してくれなくなっています。

 生活者が中心にあって、ブランドやサービスとの信頼関係があって、楽しい体験ができる。そのブランドを取り巻くすべてのデジタルサービスを使ってみると、何ひとつ苛立つことなく、心地よくスムーズに繋がっている。このような「フリクションレス」なブランド・サービス体験を欲するようになっているのです。

世界ではフリクションレスな体験提供が始まっている

――「フリクションレス」な体験を提供しているブランドやサービスについて、教えていただけますか。

奥谷:私は今年1月にCES(※)へ行ったのですが、P&Gの赤ちゃん用・紙おむつ「パンパース」が進化を遂げていて驚きました。“Lumi by Pampers”というブランド名なのですが、紙おむつに専用のセンサーを取り付けて、小さなモニターで赤ちゃんの様子をチェックし、そこで得られたデータをアプリに送ることで、24時間赤ちゃんの状態やおむつの濡れ具合、睡眠時間などをチェックできる仕組みです。

(※)米国で毎年開催される電子機器の業界向け見本市。

 ただテクノロジーが搭載されているだけではなく、センサーによっておむつの交換タイミングがわかり、モニターによって睡眠時間も把握できるので、寝不足になりがちな子育て中の家族も安心してよく眠れるようになるというのが、このブランドの価値なのです

 アプリには、育児方法や月齢に合わせたおむつのサイズアップタイミングといった必要な情報が載っていますし、育児記録もできるので、定期健診のときにお医者さんともシェアしやすい。これだけ子育てを楽にしてくれる機能が揃っているのなら、月額350ドルでも高くない気がします。

 と、こんなふうに、リアルで起こっている生活者の困りごとや課題を、デジタルやIoTデバイスなどでくるんで解決する世界観を作っているわけですね。この状態こそがフリクションレスと呼べると思います。

ベテラン販売員が設計に携わり、「丁寧さ」を生み出す

岡本:私はあるセレクトショップの紙媒体の使い方に惚れ込んでいます。カタログは、もはやカタログの域を超えて、モード系の雑誌かと勘違いするくらいよく作りこまれているんですよね。クーポンのクリエイティブもこだわり抜かれたもので、店頭で1万円購入するごとに1,000円のクーポン券を渡しているのですが、もう使わずに飾っておきたいくらい素敵なんです。もちろん店頭でもデジタルでも使える仕様になっていて、デジタルへの誘導の仕方も、とてもスムーズです。

 聞いたところによると、このカタログを制作しているのは、長年店頭で販売員を経験された方。だからこそ、どのような顧客体験を提供すると、ユーザーの心に響くのか知り尽くしているこれが、フリクションレスな顧客体験を作る丁寧さ、きめ細やかさなんだなと思いました

奥谷:D2Cコスメブランド「Glossier(グロッシア)」のニューヨークの本店も、素晴らしかったですよ。店舗はショールームとして使われていて、そこで各々が、自分に合うアイテムを試すことができます。私は「娘へのお土産に、なにか買いたいのですが……」と聞いたのですが、ピンクのオーバーオールを身にまとった店員がおすすめのものを見繕ってくれて、その場でクレジットカードで決済。お会計は、それでおしまいです。

 あとはワクワクしながらレジへ向かうと、いつの間にか自分の名前が書かれたピンクのショッピングバッグに、商品が入って用意されている。その中には、お店のロゴステッカーまで入っていて、皆テンションが上がった状態でお店を出る。このショッピングバッグもとにかく「映える」から、帰り道も嬉しい。デジタルでの世界観を壊さないショップ作りも、素敵なフリクションレスの一例です。

シームレスは企業都合、フリクションレスは生活者起点

――シームレスという言葉もよく使われますが、どう違うのでしょう。

奥谷:シームレスはあくまでも「企業が提供しているサービスの状態」をさします。とりあえず紙の印刷物にQRコードをつけました、IoTデバイスはアプリと連動しています、という状態。なるほど確かにオンとオフがつながっているから、シームレスな状態ができあがっていると言えます。

 ところがいざ使ってみると、QRコードが読み取りにくい、連動しているアプリはUXが最悪などの不具合が多く、消費者は心地いい体験ができないこれは「フリクションだらけ」な状態ですよね。以前と比べてテクノロジーが普及して、どんなサービスを提供するにせよ、“とりあえず”オンとオフをつなげることはできるようになった。しかしいざ使ってみたら、スムーズには使えず摩擦だらけ。そんな状態が、そこかしこで起こっているわけです。

 OMO時代の主役は消費者です。使う側の消費者の目線に立って、あるサービスを使う時に、リアルタイムで欲しい情報にアクセスできるか、ユーザーが常にインタラクトしたくなるか、アプリにせよサービスにせよイライラせずにスムーズに使えるか。そんな快適なユーザー体験がデザインされている状態、それが「フリクションレス」だと理解しています。

岡本:シームレスはどこまでいっても企業都合なんですよね。印刷業界でもテクノロジーの活用が当たり前になり、「バリアブル印刷で、レコメンドをそのままオートメーションで印刷に載せました」といった技術を競うようなサービスが増えてきました。

 しかし大事なのは、生活者を中心において、ブランドとの強い信頼関係があって、サービス体験を楽しめる状態があって、ということ。テクノロジーがあるからただそれを使いました、というやり方では企業都合のシームレスにしかならなくて、生活者を起点とした豊かなサービス体験は生まれないと感じています。

奥谷:そうですね。プロダクトアウトや、製品・サービスの押しつけ、一つのブランドだけで消費者を染め上げてしまおうというようなことは、どれも「フリクション」になってしまうと思います。

「スマートショッパー願望」を満たすことが一つのゴール

――フリクションレスな体験が目指すべきゴールについても、お聞かせください。

奥谷:一つは、消費者の「スマートショッパー願望」を満たしてあげることではないでしょうか。

 消費者は多かれ少なかれ「このサービスにこれだけのお金と時間をかけたんだから、素敵な体験をさせてよね」という気持ちをもっています。私はこれを「スマートショッパー願望」と呼んでいるのですが、そのブランドの店舗やサービスを体験したことで“I‘m good enough.””I’m a smart shopper.”などと、誇らしく思いたい、と考えるところがあるのです。

 合理的に考えれば、「わざわざ店頭へ行かなくても、ネットで買えば良いのでは」と思うでしょうが、「非合理的で不条理な自分の行動すらも受け入れて、フリクションレスなサービスをとことん楽しむ。その様子をSNSに投稿して、反響がもらえるのも素敵。そうした丸ごとの経験を含めて、クレバーでありたい」という考え方もあるのです。

 そういう気持ちを、店頭やデジタル、デバイスの体験で各種サービスがサポートしてあげると、「スマートな私になれた」と満足してもらえるはずです。

岡本:確かに、先ほどのGlossierの例は、その最たるものですよね。Instagramやブログなどで、Glossierのショッピングバッグの写真は本当によく見ますから。

 他には、家庭用の自転車型トレーニングマシン「PELOTON(ペロトン)」も、そういう「スマートショッパー願望」を叶えていると言えるかもしれませんね。

奥谷:そうですね、NRF2020(※)へ行ったときにペロトンの社長のセッションを聞いて、見事な世界観を作っているなと思いました。ペロトンのトレーニングマシンって、20万円くらいするんですよ。「随分高級だな」と思うのですが、このトレーニングマシンにはタッチパネル式のモニターが付いていて、そこにカリスマトレーナーによるフィットネスコンテンツがストリーミング配信されます。

(※)米国で開催される、リテールや流通業界を対象とした展示会。

 しかもそのトレーナーが「今この瞬間からあなたは変われる」などと励ましてしてくれるのです。マシンのほうも、「今日であなたは100回目のトレーニングですね」と、トレーニング状況を把握しておいてくれる。デバイスやデジタルの向こう側に、ユーザーにしか見えない、つながれないコミュニケーションやコミュニティがセットで付いてくる。他では得難い経験です。

 するとだんだん、このトレーニングマシンでエクササイズする行為が「運動している」から「ペロトンやってる!」という、動詞へと変わっていく。そして「ペロトンやってる私って、いい感じ」という「スマートショッパー願望」を満たすことへとつながっていくのです。

 最近私はよく「優れたフリクションレス体験には、ユーザーにしか見えないデジタルの世界がある」と言っていますが、ペロトンの事例はまさにそれを示しています。

 一見、昔ながらの普通のトレーニングマシンで運動しているだけなのですが、バイクの向こう側にあるデジタルの世界に、自分の好きなカリスマトレーナーがいて、一緒に頑張っている仲間たちがいて、彼らと一緒にエクササイズできるスタジオもある。

 これを私は、B to Cの関係ではなく、B with Cであり、B with C with Cの関係だと繰り返し述べてきました。テクノロジーを上手に活用してこのようなエコシステムを作り、スマートショッパー願望を満たしてあげることが、OMO時代の世界観なのかも知れないなと思っています

対談の後編では、“フリクションレス”が実現されると、マーケティング・ビジネスはどのように変わっていくのか、より深掘りした内容をお伝えします。お楽しみに!

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この記事の著者

石川 香苗子(イシカワ カナコ)

ライター。リクルートHRマーケティングで営業を経験したのちライターへ。IT、マーケティング、テレビなどが得意領域。詳細はこちらから(これまでの仕事をまとめてあります)。

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

【AD】本記事の内容は記事掲載開始時点のものです 企画・制作 株式会社翔泳社

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MarkeZine(マーケジン)
2020/03/13 10:00 https://markezine.jp/article/detail/32944