「売れるLP」はない。あるのは「売れたLP」だけ
MarkeZine編集部(以下、MZ):川端さんは、4月下旬に投稿されたnote「広告バナーをデザイン論で語らずに『ビジネス思考』を学んでみよう!」が多くの方に読まれ、1,700以上の「スキ」を集めていました。タイプの異なるバナー広告の成果を、LTVまで含めてビジネスの視点で分析した解説はとても腑に落ちたのですが、どんな反響がありましたか?
川端:そうですね、参考になったという意見を多くいただきました。マーケティング領域でトップを走っている方々にもTwitterで取り上げていただけたりと、多くの方に伝わる内容だったのだと手応えがありましたね。
6月に投稿した「BtoCのLPを成功させる為の20項目」もたくさんの方に読んでいただき、LPに課題を感じている方が少なくないのだなと実感しました。
2004年、EC事業スタートアップに参画。デザイン/広告/商品開発などの知見や技術を独学で身につけ、2010年に株式会社nanocolorを設立。
BtoCを中心に広告/ECサイト/LP/CRM/ブランディングなどを中心に顧客のデジタルマーケティング領域を支援している。
MZ:その記事のサブタイトルには「世の中は『売れたLP』か、それ以外か。」と書かれていました。これまでの記事やnanocolor(ナノカラー)さんのサイトを拝見しても、川端さんは一貫して「“売れる”LPはない、あるのは“売れた”LPだ」と示されていますよね。まず、この意図をうかがってもいいですか?
川端:売れたLPとは文字通り、結果的に売れたLPです。そのときのビジネス環境や顧客の困りごとを加味して仮説を設定し、施策として実施した結果、目標を達成した場合に“売れた”と言えますよね。
ただ、それは個別ケースによって目標も評価指標もまったく異なりますよね。そこを考慮せず、スタートする前から“売れる”と謳うのは、制作会社にもクライアント側にもかなりの乱暴さがあるのではないか、と思うんです。
見栄えのデザインではなく戦略のデザイン
MZ:確かに、獲得の件数なのかCPAの最適化なのか、あるいはLTVなのか、何をもって“売れた”と結論付けるかは個々の案件によってまったく違いますね。
川端:そうなんです。LPに限らず、バナーやプロモーション施策も同じだと思いますが、少なくとも僕は“売れるLP”という言葉には強い違和感があります。バナーやLPを運用して改善していくなら、月次なのか年間なのか、見る期間によっても評価が変わってしまいます。他社の成功事例をいくら参照しても、同じ成果が得られる保証はどこにもありません。
nanocolorを創業して丸10年になるのですが、BtoCに特化した販売戦略をデザインするWeb制作会社として確立するまで、わりと紆余曲折ありました。なので、僕自身が経営者として「売り」にこだわるのは心底わかりますし、制作会社が「売れるLPを作ります!」と言ってしまうのもクライアントが売れるLPを求めるのも理解できます。でも、それを続ける限り、貴重な投資がかなり無駄になるかもしれない。結果が出なかったら当然クライアントは不利益を被り、制作会社の継続的な商売にもならないので、とてももったいないと思います。
MZ:なるほど。今、販売戦略をデザインする会社とおっしゃいましたよね。見た目のデザインという意味ではなく、そのバナーやLPでの販売の目標を設定し、達成に向けた戦略策定と実行を支援するという意味ですか?
川端:そうですね。「デザインやサービスで顧客貢献したい」という表現は、我々売り手目線の願望です。本当の意味での貢献には、クライアント事業の目標とビジネスモデルの理解、そして実際のユーザーを理解するために現状や過去の数値の把握や分析を行った上での戦略設計が必要であり、僕らは常にそこからスタートしています。その先にある結果が顧客への貢献です。
獲得したい利益から逆算して指標を設定する
MZ:冒頭でご紹介したnoteで「ビジネス思考を学ぼう」と書かれているのは、そういう姿勢も込められているのですね。川端さんの記事は、いわゆる見た目のデザインから考え始めてしまう制作会社やデザイナーだけでなく、発注側であるマーケターにも役立つ視点が多かったと思います。「ビジネス思考」は、クライアント側にも欠けていることが多いのでしょうか?
川端:残念ながら、多いと感じます。もちろん、どの企業でも予算や売上目標があり、それに基づく基本的なマーケティング戦略が考えられていると思いますが、バナーやLPなどの制作物に落とし込むとなった途端、「売れるデザインにしてほしい」といった漠然としたボールを投げてしまうことがよくあると思います。思考停止になればなるほど、他社の勝ちパターンやロジックなど答えへの願望が強くなる傾向がありますね。故に「売れるLP」の需要があるのでしょうね。
MZ:デザイン、あるいはWebマーケティングは自分がわからない領域だから、と丸投げしてしまうのかもしれないですね。そこは、クライアント側も「何のために依頼するのか」をしっかり見据えないといけない。
川端:そうですね。今の状況と未来の理想、その乖離を埋めるには何が必要なのか? 問題をしっかりと理解することで課題が見つかり、仮説が生まれる。そのずっと先にLPや広告やバナーが存在します。デザインはその中の手法の一つです。
ビジネス上で発生するすべての活動は、企業にとっては投資です。投資である以上、獲得したい利益があるはずです。nanocolorで大事にしている指針のひとつに、「利益から『逆算』した指標を目指す」という項目があるのですが、バナーやLPという直接的に獲得に結び付く施策だからこそ、創出したい利益から逆算して指標を設定し、近づけていくことが重要だと思います。
商品の購買は、買う側にとってはエンタメ
MZ:バナーやLPにおいて、そもそもあまりマーケティング戦略が立てられていないというお話がありましたが、それ以外にマーケター側が見過ごしてしまっている課題などはありますか?
川端:僕らはBtoC領域の、特に美容やコスメ、健康食品といった比較的気軽に購入できる商材の案件を多く担当してきたのですが、そうした商材って実はすごく感覚的に選ばれていますよね。もちろん、マーケティングの様々なフレームワークや過去の勝ちパターンが有効なこともあると思いますが、どんどんニーズが多様化する中、表層的なペルソナ設計しても、他社の勝ちパターンを模倣しても思い通りの結果になることは少ないです。
買う側は、なぜ買ったかを言語化するのは難しいですが、直近の経験やライフスタイルを通して「こういうものが欲しい」という気持ちを潜在的に持っています。それにフィットする形状や成分や価格を兼ね備えた商材を、ちょうどいいタイミングで提示できると「これだ」と思ってもらえます。
MZ:確かに、特に低単価の商材はそうした意志決定が多そうです。
川端:それを僕らは「腹落ちした商品」と呼んでいます。僕らも当然、LPの効果をデータとヒートマップで細かく把握・分析し運用してクリエイティブの精度を高めているので、データは言うまでもなく大事なのですが、買う側から見るとお買い物はとてもエンタメ性のあるものです。「なんか、いい」とか「これを使っている私が好き」とか、そんなふわっとした意思決定も多い。そこを、ときにマーケターの側が複雑に捉えようとし過ぎて、成果に結びつかないことがあると思います。
まずは“絶対に買ってくれる1人”を探す
MZ:では、具体的に川端さんはどのようにバナーやLPを制作しているのですか?
川端:たとえば、オーガニックが好きな人というペルソナにはなぜオーガニックが好きになったのかという背景が全く描かれていません。「オーガニック好きの私」が好きなのか、「身体的な関係でケミカルな物が苦手」なのか、という背景です。「港区在住の子供が2人いる38歳主婦」のような、よくあるペルソナを立ててその背景は予測できるでしょうか。そうではなく、この商品を指し出したら絶対に買ってくださる一人の人を探すところから始めます。その方にインタビューして、どんなスタイルを好み、どんな言葉を使うのか、といったことまでしっかり摂取した上で、必要な接点や情報、コンテンツを組み立てます。
同時に、そのペルソナは市場に何人いるのか? そのペルソナだけで目標数値は達成できるのか? というテストを繰り返し、不足している数値、その原因、解決施策を積み上げていきます。ペルソナのインサイトという定性データを定量データで計測し、ニーズを探り仮説、計測、改善を行き来しています。
MZ:架空の人ではなく、実在する人にインタビューして深掘りすることが大事なんですね。
川端:そうですね、インタビューももちろん大事ですし、普段のコミュニケーションでも顧客を把握するための素養を養えると思います。社内のメンバーもそうなんですが、僕らはできるだけいろいろな人に会って、使う言葉や感情の起伏、何を感じているのかという部分に意識的になるようにしています。人間観察ではないですが、そうしたストックを制作に応用していくことが重要だと実感しています。
直接的な獲得施策にも、LTV発想を
MZ:お話をうかがっていると、利益にこだわっているからこそ“売れる”という言葉を安易に使われていないのだなと感じます。利益を出せるLPに必要な考え方や要素とは、何でしょうか?
川端:正直、LPだけで利益を生むのは難しい話だと思います。ROIとROASのどちらでみるのかによっても違ってきますし、獲得件数が多くても離脱も多かったら利益とは言えません。ただ、いくつかポイントを挙げると、まず顧客の期待とクリエイティブのミスマッチを極力なくすことが有効です。そのために、購入の可能性がある人のニーズをしっかり捉えて、訴求をそれぞれ最適化します。
その上で、地道に計測ポイントを設けて採算が合っているのかを確かめていくと、たとえば低関心層はリーチが取れていても採算が合わないからやめるのか、それともいずれ購入者につながるから継続するか、といった判断もしやすくなります。もちろん、このように中長期的な視点でLPやバナーを設計するには前述の「ビジネス思考」が必要ですが、逆にそれができれば、LTVの向上に寄与するLPを実現できると思います。そうすると、おのずとファンと呼べる顧客が増え、CRMまで視野に入れた一貫したマーケティングが可能になります。
MZ:なるほど、そこまで見通して最初の接点を設計することもできるんですね。
川端:もっと言うと、LPはブランディングにもつなげられます。ブランディングは決して“いい感じ”のサイトやロゴや作ることではなく、僕は全部数字に表れるものだと考えています。個々の顧客にいちばん適した接触の仕方で関係ができ、ファンになってくれたら、その熱量が低関心層に届いて興味を引く、そんな好循環が生まれます。
データを最大限活用することと、顧客を“1コンバージョン”と捉えずに丁寧にコミュニケーションを図ることは両立できると思うので、今後もその考えを徹底し、マーケティングとクリエイティブを高い次元で融合できるように努力したいですね。