この記事は、日本マーケティング学会発行の『マーケティングジャーナル Vol.40, No.4』の巻頭言を、加筆・修正したものです。
実務・学術面から、ソーシャルメディアと向き合う
ソーシャルメディアの登場は、誰もが低コストに発信することを可能にしました。これはメディアの民主化と消費者へのエンパワーメントと言えます。また、そこに集積される消費者の声は、広告、マーケティングリサーチ、カスタマーサポートなど、企業のマーケティング活動の諸側面を補完することが可能性です。
しかし、ソーシャルメディアの情報は玉石混交であり、誰もが簡単にコンテンツを発信できることは諸刃の剣です。ソーシャルメディアに期待された光の側面だけでなく、炎上、フェイクニュース、やらせ、といった影の側面が顕著になっていることもまた事実といえます。
我が国におけるソーシャルメディアの歴史を振り返ると、ミクシィとグリーが開設したのが2004年、ツイッターが登場したのが2006年、フェイスブックが登場したのは2008年(米国では2004年)です。つまり、主要なソーシャルメディアが登場してから十年以上が経過したことになります。誕生から十年以上の時間が経過したということは、人間に例えればティーンエイジャーです。身体が大きくなるなかで、時にはぶつかり、軋轢を生みながらも社会と向き合い、成長をする時期です。
『マーケティングジャーナル』2021年3月号の特集テーマに「ソーシャルメディア」を設定したのは、主要なソーシャルメディアが登場してから十年以上が経過したこのタイミングでソーシャルメディアが企業や社会にもたらす光と影の両側面に目を向け、実務、学術の両方でソーシャルメディアとどのように向き合えばよいのかを今一度考えたかったためです。
本特集号では熱狂とバーストのメカニズム、製品レビューの有用性、創発的消費者のソーシャルメディア利用状況に関する論文が掲載されています。執筆者の先生方の専門はマーケティング、計算社会科学などバラエティに富んでいます。計算社会科学はMarkeZineの読者には耳慣れない言葉かもしれませんが、大規模社会データを情報技術によって取得・処理し、分析・モデル化して、人間行動や社会現象を定量的・理論的に理解しようとする学問です。ここからは掲載された論文の内容を紹介していきます。
ソーシャルメディアが生み出す熱狂とバースト
ソーシャルメディアの普及にともなって、インフルエンサーマーケティング、ファンマーケティング、アンバサダーマーケティングなど様々なマーケティング手法が生まれていますが、その基盤となるのはファンの存在と、ファンの熱狂の孵化器であり増幅器であるソーシャルメディアです。
最初に紹介する論文は明治大学の水野誠教授、筑波大学の佐野幸恵助教、東京工業大学の笹原和俊准教授による「熱狂するファンダム―プロ野球ファンのツイートを分析する―(PDF)」です。この論文では日本のプロ野球に関するツイートを収集・分析し、試合の勝敗や優勝争いがどのようにツイッターの投稿に影響を及ぼすかを検討しています。
また、ソーシャルメディア上の熱狂の変化を長期・短期的の異なる時間軸で検証しています。研究対象はプロ野球なので、この論文はスポーツやエンターテインメントのマーケティングという文脈でもヒントがあると思います。観客収入が重要となる産業では、ファンの支持が欠かせません。ファンの熱狂が増幅するソーシャルメディアは、スポーツやエンターテインメントの領域でこれからも重要な役割を担っていくはずです。