積年課題の解決が、さらなる事業成長の契機に
アスクルはBtoBを軸にした通信販売の会社として創業し、直近10年はBtoC事業も精力的に展開している。商品を当日もしくは翌日に届けることがサービスのコアだ。それを支えるため、全国に9つの配送センターを配備し、商品の安定供給を続けている。
同社は「お客様のために進化する」をDNAとし、社名であるアスクルも、事業者目線の言葉「明日届ける」ではなく、顧客目線の「明日来る」に由来しており、顧客重視の姿勢が表れている。併せて2020年12月には「仕事場とくらしと地球の明日に『うれしい』を届け続ける。」をパーパス(存在意義)として策定。それに紐づくバリューズ(価値観)も言語化している。
同社の業績は、2021年5月期に売上4,221億円を達成。2022年5月期は4,300億円超を計画しており、着実に成長していることが見て取れる。
だが、順風満帆に見える同社にも売上高が伸び悩んだ時期がある。2010年前後のことだ。当時、同社には「積年課題」と呼ばれていた問題があったという。
「積年課題とは、改善したほうが良いことは理解していても、手を付けられていなかった問題のことです。Web配送ステータスの表示や、納品書の同梱対応などがそれに当たります。解決のコストや、物理的または技術的に難易度が高いといった企業目線の理由で、解決されないままのものがいくつもあったのです」(アスクル 宮澤氏)
アスクルがこれらの解決を進めるきっかけとなったのは、東日本大震災で自らの存在意義に立ち返ったことだった。本講演では、同社でパーパス・ドリブンなマーケティング、DXを推進してきた宮澤氏が、デジタル、データを駆使して顧客・社会との関係を強化していく過程を明かした。
ピンチの中で見えた自分たちの存在意義
2011年3月11日に発生した東日本大震災では、仙台にある物流センターなどが壊滅的な被害を受けた。「励ましや早期復旧を望む声をいただき、自分たちがお客様の業務継続に欠かせないインフラなのだと実感しました。何としてでも復旧するという気運が社内で高まったのです」と宮澤氏は当時を振り返る。これが社員たちが原点に立ち返るきっかけとなり、「お客様が求めることをすべてやろう」と「積年課題解決チーム」が発足した。
早速顧客の声に耳を傾け、実現していくためのアクションを開始。要望をより詳細に把握すべく、意識調査や許容度調査などを実施し、一つずつ形にしていった。
たとえば、商品の種類を増やしてほしいという要望に基づき、従来の事務用品やオフィス用品のほか、作業・研究用品、医療・介護用品などのラインナップも拡充。中にはアスクルのコアとなっていた「翌日に届ける」のが難しい商品も含まれたが、顧客の要望に合わせて、自ら変わることを選んだ。
商品検索の機能も強化した。たとえば「ドレッシング」という語は一般的には調味料を指すが、医療や介護の従事者が使用する“褥瘡に貼る絆創膏のような材料”の意味で使われることもある。このように複数の意味を持つ語について、過去の購入データなどに基づきパーソナライズすることで、検索者が求めるものをより早く提示できるようにした。
また「目の前にあるモノを注文したいが、商品名がわからない」という困りごとが多く寄せられたことを踏まえ、画像から商品を特定し表示する機能も実装した。
各種の対応を講じた後は、その内容をサイトで公開し、顧客との関係性を深めてきた。
顧客に真摯に向き合い、2012年から再び成長軌道に乗ったアスクル。しかし2020年のコロナ禍をめぐる混乱で、再び自分たちの役割に向き合い、より踏み込んだ対応を進めることになる。