前編では、プロ野球チームを運営する千葉ロッテマリーンズの事例を紹介。コロナ禍でスポーツ観戦の在り方が変容する中、キャッシュレスデータからコアファン/ライトファンの特徴を把握し、それらの消費行動を紐解いていったといいます。
キャッシュレスデータで3つのペルソナを深掘り
MarkeZine編集部(以下、MZ):まずはお2人が担当されている業務と、ミッションについてお教えください。
千葉ロッテマリーンズ:プロ野球チームの千葉ロッテマリーンズにおいて、マーケティング戦略本部戦略企画部のCXM推進グループ(2022年3月時点)に所属しています。このグループでは事業系ITインフラの管理運用のほか、市場調査や収集データの分析業務などを担っています。
平野:私は三井住友カードのデータ戦略部で「Custella Analytics」のプランナーを務めています。Custella Analyticsとは、キャッシュレスデータを基にした分析支援サービスです。カード会員様の属性や購買実績などを個人・加盟店が特定できないよう統計化し、クライアントの顧客理解を定量的にサポートするのが我々のミッションです。2021年より千葉ロッテマリーンズさんの担当プランナーとして、分析の要件定義や切り口のご提案を行っています。
MZ:Custella Analyticsを活用される以前、千葉ロッテマリーンズではどのようなマーケティング課題を抱えていたのでしょうか。
千葉ロッテマリーンズ:2020年にマーケティング戦略の一環でペルソナを設定しました。コアファンにあたる「ローカルマリーンズフリーク」をメインに、30代前後の活発な方たちを指す「アクティブアラサー」と、小さなお子様連れのご家族を対象とする「ファミリーwithキッズ」という3種のペルソナです。
ペルソナの設定にはファンクラブのID情報「マリーンズID(※)」を活用したのですが、各ペルソナをより深く理解するにあたり、自社データだけでは材料が不十分だと感じていました。そんな折に提案いただいたのがCustella Analyticsです。ファンクラブ会員の球団外における購買行動や、非会員のデータが見られると知り、活用を決めました。
※公式ファンクラブ「TEAM26」の有料会員・無料会員全員に発行されるIDのこと。千葉ロッテマリーンズが提供する各種Webサービスやアプリを利用する際に必要となる
提携カードの利用回数を基準にコアファンを定義
MZ:具体的にどのような分析を実行されたのでしょうか。
平野:まずはコアファン/ライトファンの定義からお手伝いをスタートしました。「マリーンズVISAカード」という弊社と千葉ロッテマリーンズさんの提携クレジットカードがあるので、そのカードホルダーを定性的にコアファンと定義。提携カードを使った千葉ロッテマリーンズ関連商品の購入回数を捕捉したところ、8回という閾値を導き出せました。
平野:その閾値を基に、提携カード以外のカード会員様で8回以上関連商品を購入されている方もコアファンと定義。購入回数1~7回の方はライトファンと捉え、両者を性年代や家族構成、消費行動で比較分析したのがネクストステップです。
コアファンとライトファンを定義した際に、千葉ロッテマリーンズさんが既に設定されていた3種のペルソナと重なる部分が見えてきました。ローカルマリーンズフリークはコアファン、アクティブアラサーやファミリーwithキッズはライトファンという具合です。
千葉ロッテマリーンズ:ペルソナ設定は我々にとって初めての取り組みだったので「これで本当に合っているのか」という不安は正直ありました。Custella Analyticsで分析していただいた結果とペルソナが近しかったので「方向性は間違っていなかったんだ」という確信が持てたのは嬉しかったですね。
コアファンの多くがスポーツ動画のサブスクを利用
平野:意外な発見があったとすれば、移動手段のデータでしょうか。千葉ロッテマリーンズさん側で「ペルソナの移動手段は電車がメイン」という想定をされていたのですが、実際にデータを見るとレンタカーやガソリン、ETCの利用が多かったんです。
平野:ほかにも「コアファンはスポーツ関連動画のサブスクリプションサービスに加入しているのでは」という仮説のもと分析を実行したところ、比較対象よりも1.77倍高い加入率が示されました。
千葉ロッテマリーンズ:コロナ禍で観戦の機会が減ったぶん、サブスクリプションサービスに加入する人は増えているだろうという肌感覚は持っていましたが、具体的な数字までは追いきれていませんでした。1.77倍という数値を見て「やはり」という手応えを感じたのは事実です。
MZ:「ペルソナの深掘り」という当初の目的を両社で見事に達成されていると思います。お取り組みがうまく運んだ要因はどこにあるとお考えですか?
平野:分析を進める中で、ペルソナとは別に「来場圏居住者」というお客様像を両社で作ったんです。具体的には千葉県の約20地区をピックアップし、そこにお住まいの方を来場圏居住者と定義しました。この来場圏居住者がペルソナの比較軸となり、分析の高度化に寄与したと考えています。
あとは、千葉ロッテマリーンズさんが既に明確なペルソナを設定されていたことも成功要因だと考えています。具体的なペルソナがあったからこそ、その条件にあてはまるデータを抽出し、球団外の消費行動を精緻に捉えることができました。
スタジアムへ戻ってきてもらうための施策強化へ
MZ:最後にお2人の展望をお聞かせください。
千葉ロッテマリーンズ:コロナ禍で長らく制限下の球団運営を余儀なくされていたので、まずはスタジアムへ戻ってきていただくことを目的に、設定した3つのペルソナごとのアプローチを強化していきたいです。あわせて、非来場層に対するアプローチにも着手したいと考えています。
千葉ロッテマリーンズ:今後は時世が変わるにつれ、お客様の消費行動も変化する可能性があります。今回のお取り組みで提案いただいた切り口や得られた知見を継続して追っていくのはもちろん、これまで着目していなかったポイントについても引き続き一緒に探っていけると嬉しいです。
平野:緊急事態宣言やまん延防止等重点措置が解除された直後のデータなども貯まっているので、消費者の行動変容をなるべくリアルタイムに把握していただけるよう、引き続きご提案していきたいです。
後編では、医療用医薬品を製造・販売するアステラス製薬の事例を紹介。キャッシュレスデータから病院利用圏を可視化し、最終ユーザーである患者さんの行動を紐解いていったといいます。
医師の先にいる患者さん像の把握に課題
MZ:まずはお2人が担当されている業務と、ミッションについてお教えください。
齋藤:アステラス製薬は「変化する医療の最先端に立ち、科学の進歩を患者さんの価値に変える」をVISIONに掲げ、医療用医薬品の研究開発から販売を手掛ける企業です。私は営業本部デジタルコミュニケーション部に所属し、三井住友カードさんをはじめとする社外とのネットワーク構築をはじめ、部のミッションの1つである「デジタルを通じた営業活動の高質化・効率化支援」を目指して活動しています。
福武:私はCustella Analyticsのプランナーとして、クライアントのニーズをヒアリングし、分析プランを提示する役割を担っています。現在はアステラス製薬さんをはじめ、複数のクライアントを担当しています。
MZ:Custella Analyticsを活用される以前、アステラス製薬ではどのようなマーケティング課題を抱えていたのでしょうか。
齋藤:エリアごとの患者さん像について知る機会を十分に持てていませんでした。私たちが扱う医療用医薬品は、医師が発行する処方箋を通じて患者さんに届きます。したがって、私たちが情報提供を行うお客様は医療従事者です。最終ユーザーである患者さんのことを常に考えながら業務に臨んではいるものの、エリアごとの客観的な患者さん像を描くことは難しかったため「もっとデータドリブンにインサイトを把握できる方法はないか」と模索していました。
とはいえ、患者さんの情報は非常にセンシティブです。簡単にアクセスできるデータではないと思いつつ糸口を探していたところ、キャッシュレスデータに行き当たりました。カード利用者様の情報を厳格に保護しつつ、圧倒的なデータ量から切り口次第で様々な示唆が得られると知り、三井住友カードさんの問い合わせフォームからご相談したのが始まりです。
実態に即した病院利用圏を可視化
MZ:齋藤さんからの相談を受け、具体的にどのようなお取り組みを進められたのでしょうか。
福武:まずは病院利用者がどこから来ているのかをキャッシュレスデータに基づき可視化しました。具体的には市や区などの単位でエリアを分け、数十エリアの病院を対象に利用者の居住地や勤務地を可視化。「このエリアの利用者は居住地の近くだからこの病院に来ている」「このエリアの利用者は勤務地の近くだからこの病院に来ている」といった仮説を立てるためのファクトデータを提示したのです。
齋藤:私たちはこれまで「行政区」や「二次医療圏」などの単位でエリアを捉えていたのですが、患者さんが病院を選ぶ際にそのようなエリア区分を意識するとは限りません。ご自身が行きたい病院に行くはずです。「行政区と患者さんの移動圏は必ずしも一致しないのではないか」という仮説を、Custella Analyticsによって確信に変えることができました。
福武:「自宅近くの“かかりつけ医”から総合病院を紹介される」というのはよくある病院の利用ルートだと思います。病院間で情報連携は行われているようですが、そのルートが患者様にとってベストかどうかはわかりません。ある患者様にとっては自宅の最寄りにある病院よりも、鉄道沿線の2、3駅先にある病院の方が行きやすいかもしれませんよね。齋藤さんが元々お持ちだった仮説を起点に、データで裏付けをしていったのが今回の取り組みです。
医療分野とキャッシュレスデータのプロが生むシナジー
MZ:お取り組みを通じて、齋藤さんはどのような手応えを感じていらっしゃいますか?
齋藤:やはり仮説をきちんと立証できたのは大きかったです。今回の分析はあくまでトライアルなので、各担当者が分析から得られた知見を基に自身の担当エリアを理解していくのがネクストステップになります。トライアルとはいえ、分析を通じて得られるデータは担当者が医療従事者への情報提供について考える際の有力な材料になるものだとわかりました。今は本格展開に向けて準備を進めているところです。
MZ:「キャッシュレスデータ×医療」という難しい組み合わせでありながら、順調にプロジェクトが運んでいると感じました。成功要因はどこにあるとお考えですか?
福武:齋藤さんが「これを解き明かしたい」という明確なクエスチョンをお持ちだったことが大きな成功要因だと考えています。データ分析と一口にいっても、切り口は無限です。仮説なき分析は手段の目的化に陥り「結局何がしたいんだっけ」という状態になってしまうのです。
福武:また、アステラス製薬さんと弊社それぞれの得意領域を持ち寄りながら分析プロジェクトを進めることができたのも良かったです。私たちは分析のプロフェッショナルとして、データの組み合わせや分析の切り口を考えることはできます。「そこから何が読み解けるのか」「どの切り口を深掘っていくべきか」を考えるフェーズでは、医療分野を専門とするアステラス製薬さんのお知恵が不可欠です。共同制作のように意見を出し合えたことが、アウトプットのクオリティ向上に寄与しているのではないでしょうか。
齋藤:定例ミーティングに加えて、少しでも気になる点があればすぐディスカッションに応じていただけるのでありがたいです。こちらが無理を承知で「こんなことできませんか?」と投げかけても、可否をストレートに伝えつつ「この切り口なら近いデータが見られるかもしれません」という提案をいただけるので、安心してキャッチボールできます。
連携データの拡充で分析の高度化を目指す
MZ:最後にお2人の展望をお聞かせください。
齋藤:営業の第一線を含め、情報提供活動を巡る一連の流れがデータドリブンになっていくべきだと思っています。たとえ医療に特化していないデータであっても、切り口を工夫すれば使えることがCustella Analyticsを通じてわかりました。担当者の勘と経験も大事にしつつ、より精緻な仮説を基に全ての担当者が動ける組織を作っていきたいです。
キャッシュレスデータの可能性は正直まだまだ引き出し切れていないと思っています。今後は購買情報やカード利用者の嗜好性などのデータも活用しながら、三井住友カードさんと一緒に自社のマーケティング課題を解決していきたいですね。
福武:世の中にはキャッシュレスデータ以外にも位置情報やPOSデータ、商品情報など様々なデータが存在しています。特にキャッシュレスデータは商品情報が取得できないので、ご一緒できるデータホルダーを探してCustella Analyticsのアセットを強化していきたいです。
齋藤:そのお取り組みにはかなり期待をしています。ソースが異なる集計データを結びつけることは困難なので、三井住友カードさんが横のつながりを強化してくださると、さらに深い分析ができるのではないかと思います。