D2C最大のメリットは、顧客と直接つながれること
磯山:アンカー・ジャパンさんと言えばモバイルバッテリーなどの充電関連製品の印象が強いですが、その他にもハードウェアを幅広く展開しています。お客様とのコミュニケーションを通したブランド構築にも積極的だと聞いていますが、考え方や成功事例についてうかがいます。
猿渡さんがアンカー・ジャパンに参画したのは2014年とのことですが、当時からD2Cモデルだったんですか。
猿渡:はい、創業当初からD2Cを採用しています。自社ECに限らず、商社や販売代理店を通さずにメーカーが直接お客様に製品を売るという意味では、Amazonや楽天で場を借りて売るのもD2Cであるためです。
D2Cというモデルはそれほど目新しいものではありません。D2Cという言葉は数年前から日本で盛り上がってきましたが、環境が整備されたことが大きいと思います。ECモールもそうですし、自社ECをやるための便利なプラットフォームもたくさん出てきました。
磯山:アンカー・ジャパンさんがD2Cに力を入れているのには、どのような背景があるんですか?
猿渡:D2Cの最大のメリットは、お客様と直接つながれることです。小売店で買い物をするお客様の様子を網羅的に観察することは難しいですが、D2Cならば動きがわかります。中間マージンを省けることも利点としてはありますが、それはあくまで副次的なものだと思っています。
お客様と関係を築いて、ブランドの魅力を直接伝えられることは大きなメリットです。これは、私たちのビジネスモデルにマッチしていると考えています。
磯山:Ankerグループのミッションは「Empowering Smarter Lives」ですね。
猿渡:はい。ハードウェアが提供する体験で人々の生活を豊かにしたい、スマートにしたい、人々をエンパワーしたい。そのためには、お客様に選んでいただく必要があります。「顧客のほうを向いて仕事をしていきましょう」と、カスタマーサポートにも、ブランドチームにも、セールスチームにもよく話しています。売上や利益は「どれだけお客様に選んでもらえたか」のわかりやすい指標でしかありません。
メーカーが本来やるべきは「良い製品を作ること」
猿渡:私は、メーカーの仕事は「良い製品を作ること」だと思っているんです。魅力的な製品さえ作れば、大手プラットフォームに何十万と並ぶ製品の中でも選んでもらえます。
わかりやすい例で言えば、Appleの製品は広告を打たなくてもたくさん売れている。もちろんテレビCMを流していますが、やらなくても売れる製品です。長年培ってきたブランドはもちろんですが、根本にあるのは製品の良さです。
私たちも売上が100億円くらいになるまでは大型のプロモーションに投資していませんでした。それよりもハードウェアを求める人に対して良い製品を提供するという、本来メーカーがやるべきことに集中していました。
磯山:wevnalは集客から購入、継続、解約まで一貫してサービスを提供していますが、「ユーザーを満足させることがリピートにつながる」という話はその通りです。
猿渡:みんなすぐLTVを計算したがります。それ自体は正しいかもしれないですが、お客様目線ではなく企業目線であることを理解すべきです。
良い製品を作ってお客様の信頼を得る。それによりロイヤリティが高まり、結果としてLTVが上がる。だから最初から「LTVを上げよう」とあれこれ施策を打つのは、目的と手段が逆転しているなと。
磯山:企業都合で数字を考えるより、まずは顧客の信頼を得ることが大事である。
猿渡:サイトのUI改善も、お客様にとって見やすくした結果として、わかりやすい導線になるんです。決済サービスを新たに導入して売上が伸びたとしたら、お客様の選択肢が増えて買いやすくなったからです。
逆に、解約のための電話番号やフォームをあえてわかりづらくする手法がありますが、あれはチャーンレート(解約率)を下げることが目的になっていてお客様目線じゃありませんよね。
磯山:数字のために顧客の利便性を犠牲にするのは本末転倒ですね。
猿渡:短期的に見れば損なのかもしれません。ただお客様に向き合って仕事をしていれば、長期的にはお客様に信頼していただけるブランドとなり、結果として企業の成長につながると思っています。