※本記事は、2022年8月25日刊行の定期誌『MarkeZine』80号に掲載したものです。
米国テレビ市場に押し寄せる大波
米国Nielsen社が提供する視聴率(視聴者数のカウント)というテレビ広告枠の取引通貨が、2020年から2021年にかけて大きく揺らいだ。2022年3月に入ると、Nielsenはアクティビストと言われる米国ヘッジファンドの約2兆円の買収に合意し、上場会社でなくなる状況へと発展した。
実はこの騒動以前にも「視聴率調査はNielsenの1社独占でよいのか。代替はないのか?」という議論は、毎年恒例のごとく勃発してきた。結局、テレビ局側がNielsenの代替案が見つからないことを理由に踏み込まないままだった(Nielsen切りを決断できなかった)のだが、転機が2020年の外出自粛の時期に訪れる。
外出自粛のタイミングで、主要ネットワークテレビ局の視聴数値データが激下がりしたのだ。「おもしろい番組が制作されなくなったから」「Netflixなどのストリーミング番組に視聴者が移ったから」などコンテンツや視聴者側にも要因はあろう。ところが、各テレビ局は抗議の矛先を、Nielsenの計測状況に向けた。
視聴数下落は広告枠の価格下落につながり、テレビ局経営の利益減に跳ね返る死活現象である。テレビ局側は毎年のように「テレビ局のコンテンツは、今やストリーミング/アプリ/スマートテレビで同時視聴できる。視聴の数は過去のケーブルテレビ配信を主体とした頃よりも、むしろ増えているはずである」「スポーツ・バーでのテレビ観戦や空港待合所など屋外での視聴数がカウントされていない」などとお決まりの主張をしていた。
これに加えて、2020年からは「Nielsenはパネル調査の質の維持と向上を(外出自粛を盾にして)怠っている。数値が減るのは当然であり、むしろ違反に近い」という議論が加速。テレビ局各社がテレビ視聴の数を公平に審査する団体「MRC(Media Rating Council)」に強く抗議する事態に発展した結果、2021年にNielsenはMRCの認定から落とされてしまい、冒頭の買収事件にまで至る。
テレビ局側がネット上での視聴数計測にイライラするのは、「Netflix」と「Disney」が、ついにCTV広告枠に同時に押し寄せてくるからという理由もある。これは広告主目線で見ると、ブランドが寄り添いたいと思える「超」人気番組がオンライン上で「爆発的に増える」ことを意味する。広告会社目線で言えば、「高く売れる広告枠」が急増する日が来るのだ。
NetflixとDisneyのコンテンツ広告枠には、単なる「フォロワー数の多いYouTuberやインフルエンサー」枠どころの騒ぎではないプレミアムな価値が生まれる。現時点の日本では地上波番組のオンライン配信がTVer経由で細々と同時視聴されている程度だ。ここにNetflixとDisneyの番組や映画(の広告枠)が押し寄せてくると想像してみよう。「テレビのD2C」とも言える、NetflixやDisney+(とAmazon Prime Video)に代表されるプレミアムなコンテンツ配信企業は、地上波局の視聴データとは比較にならないネット経由のデータを蓄積している。