メタバース普及のカギはコピー技術
VR(Virtual Reality)とは、体験をデジタルコピーする技術だ。オリジナルの体験だと信じていたものが実はコピーだったとき、オリジナルとコピーの関係が逆転する。そのとき、オリジナルはホンモノの座から転落し、どこか色褪せて忘却の彼方に追いやられる。つまり、メタバースの普及はオリジナルの世界をニセモノの座に陥れてしまうかもしれないのだ。
オリジナルとコピーの攻防戦は、日常生活でも目にする。たとえば、私の娘が幼稚園児の頃、アンパンマンの原画を見せたら、「これはアンパンマンじゃない」と彼女は怪訝な顔をした。
彼女にとっては、テレビアニメのアンパンマンが、オリジナルであり、ホンモノであり、そして、現実なのだ。
私自身も同じ体験をしている。子供の頃にサザエさんの原画を見て、ニセモノだと思った経験がある。(参照:「サザエさん」原画100点や少女時代のスケッチ並ぶ「よりぬき長谷川町子展」 「サザエさん」初版(1947年) (c)長谷川町子美術館)
「コピーがホンモノで、オリジナルがニセモノ」という世界が、じつは現実だったりする。現実の世界では、オリジナルとコピーの関係は倒錯しがちだ。いや、オリジナルとコピーの区別は、そう簡単ではないというべきか。
オリジナルとコピーの攻防
ネット業界では今、メタバースやWeb3が新しいバズワードになっている。メタバースやWeb3が普及し、そのビジネスが拡大・成長するとしたら、オリジナルとコピーの攻防が鍵を握ることになる。
たとえば、Web3の代表例であるNFT(Non-Fungible Token)は、その性質から「非代替性トークン」と訳される。デジタルデータはコピーが容易なため、どれがオリジナルでどれがコピーなのかを識別するのがほぼ不可能だ。だが、NFTは、ブロックチェーン技術などを使い、唯一無二なデジタルデータ(プログラムソースや写真、音楽、絵画、契約書などデジタル情報ならなんでもいい)を生成するため、一点モノのデジタル資産(オリジナル)を容易に作ることができる。
このようなオリジナルとコピーの攻防は、メディア史においては、新しいことではない。15世紀のグーテンベルクの印刷革命で、聖書のコピーが普及した。印刷技術は羅針盤、火薬とともに「ルネサンス三大発明」の一つにあげられる。歴史上、人類に与えたインパクトはそれだけ大きい。印刷革命は、識字率の上昇の礎となり、科学・技術の発展、産業革命、資本主義の勃興・隆盛と続いていく。
印刷革命と併せて著作権(Copyright)も整備され、オリジナルの著作権者の権利を保護するようになる。コピーがタダでバラまかれては商売にならない。だから、オリジナルとコピーの戦いには歴史的系譜やバリエーションがある。
たとえば、貨幣も、広い意味では、メディアである。「悪貨は良貨を駆逐する」というグレシャムの法則は、貨幣の額面価値と実質価値に乖離が生じた場合、より実質価値の高い貨幣が流通から駆逐され、より実質価値の低い貨幣が流通するという法則である。これは、「悪貨=コピー」「良貨=オリジナル」という構造で、違法コピー(悪貨)の方が「市場に出回る」実態を端的に表現している。印刷革命は、偽札の紙幣(違法コピー)の量産に拍車を掛けた。法定通貨(オリジナル)と偽札(コピー)のイタチごっこは歴史的に延々と続いている。