「コミュニケーションの最適化」が新たなミッションに
「キシリトール」「ガーナ」「コアラのマーチ」「チョコパイ」「クーリッシュ」「雪見だいふく」など、全国的に知名度の高いブランドを複数展開するロッテ。登壇した酒井喬亮氏は、同社のデジタルマーケティング黎明期について次のように説明する。
「私がデジタルを所管する部署に配属された2017年当時、デジタルマーケティングの位置付けはあくまでマス広告の“補完的”なポジション。YouTubeやTwitterなどに広告を配信する程度でした。それから徐々にCDPや各種データ分析ツールの導入、ファンサイト、Webメディアの立ち上げなど、取り組む範囲を拡大していきました」(酒井氏)
デジタルマーケティングを推進する酒井氏に、あるミッションが課された。それが「コミュニケーションの最適化」だ。昨今、消費者にアプローチするための「チャネル」も消費者自身の「興味・関心」も多様化。動画配信ひとつとっても、YouTubeやTVerなど接触メディアは様々だ。また「ユーザーの好みも単純に分けられなくなってきている」と酒井氏。たとえばアニメは子どもが見るものから、年代を問わず多くの人が好んで視聴するものへと変化している。ロッテでも細分化された消費者ニーズを理解し、最適なチャネルを通じてコミュニケーションすることが急務となったわけだ。
最適化のための4つの段階
コミュニケーションの最適化を目指す上で、酒井氏はまずゴールの定義と取り組むべき事柄の整理から始めた。コミュニケーションの最適化を「様々なマーケティングの指標・施策の関係性を整理・構造化。その上でKPIを設定し、PDCAを回していくこと」と定義。ゴールの達成に向けて取り組むべき事柄を次の4つに分け、1から順に取り組んでいった。
1.データ収集・整理
2.可視化
3.データ解析
4.モデル化
フェーズ1では、社内の各部署に蓄積されたデータを収集・整理・構造化した。「POSデータや出荷情報など、分散した社内のデータはきちんと施策に活かせる状態にまで整理・構造化して初めて真価を発揮する」と酒井氏。整理・構造化の際は「仮のKPIツリーを描いておくことが後々の工程で鍵となる」と続ける。
フェーズ2で取り組んだデータの見える化は、本講演の肝でもある「Marketing Cloud Intelligenceを活用したダッシュボードの構築」を意味する。フェーズ3は、フェーズ1で描いた仮のKPIツリーの中身を実際のデータと突き合わせて精緻化していく工程だ。「我々は今この段階にいます」と酒井氏は述べる。
そしてフェーズ4で取り組むべきモデル化とは、何かしらのマーケティング施策を展開するとなった際に「どれだけリソースを投下すれば、消費者の行動や感情はどの程度変化するのか」を方程式に落とし込む作業のことだ。「実際にはモデル化はできなくても、各施策の目的や指標を意識してPDCAを回す姿勢を根付かせることが重要」と酒井氏は語る。
仮のKPIツリーが重要なワケ
フェーズ1の取り組みを説明する際に「仮のKPIツリーを作成することが重要」と強調した酒井氏。その理由について、医者と患者の例を使って次のように説明する。
「たとえば、ある人が健康診断を受けたとします。医者が『この患者は血圧が高めだな』と判断した直後に降圧剤を処方するかといえば、そうではないでしょう。まずは『タバコは吸うか』『睡眠時間は十分確保できているか』といった質問を重ねるはずです。“科学的根拠”や“医者の経験則”に則り『普段の食生活に原因がありそうだ』とわかれば、まずは食生活に関する指導を行うのではないでしょうか」(酒井氏)
多くのビジネスパーソンは「この施策を行うことでどれだけの売上効果があるのか」など、単一の施策と成果を結びつけようとしがちだが、酒井氏は「必ずしもひとつの施策で売上が拡大することはなく、様々な要因が成果の背景にはある」と指摘。マーケターも前述の経験則を養うために、仮であってもKPIツリーの中身を運用できるレベルの粒度で、自分たちなりに考えて作ることが重要なのだという。
マーケティング施策を行う上で注視すべき「メンタル指標」
酒井氏は仮のKPIツリーにおいて、売上に影響する要因を大きく2つに分類した。それが「メンタル指標」と「フィジカル指標」だ。
フィジカル指標は、買いたい時にどれだけ買いやすい状態にあるのかを示す指標で、代表的な例が小売店舗における自社商品の採用率だ。メンタル指標は、消費者の頭の中にカテゴリーニーズが生まれた際、ロッテのブランドが候補リストに入り、競合を含めた複数のブランドリストの中から選んでもらえる確率をいかに高められるかを示す。酒井氏は「メンタル指標こそが、マーケティング施策を行う上で注視すべき重要なポイント」と語る。
では、メンタル指標を上げるために何が必要なのか。酒井氏は「知名度」と「選好性」を挙げる。ロッテでは定期的なマーケティングリサーチで認知度の変化を確認しつつ、リアルタイム性や施策との直接的な関係の見やすさを鑑みてSNSの投稿数なども参照し、知名度の測定に活用しているという。選好性については、指標がさらに分岐する。それが「カテゴリーエントリーポイント(以下、CPE)の浸透度・数」そして「パーセプションの変化」だ。
CPEの浸透度・数は、自社の社名や商品名が検索される際の複合キーワードの数で見るという。たとえば「ガーナミルクチョコレート」の場合「ガーナ バレンタイン」「ガーナ 母の日」「ガーナ クリスマス」など、検索に使われる複合キーワードの種類が多ければ多いほど、候補リストに入る頻度が上がる。また、その複合キーワードがどのくらい消費者に浸透しているかも、検索数から確認する。
パーセプションは「施策のメッセージが消費者に正確に伝わっているかどうか」を意味し、その変化をTwitterのテキスト解析で確認している。たとえば、バレンタイン施策で「手作り」をコアメッセージに据える場合、Twitter上の投稿に「手作り」というワードが並んでいるかどうかを見てパーセプションの変化を捉えるそうだ。
このように、メンタル指標の向上を目指すにあたって「SNSの投稿数」「指名検索の複合キーワード」など、複数の指標を確認しているのだという。
あらゆる部署が活用できるダッシュボードを作成
様々な指標を「同じ見た目で全員がいつでも最新データを閲覧できるように」との考えから酒井氏が作成したのが、Marketing Cloud Intelligenceを活用したダッシュボードだ。
「OverView」では上欄に各ブランドのカテゴリーとして「ガム」「チョコレート」「ビスケット」「アイス」などのタブとブランドのタブを配置。カテゴリーとブランドを選択すると、最上部には「出荷実績」や「POSデータ」が、さらに下へスクロールすると前述のSNS投稿数や検索、またテレビCMの注視率、パブリシティなど、各指標とその結果が続く。
ロッテではこのダッシュボードに、仮のKPIツリーでまとめた指標を一元化しているという。さらに、外部の分析ツールとAPI連携することで「ほぼすべてのデータ更新の自動化を実現している」と酒井氏。
「Twitterの投稿数やテキスト解析には『Social Insight』を活用しています。デジタルアド系のデータやアクセスログは『Treasure Data』上で一元管理しているので、Treasure Dataとも連携してダッシュボード上でサイトアクセス数やWeb広告のクリック数などを見られるようにしました」(酒井氏)
これだけでもマーケティングや広告・宣伝、ブランド担当者の業務改善には十分な成果がありそうだが、コミュニケーションの最適化のゴールは「あらゆる部署の担当者がこのダッシュボードを通じて業務改善が図れること」にあるという。
経営者層であれば「財務指標を確認したい」営業部門の担当者であれば「店頭における商品の展開状況が見たい」など、部署ごとにニーズが異なる。酒井氏らはそれぞれのニーズを満たせるUIの設計に腐心。その結果、売上検証やテレビCM、外部メディア、オウンドメディア、店頭露出など多くの切り口から、より詳細なデータをダッシュボード上で見られるようにした。
全社での活用を見据えて数多くの指標を盛り込めたのは「自社で開発したからこそ」と語る酒井氏。これほどの指標を網羅したダッシュボードを外注しようとすれば、ロッテの社内にどういったデータが蓄積されているのかをまず知る必要があり、さらにそれを外注先の担当者に伝えるところから始める必要があるからだ。
導入メリットはサポートの手厚さにあり
セッションの後半、ファシリテーターを務めるセールスフォース・ジャパンの中谷卓洋氏が登場。酒井氏に質問を投げかける。
中谷氏がMarketing Cloud Intelligence導入後に感じたメリットを質問すると、酒井氏は「セールスフォース・ジャパンのサポートの手厚さ」と回答し、次のように説明する。
「私を含めチームメンバーのほとんどがデジタル部門の出身ではないため『ツールベンダーの担当者とコミュニケーションがうまくとれないのでは』と懸念していました。過去に別のツールベンダーの担当者と話がかみ合わなかった経験があったからです。その点、セールスフォース・ジャパンの担当者さんとは非常にスムーズに話ができました」(酒井氏)
現在は「このダッシュボードを様々な部署に“布教”しているところ」と語る酒井氏。その結果、宣伝チームではダッシュボード上のある指標に着目し、改善に向けて動き始めているという。「宣伝チームのみならず、ゆくゆくはマーケティング部全体にダッシュボードが浸透するよう社内啓蒙を進めていきたい」と語り、講演を締めくくった。
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