電通総研で議論した「クオリティ・オブ・ソサエティ」
2023年、MarkeZineでの最初のコラムは、雪絵ちゃんの話から始めたいと思う。
彼女は、病弱の特別支援学校にいた。多発性硬化症、別名MSという神経性の難病を中学2年生のときに発症し、手足が突然動かなくなった。MSとは、脳の中が固くなっていき、目が見えにくくなったり、手足が動かなくなっていったりする病気のようだ。彼女は、闘病の傍らエッセイや詩を多く書き残した。
私は、彼女に会ったことはない。山元加津子さん(愛称:かっこちゃん)という石川県立明和養護学校(特別支援学校)の元教諭の本で、彼女のことをはじめて知った。かっこちゃんによると、彼女は口癖のようによく言っていたそうだ。
「私はMSになってよかったよ。MSになったからこそ、わかったことがいっぱいあるし、MSになったからこそ、今周りにいる人に出会えたよ。かっこちゃんに出会えたよ。もし、MSでなかったら、違ういろいろな人、素敵な人にも出会えたと思うけれど、私は今、周りにいる人がいい、かっこちゃんがいい、だからこれでよかった。目が見えなくなっても手足が動かなくなっても、人工呼吸器をつけないと息ができなくなったとしても、決してMSであることを後悔しないよ。MSの雪絵を丸ごと愛していくよ」
—『本当のことの扉:宇宙はわきあがる想いで満ちている』山元 加津子著
一人ひとりが幸せであること。よい社会とは、結局、一人ひとりが幸せに生きている社会だと、私は思う。
昨年の末まで私は、電通総研の仕事を頂いていた。電通総研では、「クオリティ・オブ・ソサエティ:『人』が生きがいを感じられる『社会』へ」というテーマを掲げている。この電通総研のテーマを研究する過程で、私は、彼女のことを知ったのだ。
この電通総研のテーマは、様々な観点から論じることができるし、様々な意見があってしかるべきなのだが、私は、そもそも「人」が幸せを感じることができなければ、生きがいを感じることも困難だと思っている。どんな境遇の人間でも、幸せで生きがいを感じられる社会であって欲しい。
私自身、感謝を忘れてしまう時もあった。ちょっとしたことで、すぐに不平や不満をいい、弱音を吐く。彼女のおかげで、幸せはいつも自分の中にあると気づくことができる。そして、そのことに感謝できる自分でありたい。