本記事は『ビジネスダッシュボード 設計・実装ガイドブック 成果を生み出すデータと分析のデザイン』(トレジャーデータ、池田俊介、藤井温子、櫻井将允、花岡明)の「第1章 ダッシュボードの種類と課題」から抜粋したものです。掲載にあたって一部を編集しています
ダッシュボードに必要な要素
ダッシュボードを一言で説明すると、「様々なチャートや表など複数の情報を一つの画面に入れたもの」と言えます(図1.1.1)。 ビジネスにおけるダッシュボード活用に関して、可視化される情報の例を挙げてみましょう。売上、利益、利益率、販売数、平均単価や、これらの指標を部門や商品別で比較したものなどがあります。これらは、ビジネスにおける重要指標です。
データドリブンな取り組みでは、重要指標を観測し、そこから課題を見つけ、アクションを起こすことが求められます。このプロセスにおいて、ダッシュボードは気づきを与える存在です。つまりダッシュボードは可視化して終わりではなく、「ビジネス課題を解決するためのもの」です。
ビジネスニーズに応えられるダッシュボードの条件
ビジネスニーズに応えられるダッシュボードの条件にはどのようなものがあるでしょうか。私たちのチームは、「ビジネス上の目的達成に繋がるデータがリアルタイムかつ継続的に可視化され、アクションを取るために必要な意思決定ができるもの」だと考えています。この考えは次の三つの要素に分解できます。
一つ目は「目的に直結すること」です。どんな目的のためにそのダッシュボードが必要なのか。ただチャートや表を複数詰め込むのではなく、利用目的に合わせたものであることが必要です。
二つ目は「アクションに繋がる意思決定ができること」です。ダッシュボードを眺めていても行動を起こさなければビジネス課題は解決できません。可視化されたデータから目的達成に関わるCSF(Critical Success Factor:重要成功要因)やボトルネックなどを発見し、次のアクションに繋がる意思決定をする必要があります。
三つ目は「リアルタイムかつ継続的に見られること」です。ビジネスを取り巻く状況は、日々変わります。1カ月前のデータを振り返ることは大切ですが、ダッシュボードの意義は、今がどうなっているかを常に把握することです。データの内容やその処理方法によっては、最新のデータは前日や前週のものかもしれません。しかし、直近のデータをできるだけリアルタイムで継続的に見られることが必要です。
ダッシュボードは、これら三つの要素を満たしている必要があります。本書ではダッシュボードの構築プロセスについて説明します。その際、これらの三つの要素に関わる内容も紹介します。
ダッシュボードの種類(代表例)
ダッシュボードにはどんなものがあるのか、代表例を紹介します(図1.1.2)。
私たちのチームでは、ダッシュボードの利用目的には大きく三つあると考えています。「モニタリング」「戦略・方針立案」「効果測定」の三つです。もちろん、ここに示した代表例のもの以外にもダッシュボードと呼ばれているものはあるでしょう。また、業界や担当部門によって、見るべき指標や利用目的は異なります。
コンディションを「モニタリング」、素早く診断するためのKPIダッシュボード
モニタリングは、KPIダッシュボードで行います。KPIダッシュボードでは、見るべき指標を観測できることが求められます。見るべき指標は業界や部門によって異なりますが、売上やコストといったKPIを設定しているものが中心です。
KPIダッシュボードの目的はモニタリングであるため、原因特定までは求められません。状態を確認する健康診断のようなものです。現状や問題の有無を素早く診断できることが重要です。
例として、ECサイトのアクセス〜決済を確認するダッシュボードを見てみましょう。このダッシュボード(図1.1.3)は、KPIと補足情報で構成されています。売上やECアクセス〜決済までの購買ファネルの指標がKPIです。また、KPIの中でも、主要な指標について属性別や商品別などで集計したものが補足情報です。KPIに加えて、補足情報もあることで、誰が、どんな商品を購入しているのかの現状把握がしやすくなります。
課題抽出→原因特定し、「戦略・方針立案」を行うための分析用ダッシュボード
分析用ダッシュボードでは詳細を深掘りし、原因特定までできることが求められます。 先のモニタリングが健康診断であれば、こちらは精密検査のようなものです。特定の条件でフィルターをかけたり、細かな粒度で指標を確認したりすることで「なぜ売上が下がったのか」「なぜ商談数が増えないのか」などの原因を解明できます。
例として、法人向け製品の営業活動のダッシュボードで説明します。このダッシュボード(図1.1.4)は、左に全体のKPI(リード獲得〜成約までのステージごとの企業数)があり、右には各ステージの時系列の推移や次のステージへの遷移率などの重要指標があり、全体のサマリーを確認できる構成になっています。
さらに各ステージの詳細情報として、例えばリード獲得(図1.1.5)については経路別に、何が良い/悪いのかを確認できるようにしています。
分析ダッシュボード(全体)(図1.1.4)の例では、リード(=見込み顧客)の獲得数が今月(12月)の目標に対して不足しており、結果としてナーチャリング(=継続的にアプローチする顧客)の件数も目標に達していないことがわかります。また、11月も目標に達していません。もし仮に、リード獲得〜成約までの期間が長い製品の場合、リードやナーチャリング件数の不足は、数カ月後の商談・成約数に影響を及ぼします。
では、リード獲得施策における課題を調べるために、リード獲得分析ダッシュボード(図1.1.5)を確認しましょう。すると、資料ダウンロードや問い合わせの件数が目標に達していないことがわかります。これらは11月以前から目標に達していません(分析ダッシュボード(全体)でリード獲得数の推移を見ると、10月までは目標を達成していることから、他の経路が寄与していることがわかる)。もしも資料ダウンロードや問い合わせを増やすのであれば、どの手段で行うかを検討します。
このように課題を深掘りできるのが、戦略・方針立案用ダッシュボードです。
施策を「効果測定」する、施策効果測定ダッシュボード
施策を実行したら効果を確認する必要があります。モニタリング用ダッシュボードでも、施策前後の傾向の変化を確認できますが、その傾向が施策によるものかどうかまではわかりません。
また、戦略・方針立案用ダッシュボードでも確認可能かもしれませんが、施策の目的によって、見るべき指標(売上の場合もあればメール開封率の場合もあります)や見たい切り口(ターゲット別やメルマガのコンテンツ別など)は異なります。このため、施策効果測定用ダッシュボードを用意することをおすすめします。
モニタリング用、戦略・方針立案用のどちらでも施策の効果の可視化は可能です。ただし、ダッシュボードの目的が複数になることで、画面構成や構築が複雑になりやすい点に注意が必要です。
法人向け製品の広告の効果測定ダッシュボードを例にして考えてみましょう。このダッシュボード(図1.1.6)では、サイト来訪数に加え、資料ダウンロード数などの成果に関する指標や、各広告の、主要な指標への貢献状況を確認できます。広告ごとに結果の良し悪しを判断し、広告運用が検討できるようになっています。
図にはありませんが、同じ広告出稿先でも、ターゲティングをしたり、バナーなどのクリエイティブを複数パターン入稿している場合は、ターゲットごとやクリエイティブごとの粒度で成果を確認します。
使われないダッシュボードの存在
様々な学習コンテンツを通してダッシュボードを作れる/作ったことがある方は、日に日に増えていると感じます。
一方で課題も出てきました。一言で言うと、「使われないダッシュボードの誕生」です。ダッシュボードの構築が終わり、関係者に紹介したタイミングでは、「いろいろ見られるのですね、便利そうですね」と良い反応があったのに、使われなくなるケースがあります。また、ダッシュボードのリリース直後は使われていたのに、数週間も経つと使っている人が限定的になり、最終的には全く使われなくなるケースもあります。作った人ですら、リリース後に見ていないこともあるのです。
なぜ「使われないダッシュボード」が生まれるのでしょうか。様々な理由があると思います。例えば、次のようなことが挙げられるでしょう。
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ケース(1):「使い方がよくわからず、使わなくなった」
→マニュアルを用意したり、勉強会を開催したりといった対症療法的な対策で、「使われるダッシュボード」に生まれ変わる。 -
ケース(2):ダッシュボードを見ても、「ビジネス上の課題がわからない」「次に何をしたらよいか、わからない」
→使い方のレクチャーだけでは解決しない可能性がある。 -
ケース(3):「そもそもこのダッシュボードの目的がわからない」
→ダッシュボードを構築する前に、どのような目的で構築するのかという認識を関係者とすり合わせておくべきだった。
本書では「使われないダッシュボード」を生み出さないために必要なことを具体的に紹介します。その前に、「使われないダッシュボード」が誕生するまでにどのような落とし穴があるのか、もう少し説明します。
要求定義・要件定義や設計が問題
先述の通り、私たちのチームはビジネスニーズに応えられるダッシュボードの条件は、「ビジネス上の目的達成に繋がるデータがリアルタイムかつ継続的に可視化され、アクションを取るために必要な意思決定ができるもの」と考えています。
しかし、「使われないダッシュボード」の中には、次のようなケースがあります。
- データをグラフや表にして、ダッシュボードにただ埋めている
- 情報を盛りだくさんに詰め込んでいる
- どんなデータがビジネスに必要なのか、曖昧なまま作られた
- 誰がどのような業務の中で使うのか、想定せずに作られた
- 誰に何を知ってほしいのか、想定せずに作られた
これらは一例に過ぎませんが、共通して言えるのは「要求定義・要件定義」や「設計」に問題があった、ということです。どんなビジネス上の目的に対して構築するダッシュボードなのか、ビジネスに貢献するためにダッシュボードに取り入れるべき要素は何か、誰がこのダッシュボードを使うのかを、ダッシュボードを構築する前に決める必要があります。
データの構造や運用・サポートが問題
ダッシュボードの要求定義・要件定義や設計を丁寧に進めて構築したにもかかわらず、リリースしてしばらくすると、「使われないダッシュボード」となってしまうことがあります。使われない理由を紐解いてみると、次のようなケースがあります。
- ダッシュボードの動作が重く、知りたいことを調べるのに時間がかかる
- データの更新が止まっている
- 追加すべき機能やデータが発生したが、反映されていない
- そもそも使い方がわからない
- 掲載している指標の定義がわからない
- 使い方を誰に聞けばよいのか、どこで調べればよいのかわからない
これらに共通して言えるのは「データ構造」や「運用・サポート」の改善が必要だということです。
日頃の業務でダッシュボードを活用するには、知りたい情報がスピーディーに確認できることや、業務で発生したニーズを早期に満たせることが重要です。また、資料や勉強会、問い合わせ窓口などのサポートを提供することで、社内にダッシュボード活用を浸透させることができます。