本記事は『データ分析の教科書 最前線のコンサルタントがマクロミルで培った知識と実践方法』の「第3章 【STEP1&2】解くべき問いの明確化・分析ストーリー作成」から抜粋したものです。掲載にあたって編集しています。
データ分析の出発点は「解くべき問い(イシュー)の明確化」
データ分析の出発点は「解くべき問い(イシュー)の明確化」です。曖昧な目的からデータ分析が始まると、「分析結果が当たり前すぎて、使い物にならない」といった結果になる可能性が高まります。
図1に示すように、問い(イシュー)の設定次第で、データ分析の方向性が大きく変わります。問い(イシュー)の選択は「戦略」、データ分析は「戦術」の関係で理解しておきましょう。戦略(方向性)が違っては、どれだけデータ分析を頑張っても価値が半減してしまいます。最初のステップは、データ分析の手法などではなく、今回のデータ分析で何を明らかにするか(例:北海道と沖縄のどちらを目指すか)を決めることに集中することが重要です。
データ分析は「分析依頼者とデータ分析者の共同作業」
「【STEP1】解くべき問い(イシュー)を明確化する」の説明に入る前に、データ分析を成功させる大前提を説明します(図2)。それは、データ分析は「分析依頼者とデータ分析者の共同作業」ということです。分析依頼者はその領域のプロですが、データ分析に精通しているとは限りません。一方、データ分析者は、分析依頼者の業務領域に詳しくない一方で、課題が具体化されるとデータ分析のイメージが湧きやすい傾向があります。お互いの得意領域を活かしてシナジーを発揮することが成功の秘訣です。
シナジーを発揮するためには、データ分析者の役割が重要です。まずは、分析者発想(手元にあるデータをもとに、こんなデータ分析ができるのでは?と考えること)を忘れて、分析依頼者のビジネス課題の理解に集中しましょう。そして、データ分析のプロとして、ディスカッションを通じて、適切な問い(イシュー)の設定に向けて主導していくことが大事です。
「解くべき問いの明確化」のステップ
図3に、「【STEP1】解くべき問い(イシュー)を明確化する」の実施ステップを掲載しています。ここでは、他企業からデータ分析を受託するシーンを想定して説明していきます。
最初に、データ分析を依頼する企業について調べる「事前準備」を行います。その後、分析依頼者からのオリエン、ディスカッションを通じて、データ分析のスコープ(範囲)を合意し、データ分析で解くべき問い(イシュー)を明確化していきます。なお、社内でデータ分析を実施するときは、「事前準備」などの一部ステップが省略されます。
(1)分析依頼者との認識合わせをスムーズにする「事前準備」
最初のステップは、データ分析を依頼する企業について調べる「事前準備」です。分析依頼者とのディスカッションの前に、最低限のドメイン知識、企業が置かれている状況を理解しておくことが大事です。
図4に、事前準備の視点を掲載しています。最初に、『日経業界地図』『「会社四季報」業界地図』といった市販書籍や、SPEEDAの業界レポートなどを活用し、業界概要や市場環境、競争環境などを確認します。最新キーワードもチェックしておくと、ヒアリング時の会話がスムーズになります。
「時系列」「経営」「現場」の3つの観点から企業を下調べする
企業の下調べ(事前準備)は、(1)時系列、(2)経営、(3)現場、の3つの視点を意識することが重要です。
時系列視点とは「企業の意思決定の歴史を知る」ことです。会社の歴史や経営者のインタビュー記事などをチェックすることで、企業が大事にしている意思決定の軸・こだわりが見えてきます。
経営視点とは「経営陣の関心事と優先順位を知る」ことです。経営理念(ミッション、バリュー)や中期経営計画、決算報告書などをチェックすることで、経営陣の関心がある領域、課題の重要度を掴むことができます。
現場視点とは「現場の業務イメージを掴む」ことです。商品・サービス、会社の採用ページ、求人サイトなどを確認します。採用ページは、1日の仕事内容などが記載されていることが多いです。また、求人サイトの人材要件から、どのようなデータ分析が発生しそうか類推することができます。 事前準備ができていると、分析依頼者から「よくわかっている」「理解度が早い」などの信頼を獲得し、より細かい情報を引き出しやすくなります。
(2)ディスカッションによる「データ分析のスコープの合意」
事前準備の後は、「ディスカッションによるデータ分析のスコープの合意」ステップです。なぜ、スコープの合意が必要なのでしょうか? それは、分析依頼者と上長の立ち位置(視座)の違いから、データ分析の範囲が異なることによる手戻りを防ぐためです(図5)。上長から「そもそもの前提が違う」と指摘されて苦労している分析依頼者、データ分析者を多く見てきました。そのため、ディスカッションを通じて、データ分析のスコープを関係者間で合意を取ることが重要です。
「現状理解」を通じて、担当者が置かれている状況を理解する
最初は、分析依頼者の現状を理解します。(1)部門/部署のミッション・目標・方針・担当範囲、(2)担当者のミッション・目標・担当範囲・現在の業務、(3)他部署との連携状況、などを確認していきます。
部門/部署を聞くのは、同じ部門名でも、企業によって役割が異なるためです。マーケティング部でも「商品開発部」「広告宣伝部」「営業企画部」「ブランドマネジメント部」など、様々な役割があります。名称だけで判断せず、担当者のミッション・役割を確認することが大事です。
また、「戦略の階層性」を意識し、部門/個人の目標を確認します。戦略の階層性とは「上位部門の戦術が、下位部門の戦略となり、さらに下位部門の戦略となっていく階層的な構造関係」のことを言います(図6)。
それぞれの立場の目標を確認することで、分析依頼者が想定するデータ分析の範囲が狭すぎないか、抜け漏れがないかを確認しやすくなります。
「問題点の把握」「データ活用・分析状況」を理解する
現状を理解した後は、業務上の問題点・困りごと、現在のデータ活用・分析状況、分析依頼者が想定しているデータ分析内容を確認していきます。
問題点や困りごとを聞くときは、その内容に加えて、それがもたらす影響範囲(ビジネス活動、他部署との連携、生産性、残業時間など)も確認することが大事です。分析依頼者が発言しながら、「こんなに影響があるのか」と、現状を自身の中で再認識できる効果があります。
データ活用している場合は、活用シーン(誰が、いつ、どこで、誰に向けて、何のために、どのぐらいの頻度で)と、意思決定への貢献度、満足点・物足りない点を確認します。データ活用ができていない場合は、活用できていない背景、どのような内容でデータを活用したいかを確認します。
最後に、今回のデータ分析の想定があるときは、どのようなデータ分析の内容を検討しているかを確認していきます。
「そもそも」と視座を高めて、「データ分析のスコープ」を合意する
分析依頼者の現状、想定するデータ分析の内容を理解した後は、意図的に視座を高めて、データ分析のスコープを検討していきます。
そのときのキーワードは「そもそも」です。図7の「自社商品の売上が低下している」といった問題があるとき、多くの担当者は「競合にシェアを取られているのではないか?」と考えて、「新規顧客の獲得」「既存顧客の維持(流出防止)」に目がいきがちです。そこで、「そもそも、市場規模が縮小しているため、売上が低下しているのではないか?」と問いかけて、視座を高めていきます。
市場規模が縮小している場合、新規顧客や既存顧客のデータ分析をしても効果は限定的になります。また、市場規模が縮小していても、シェアを伸ばしている競合が存在する場合、競合の戦略・戦術の理解を通じて売上改善のヒントを得ることがデータ分析のスコープに含まれる可能性があります。
「データ分析の手戻りをなくす」ために、「そもそも」を連発する
図8に示す、「アプリの利用率を高める方策を知りたい」といった場合、アプリ担当者は「どのような機能・特典を強化すべきか?」などの施策(HOW)に目がいきがちです。人間は問題が発生すると、無意識に身近なことに原因を求める/施策(具体策)を考える傾向があるためです。
そこで、「そもそも」を連発してみます。すると、「そもそも、アプリが知られていないのではないか?」「そもそも、アプリのユーザービリティが低いから、離反しているのではないか?」などの複数の要因が出てきます。これを通じて、「アプリの使い勝手が悪く、アクティブ率が低下しているならば、リニューアルの可能性もスコープに含める」「アプリの認知施策は、別部門の主管になるため、今回のデータ分析のスコープからは除外する」といったディスカッションが可能になります。
一番やってはいけないのは、低い視座のままデータ分析を実施し、後の段階になって、関係者から「そもそも前提が違う」「何で、そこは対応範囲に入っていないのか」と指摘されるケースです。その場合、データ収集からやり直しになる可能性があります。データ分析者として、意図的に高い視座を提示し、分析依頼者側とスコープを合意していくことが重要です。
(3)「問い(イシュー)」を明確化して関係者の合意を得る
データ分析のスコープが決まることで、全体が定まります。その後は、データ分析で解くべき問い(イシュー)を明確化していきます。
問い(イシュー)とは「今後の方向性に大きな影響を及ぼすが、まだ決まっていない項目」のことを言います。「論点」とも呼ばれます。
安宅和人氏は、著書『イシューからはじめよ 知的生産の「シンプルな本質」』において、イシューを(A)2つ以上の集団の間で決着のついていない問題、(B)根本に関わる、もしくは白黒がはっきりしていない問題、の両方の条件を満たすものであると定義しています。また、よいイシューの条件として、答えが出せる問題の中で、その先の方向性に大きな影響を与えるものであると説明しています。
問い(イシュー)は「答えを出すために、疑問形で表現する」
問い(イシュー)は、「答えを出す」「方向性を決める」という観点から、(1)疑問形で表現する、(2)比較を意識して設定する、ことが重要です。
データ分析の報告書を見ると、図9の上段に示すように「自社利用者の特徴を分析する」といった文言を見かけることが多いです。これでは、何に答えを出すのかが不明確になり、データ分析の方向性が曖昧になりやすいです。一方、「利用者の獲得に向けて、どこに問題があるのか?」と疑問形で表現することで、何に答えを出そうとしているのか、そのために必要な情報・分析内容が具体化しやすくなります。その結果、データ分析と意思決定が連動しやすくなります。
疑問形の表現については、(1)WHERE(AとBのどちらを目指すべきか?)、(2)WHAT(何を行うべきか?)、(3)HOW(どのように行うべきか?)の視点で表現します。また、問題解決ステップ(WHERE→WHY→HOW)を意識すると、問い(イシュー)の表現がしやすくなります。
また、問い(イシュー)は比較を意識して設定することも重要です。図10に示すように、売上が低下している場合、「(購入金額は一定で)顧客数が低下している」と「(顧客数は一定で)購入金額が低下している」の比較を意識して設定することで、答えが出た後の方向性が明確になります。
大きな問い(イシュー)は、答えが出せるまで分解する
【STEP1】で決めた「問い(イシュー)」は、そのままでは答えを出すことが難しい大きな問いであることが多いです。そこで、答えを出せるサイズである「サブイシュー」に分解していく必要があります。
図11の「新商品の需要予測をしたい」例で説明します。大雑把な需要予測の方法は、アンケートで「この商品が〇〇円で発売されたら買いたいですか」と聴取し、「買いたい」と回答した割合を、ターゲット人口に掛けることです。かなり楽観的な数値になります。精度が高い需要予測をするには、売上を「トライアル金額」と「リピート金額」に分解し、細かく要素分解して算出していく必要があります。
筆者の経験では、「正しい数式(分解)×正しいデータ」があれば、おおよその予測は可能です。そのためにも、問い(イシュー)を答えが出せるサブイシューに分解することが必要です。そして、各イシューを検証するデータを収集・分析し、全体の結論を導いていきます。
【STEP2】は「イシューの分解」と「分析ストーリーの作成」に分かれる
図12に、「【STEP2】問い(イシュー)を分解し、分析ストーリーを描く」の実施ステップを掲載しています。
本ステップは、(1)分解する切り口を検討する、(2)切り口をもとにサブイシューに分解する、(3)分析ストーリーを描く、の3ステップから構成されます。最初に、大きな問い(イシュー)をどの切り口で分解するかを検討します。切り口の設定次第で、データ分析の方向性が変わってきます。続いて、切り口ごとに、サブイシューに分解していきます。
サブイシューに分解した後は、どのようなデータ(定量データ、定性データ)や比較軸を通じて、各イシューを検証していくかを検討します。最後に、分析ストーリーとして整理し、「【STEP3】データ収集・前処理」以降(※本書で解説)で必要となるデータ、データ分析のイメージを確認します。この段階で、関係者間で合意しておくと、分析結果が活用される可能性が高まります。
切り口をもとにサブイシューに分解する
図13に、「新商品を上市すべきか? 上市する場合、誰をターゲットに、どのような提供価値を、どのように提供すべきか?」といった問い(イシュー)を、サブイシューに分解した例を掲載しています。
イシューを分解していく際は、「切り口」と「サブイシュー」を分けて考えることがポイントです。最初に、どの切り口で分解するかを検討します。図13では、新商品は上市すべきか? に対応して「市場受容性」、誰をターゲットに、どのような提供価値を、どのように提供すべきか?に対応して「ターゲット」「提供価値」「提供方法」に分解しています。切り口に分解した後は、切り口ごとにサブイシューを疑問形で表現していきます。サブイシューは複数に分かれることが多いです。
データ分析の精度は「切り口」で決まる
データ分析の精度は「切り口」で決まると言っても過言ではありません。図14に、「売上が低下している原因は何か?」といった問い(イシュー)に対する切り口のパターンを3つ提示しています。
ここで注目すべきは、切り口に応じて、データ分析からの結論(メッセージ)が変わるという点です。切り口の設定次第で、データ分析の方向性や成否が大きく影響される点に注意が必要です。そのため、サブイシューの検討以上に、切り口の検討が重要です。
データ分析者から「どのように切り口を考えたらよいか」といった相談をよく受けます。切り口の王道はありませんが、筆者がアドバイスするのは、(1)数パターン作成して検討する、(2)各パターンで結論の流れを考えて、どれがアクションに移しやすい/影響が大きいかを考える、(3)問題解決ステップ、マーケティングなどのフレームワークを活用する、の3つです。どうしても1つの切り口に絞ることができない場合は、複数の切り口でデータ分析できるように準備しましょう。
本書の第5章の「仮説思考」において、切り口・分解として有用なフレームワーク・考え方を紹介しています。仮説は「課題に対する仮の答え」と言われますが、データ分析の文脈では「サブイシューへの分解の切り口(答えの候補の洗い出し)」として認識することが重要です。
サブイシューに分解した後は、どのデータ・比較から検証するかを検討する
図15に、「売上が低下している原因は何か?」のイシューについて、「市場規模」「想起率」「競争力」から分解した例を掲載しています。
自社の想起率は「想起率」「特長認知」、自社の競争力は「製品力」「価格」に分解しています。ときどき、候補として考えた切り口を全て同じ階層に並べる方がいますが、グルーピングして階層構造にすることが大事です。
サブイシューに分解した後は、どのデータを用いて、何と何を比較して検証するかを検討します。代表的な比較軸(クロス軸)は本書の第7章で説明していますが、この段階で明確にしておくことがデータ分析の成否を分けます。サブイシューは「アウトプットイメージが描けるところまで分解していく」ことが実務上のポイントです。
また、サブイシューを検証するときは「数値化できる/できない」を意識しましょう。世の中には、数値化できないものが多くあります。数値化できないものを無理やり数値化すると、本質の一部しか数値に反映されず、問題を見誤る恐れがあります。数値化できない場合は、関係者へのインタビューなどで代替するなどを検討します。
データ分析は「サブイシューに分解・検証・統合していくプロセス」
サブイシューに分解した後は、検証するために必要なデータを収集し、データの比較・解釈を通じて、個々のサブイシューを検証します。そして、サブイシューを統合して、問い(イシュー)に対する結論を導いていきます。
「評価軸」を考えるときは「悪魔のささやき思考」を活用する
サブイシューに分解していくと、「〇〇を決めるにあたり、どの基準で評価すべきか?」といった問題が生じることがあります。その際は、図16に示す「悪魔のささやき思考」を活用しましょう。
最初に、1つの基準を提示して、「それが良ければ、後の基準は無視して大丈夫?」と自問自答します。通常は別の評価軸が必要になると気づきます。そこで、別の基準を提示して「では、2つの基準があれば、後の基準は無視して大丈夫?」と自問自答し、評価軸がある程度出尽くすまで繰り返します。その後、似た評価軸、重要でない評価軸を統合・削除していきます。
本書ではこの後、STEP2の続きとしてサブイシューをもとに、必要なデータの抜け漏れを防ぐことができる「分析ストーリー」を描く方法を解説しています。