“検索疲れ”時代に、ECは“対話型”へ深化
MarkeZine:本日は、ブレインパッドが新たに提供を開始した、“感覚的な言葉”による検索を可能にする「Rtoaster GenAI」についてお伺いしていきます。はじめに、「対話型レコメンド」の開発に至った背景についてお聞かせください。
皆瀬:EC上に「あなたへのおすすめ」というレコメンド表示枠が定着化して10数年、機能としては当たり前どころか、むしろ必須の機能となりました。一方、品質・精度を追求する中で、EC事業者からは「なぜこの商品が表示されるのかわからない」、消費者からは「検索してもなかなか見つからない」と、双方ともに“レコメンドの仕組みへの不満”が生まれていました。 従来の“レコメンド表示の常識”が、いよいよ転換期を迎えつつあるな、と危機感を感じたのがきっかけです。

中田:また最近では、検索・レコメンド・ポップアップといった“気の利いた機能”を活用する選択肢が増えた分、事業者の自社都合の設定によって、消費者がかえって選択肢に戸惑う「迷いの体験」も生まれていました。おすすめが並ぶ中で、“自分で決める疲労感”が高まり、購買が迷いそのものになってしまう。目的買いではなく、ウィンドウショッピングのような「偶発的な出会い」を求める顧客に対して、既存の検索UXは機能的にフィットしなくなってきたのです。

皆瀬:そこで、私たちはリアル店舗、すなわち「店頭接客における対話」に着目し、生成AI技術を活用し「出会ってほしい商品」と「伝える言葉」を再設計することにしました。
生成AIで生み出す、新たな検索体験
MarkeZine:「Rtoaster GenAI」を活用することで、ECの検索体験はどのように変わるのでしょうか?
中田:従来は企業側の都合でプリセットされたカテゴリや検索ワードに従った検索が普通でしたが、「Rtoaster GenAI」では、顧客の気持ちなど「曖昧なワード」による、より自由な検索が可能となります。たとえばユーザーが「優雅な休日を過ごしたい」「3歳の子供がいる友だちが喜びそうなもの」といった、情緒的なフレーズを入力すると、それに応じて商品候補が提示されます。
ポイントは、単なる検索結果一覧を返すのではなく、「おすすめ商品」に加えて「ちょっとした一言コメント」が生成される点です。たとえば「上質な肌触りで至福の時間を。オーガニックコットンアイテム」「お子さんのいるご家庭に!すっきり収納アイテム」といったような、“気の利いた一言”を添えることで、ユーザーの気持ちに寄り添ったテキスト文とレコメンド商品の表示が実現できます。

皆瀬:実はこれ、同じキーワードを入力したとしても、毎回表示が変わるんです。でもこの「毎回微妙に違う、気の利いたコメント」が、導入したクライアントからも非常に高く評価されています。「単なるAI回答ではなく、人間らしい接客トークに近い」というフィードバックももらっています。
店頭での「自然な声かけ」や「偶然の出会い」をECで再現
MarkeZine: 開発にあたり、特に重視されたことを教えてください。
皆瀬:弊社が自社開発する「Rtoaster」は提供開始から18年の歴史があることから、「顧客要望」をもとにした機能開発プロセスに則っていますが、今回はエンジニアとPdMが一体となり、要素技術から着想する「シーズドリブン型」で構想しました。細かなプロトタイピングと実証実験を重ね、「販売員が商品知識をさらっと伝えるような、“人間らしいコトバ”」での対話風機能を作り、タイトル文に実装しました。また、ターゲット・ポジショニングとして意識したのは「チャットボットのように会話が階層深く・重くならず、かといってレコメンドのような無機質に軽すぎない」、まさに“ちょうどよい対話”を目指しました。
今回の機能開発において、実は裏側では複雑な技術を駆使しているのですが、開発メンバーたちが「難しい技術をわかりやすいアウトプットにする」というコンセプトに特に拘ってくれました。「百貨店の販売員の自然な声掛け」「ウィンドウショッピングの偶発的な発見」、これらをEC上で再現するには、従来のような一方通行な「システマティックな情報提示」から脱却することを製販一体で検討したことが今回の機能開発のポイントです。

消費者が求めているのは「商品そのもの」ではなく「自分にとっての“発見”」
MarkeZine:既に多くの導入、引き合いがあると伺っていますが、実際の導入・検討企業の反応はいかがでしょうか?
皆瀬:先日あるカンファレンスで登壇した際、とあるEC企業の方がご挨拶に来てくださり、「数年前、今日発表されたような取り組みを自社開発しようとしていたが挫折していた。Rtoaster GenAIは、まさに目指していたもの!」と強く共感を示され、即導入を希望されました。私たちが掲げた「ちょうどよい対話UX」は、マーケターの潜在ニーズとしてあったんだ、ということが現場の原体験として実感できました。
中田:実際、Rtoasterを導入している百貨店のECサイトで実施したPoCでは、導入後すぐにCVRが倍増し、「百貨店の店舗スタッフがこのように接客しているのに、それをECに組み込もうとしてこなかったのが不思議なくらいだ」と先方社内の上層部から高評価を得たとの声もありました。
皆瀬:導入が進むにつれて実感するのは、消費者が売り場に求めているのは「商品そのもの」ではなく「自分にとっての“発見”」だということです。その共通認識が登壇後の議論の場でもそうですし、商談の機会を重ねるたびに、マーケター間で確実に広がってきている実感があります。
中田:あわせて、検索ログデータの分析を進める中で、「事業会社がRtoaster GenAIを採用する本当の価値」も見えてきました。
検索ログデータを分析したところ、約60%のユーザーが検索窓に“情緒的なシーン”を入力している、ということがわかりました。たとえば「義父への還暦祝いを探している」や「取引先へのお詫びの手土産を何にしようか」などです。すなわち、これらは、ニーズやウォンツの手前にある「シーズ(状況や気持ち)」の理解であり、顧客理解を深めるにあたっての「興味嗜好データ」としての価値が非常に高いということが見えてきています。百貨店や小売店の「売り場」で行われている“当たり前の接客”がデータ化できる、という新たな発見です。
「現場のマーケターが使いこなせるAI」を重視
MarkeZine:先ほど「複雑な技術」を用いているとのお話がありましたが、Rtoaster GenAIは、どのような要素技術や機能でできあがっているのでしょうか?
中田:Rtoaster GenAIは生成AI単体をフロントに添えたようなアドオンサービスではなく、生成AI技術を組み込んだ開発に仕立てています。GoogleのマルチモーダルAIを活用し、商品マスタ・商品画像・説明文・行動ログに加え、消費者が入力したテキスト文を含めた複数のデータを統合的に解析し、「検索意図を文脈」で解釈し、その文脈ごとに動的なテキスト説明文の生成を行っています。これは、ブレインパッドのコア事業である「データサイエンティスト」や「データエンジニア」のノウハウと、Rtoasterの「SaaSプロダクト開発」の技術コラボがあって、この製品開発に至っています(※現在特許申請中)。
皆瀬:実装目線では、現場のマーケターが“使いこなせるAI”を目指したことも大きなポイントにあります。私は長年営業をしていますが、マーケターの“不安“”不満“であった、「導入が面倒くさい」「仕組みが理解できない」を解消するために、「タグレス導入」や「説明可能なアルゴリズムの仕組み」に拘りました。そのスタンスがとても好評であるとお客様から評価いただいてます。マーケターは、SaaS導入に疲弊しており、新たなツール導入は億劫なものになっています。「高機能・難易度」を追い求めるよりも「使いやすい」「わかりやすい」「入れやすい」を今回開発コンセプトとして「マーケターに生成AIを実感してもらう」ことを第一思想に置きました。
中田:またパーソナライズ系SaaSを既に多数導入し、運用している企業も多いと思います。それを入れ替えるとなると大変であるため、今回の機能はRtoasterだけでなく、他社の既存SaaSとも共存できる開発設計も視野に入れています。これによって隣接するSaaS企業から「OEMしたい」という相談が来るようになっています。今後、マーケティングSaaS同士の柔軟な連携ができることは、今までのビジネス展開の大きな違いであり、私たちの武器になると考えています。

検索は“探す手段”から、“商品と出会う体験”に
MarkeZine:最後に、今後の展望をお聞かせください。
皆瀬:従来の検索は「商品名」や「明確なニーズ入力」が前提でしたが、実際の購買には「なんとなく探したい」という“曖昧な動機”が多くを占めていますよね。対話型UXの一翼となる「Rtoaster GenAI」は、こうした「曖昧な気持ち = シーズ」に応えることができる、現在では稀有なソリューションになりつつあります。
また今回生成AIで生まれた対話ログや新たな商品説明文は、単にECサイト上での表示だけでなく、LPの文面や、広告文や商品企画に波及できると考えています。Rtoasterは単なる接客支援だけでなく、消費者のインサイトを溜め込んだCDPに深化させ、今後のマーケターの業務の意思決定基盤としても活きると感じています。
生成AI元年の今こそ、「マーケターの“不”」に徹底的に向き合い、先進技術を“用途に”変えて、マーケターの仕事が“購買体験の演出家”として楽しんで活躍できる、そんな一歩を踏み出せる時にわたしたちのRtoaster GenAIが起点となっていけたらと思っています。
中田:マーケターの“不”はまだまだ至るところに潜んでいます。たとえば、商品マスタの情報整理ひとつとっても、「人手が足りない」「タグ設計が間に合わない」「SKUが膨大で管理できない」など、ひとたび手を付けると疲弊する業務は多くあります。「商品マスタの自動タグ付与の生成AI(アノテーションエージェント)」など、Rtoaster GenAIの周辺機能群も既に提供開始しており、今回このSaaSの裏側に機能実装しています。この機能は、生成AIによる自然なタグ付けを通じて、商品情報を人間の発想に近い形で整理できる仕組みです。
これも「シーズドリブン型」で着想しており、運用者に負荷をかけず自然とECやCRMに連携ができる「お客様が悩む課題を先回り」して作っていくのがブレインパッドのプロダクトビジネスの目指す姿です。データサイエンスの専門企業が作るSaaSだからこそ、「データ活用が自然と行われている感覚」の世界観を作っていきたいです。
皆瀬:また弊社のCMO近藤はよく『市場は競争ではなく、共創である』と言っているのですが、今回のRtoaster GenAIはまさに、“市場をともに盛り上げていく”起点となり、SaaS業界全体を再び盛り上げていくきっかけになれるのではないかと期待しています。今後は協業先や他社SaaSにも提供し、より広いマーケット全体を活性化させていきたいですね。
