「静かな発表」に隠された意図
下記は、Oracleのマーケティング・アドテク領域における買収歴だ。本業のSaaS契約につながる事業の買収に専念していたが、結果として「水が合わない」という判断である。
Oracleのマーケティング・アドテク領域における買収歴
2013年 Responsys(Emailマーケティング/金額未発表)
2014年 BlueKai(PC・スマホの3rd Party Data収集/4億ドル)
2014年 Datalogics(店舗・クレジットカード・ポイントカードの購入データへ広告ターゲティング/12億ドル)
2016年 AddThis(Webサイトのブックマーク/2億ドル)
2017年 MOAT(デジタル広告のパフォーマンス分析と広告投資の最適化/8.5億ドル)
2018年 Grapeshot(キーワードによるコンテクスチュアル・ターゲティング/4億ドル)
注目したいのは、買収時期だ。上記の抜粋例を見ても、Oracleの買収活動は2018年以降止まっている。2018年といえば、3月にFacebookによる「ケンブリッジ・アナリティカ事件」が報じられ、5月にGDPRが施行されたタイミングだ。この辺りで「変化」があったとうかがえる。
インターネット創成期において、「広告(マーケティング)のターゲティング(覗き見)が技術上可能になったぞ」という幻想が抱かれていたが、振り返れば規範に反する行為が横行していた。業界は、2018年を境に「襟を正す」方向に動いてきたはずだ。Oracleも同様と考えられる。
路線修正を進める間も、広告の「ターゲティング」事業に対する向かい風は強まっていく。2020年にはOracleに対し、広告データの取り扱いに関するGDPR違反の訴訟がオランダで提起された。未だ審議中だが、訴訟はユーザーへの支払が8,500億円を超える規模となっている。小さすぎて儲からない広告事業の2024年度の売上は約450億円、営業損益は未公表だ。訴訟の矛先は「Oracleの基幹事業」のクラウドサービスなので、まさに「足かせセグメント」だ。
オランダ一国の市場で、この規模の賠償金額である。さらに他国への訴訟ドミノが発生する可能性も大いにあり得る。「もう広告ターゲティング事業とは一切関係ありません」という立場を波風立てずに示すため、今回の事業撤退は「静かに」かつ「隠さず発表」したい意図・背景があったのだ。
実際、一次情報であるOracleの公式IR資料には「広告事業撤退」に関する発表は一切見当たらないほどの静かさだ(音声アナウンスのみ)。そのため、日本でもこの約4,000億円の投資償却について、ほとんど知られないままの状況なのだろう。
本来の基点に戻ったOracle
Oracleのクラウド事業は、既に「重たい(医療・保険・金融・教育)データ」側に戻っている。
たとえば、Oracleは2024年度報告のハイライトとしてPalantir社を事例登場させている。Palantirは、主に政府系機関(米軍、国防総省、FBI、CIAなど)をクライアントに、機密案件データを扱う企業だ。また、生死に関わるデータを扱う米国最大級の非営利の医療団体Huntsville Hospital(アラバマ州)も並べて報告している。
本来の基点に戻ったOracleは、以降自らを「(軽いデータ側の)プラットフォーマー」とは称さない。
ターゲティング&マーケティング領域で「プラットフォーマー」と名乗れるのは、今やGAFAMのような世界数十億人規模で一般消費者に(軽く)リーチできる事業者のみだ。巨人Oracleの広告事業終了は、ポストCookie時代と騒ぐ側へ、経済規模や事業方向に対する「判断区分」を与える機会となった。