AIの浸透で「コンテンツ制作民主化」時代へ突入
MarkeZine編集部(以下、MZ):様々な企業があらゆる業務フェーズに生成AIを取り入れる中、コンテンツ制作の現場では何が起きているのでしょう。まずは、率直に現状を教えてください。
阿部:ひとことで言うと「混乱」しています。人間が徐々に順応し、置き換えていく時間もなく、整理が付いていないまま高速でAIにリプレイスされている状況です。このような状況は、今までなかったのではないでしょうか。
MZ:生成AIは従来のテクノロジーとは一線を画す存在なのですね。コンテンツ制作の量とスピードの常識も、ここ数年で大きく変わっているのでしょうか。
阿部:そうですね。たとえば、4案のアイデアを提示していた代理店が、同じ時間で10倍の40案を持ってくるといった事象が実際に起きています。クライアント企業にとっては、選択肢の幅が飛躍的に広がる「いい時代」になったと言えるかもしれません。
また、クライアント側からもアイデアを言葉ではなく形でアウトプットできますので、代理店とのコミュニケーションの質も向上していると考えられます。

阿部成行氏
MZ:企業と生活者間のコミュニケーションにも影響はあるのでしょうか。
阿部:企業側では、マス向けに一律の情報を発信する時代から、AIを活用してセグメントごとにメッセージを出し分けるパーソナライゼーション時代への移行が進んでいます。
生活者の情報収集も、ただ広告や検索上位のサイトを鵜吞みにするのではなく、自ら生成AIを駆使して調査・比較検討するなど、高度化してきていますよね。だからこそ、企業はAI活用によってこれまで制作に関わらなかった社員も巻き込み、現場ならではのより深い知見や情報を発信していくことが重要になっていくでしょう。
しかし、「AIがなくても困っていない」「検討すらしていない」という企業もあるのが現実。誰もが作り手になれる“コンテンツ制作の民主化”時代に入っていく中で、AIを活用できる企業とそうでない企業の格差は、今後さらに開いていくのかもしれません。
課題は「民主化のパラドックス」──効率化すればするほど膨らむリスク
MZ:コンテンツ制作の民主化が進む中で、企業やマーケターはどのような課題に直面しているのでしょうか。
阿部:最大の課題は「民主化のパラドックス」、つまりAIの自律と人間の統制のバランスがとれないことによるジレンマだと考えています。最近、生成AIを使った広告バナーや文章などで、いわゆる「事故っている」ものを見かけることがあるのではないでしょうか。ブランド毀損につながってしまうような「らしくない」表現や、誤情報を含むコンテンツも急増してしまっています。
生成AIによって制作に携わる人が増えれば増えるほど、ブランド整合性や法令遵守、著作権、セキュリティなどの確認コストとリスクは指数関数的に膨らんでいきます。生成AIが生み出す大量のコンテンツを人の目ですべて監視するのは、もはや現実的ではありません。AIで効率化したはずが、逆に高まっていくリスクにマーケターが苦しめられる可能性が出ているのです。
大切なのは、自律と統制のバランスをどこに置くかです。このルール設定が追いつかなかった企業でトラブルや事故が起きてしまっているのではないでしょうか。AIによるコンテンツ制作の過渡期にある今、ブランドを守りながら、制作のスピードと自由度をどう担保していくべきなのか。多くの企業がそのバランスを模索している段階にあると考えます。