「人を動かす」インサイトの正体
はじめに佐藤氏は、「インサイト」を「優れた事業やマーケティング、アイデアには、ほぼ必ずあるもの」であり、「あらゆるビジネスにおいて、狙い通りに『人を動かす』ために必要不可欠なもの」と強調する。そして、インサイトの本質は「人を動かす隠れたホンネ」、さらに「言葉にして自覚できていない欲望」と表現する。
この「自覚できていない」という点が、インサイトを理解する上で最も重要だ。
「私たちが『ホンネ』と呼ぶものの多くは、『上司には言えないけど、本当は企画に反対だ』というように、本人がはっきりと自覚していても口に出さないことを指します。これはインサイトとは呼びません。インサイトとは、『本人ですら、まだ言葉にして自覚できていない無意識の欲求』のことを指します」(佐藤氏)
マーケティングやブランディング、戦略立案に従事。大手クライアントから官公庁、地方自治体、スタートアップまで、100社以上のキャンペーン設計、広報戦略、新商品開発、新規事業戦略、ビジネスデザイン、企業ブランディング、地域ブランディング、アート思考研修などの企画、実施、ディレクションを行う。共著に『センスのよい考えには、「型」がある』(サンマーク出版)、『場所のブランド論』(中央経済社)、執筆協力に『想像力を武器にする「アート思考」入門』(PHP研究所)がある。
言われてみて初めて「そうそう、それが欲しかったんだ!」「確かに、自分はそう感じていた」と本人が気づくような、言語化されていない心理。これこそが「人を動かす」源泉となる。
佐藤氏は、インサイトと「ニーズ」は明確に異なることも強調する。たとえば、「10キロ走った直後の人は、ものすごく水を飲みたい」というのは、誰もが言葉で自覚できているためインサイトではなく「ニーズ」だ。インサイトとは、こうした「明らかなホンネ」ではなく、あくまで「隠れたホンネ」なのである。
インサイトを捉えるための「裏側から考える」姿勢
では、この「自覚できていない欲望」はどう見つければよいのか。佐藤氏は、インサイト探索で最も大切な姿勢は「“裏側”から考える」ことだと述べる。
「私たちは通常、データや定説、常識といった『表側(見える世界)』に基づいて思考しがちです。しかし、インサイトはそこにはありません。インサイトは、人の心の『裏側(見えない世界)』、つまり本人が自覚していない違和感や疑問の中に存在しているのです」(佐藤氏)
佐藤氏は、この違いを「試行錯誤学習」と「インサイト学習」という2つの心理学実験の対比で説明する。
ソーンダイクの実験(試行錯誤学習)では、箱に閉じ込められた猫は、何度も失敗しながら偶然レバーを踏んで外に出ることを学ぶ。これは「短絡」的な解決であり、発見は「偶然」に左右される。
一方、ケーラーの実験(インサイト学習)では、チンパンジーは天井のバナナと部屋の木箱という状況全体を「統合」的に捉え直し、それらを「積み重ねれば届く」という関係性(本質)を一瞬で見抜く。この「一発で、必然的に解決」する思考こそがインサイトであり、その価値は「状況に隠れている本質を捉えて、一気に問題解決すること」にある。
この2つの思考は、あらゆる面で対照的だ。
- 試行錯誤(表側):「表面」的、「表層的」で、「偶然の発見」に頼る。「部分最適」な「バラバラな単一情報」であり、「誰が見ても同じ視点」にしかならない。
- インサイト(裏側):「裏側」にあり、「本質的」。「必然の到達」であり、「全体最適」を目指す。「諸情報の統合」によって、「あなた独自の視点」がもたらされる。
インサイトとは、単なるデータ分析(表側)の延長ではなく、常識を疑い、物事の本質(裏側)を掴み取る、まったく異なる思考アプローチなのである。
