スターバックスのブランディングはなぜ奏功したか
MZ:ブランディング編の最後に、西口さんが考える理想的なブランディングの事例をうかがえますか?
西口:ブランディングとは、企業が提供する便益や独自性が顧客に伝わり、評価され、記憶化されることで成り立つ「結果」の産物です。ある程度、長期で展開する間に顧客の中に何が蓄積されているか、顧客をよく捉えて調整していくことが重要になる活動です。
たとえばスターバックスには「くつろげる場所」という印象があり、これを魅力に感じ継続的に立ち寄る人も多いと思います。でも、このイメージは後から形成されたものです。
はじめはコーヒー豆の販売ビジネスでしたが、創業10年ほどで入社したハワード・シュルツ氏が、自身の体験からイタリア風のスタンディングとテイクアウトのカフェを提案、実現して複数店舗に広げました。初期は、イタリア風のオペラがBGMだったそうです。しかし会社の意向と齟齬が生じ、氏は独立して事業を継続したのち、スターバックスの商標を買い取るのです。
シュルツ氏は、店舗を運営しながら顧客体験を向上させていきました。一杯ずつ抽出すると顧客を待たせてしまうので、快適に過ごせるよう広い店内にソファーを配置したりテラス席を設けたり、BGMも見直し、親しみある接客を提供したりしました。
ブランディングの都合のいい部分だけを切り取らない
MZ:一杯ずつ抽出するおいしいコーヒー、というもともとの価値を維持すると顧客を待たせてしまうから、居心地をよくしようとして現在のスターバックスになっていったのですね。
西口:はい。家でも職場でもない“サードプレイス”というコンセプトも、今では有名ですね。
ソファーやテラス席などのハード面の改善だけでなく、同時にブランディングの工夫としてのロゴや空間デザインや店内の音楽も、顧客が心惹かれる価値になっていきました。オフィス街を中心に店舗を増やし、ビジネスパーソンに落ち着ける場所を提供したり、蔦屋書店と提携して書店内に出店したり。多くの店舗では無料Wi-Fiも整備しています。
さらに、スターバックスは優れた人材育成でも有名です。スタッフが「自分はスタバで働いている」と誇りに思えるよう促す教育で、その接客自体が顧客への情緒的な付加価値となってブランディングに寄与する一助にもなっています。
この人材教育は、前回紹介したブランディングの第3の目的「プロダクト以外の、企業ブランディングや従業員・IRへのブランディング」ともいえます。そして、その教育を通じた優れた接客で提供する顧客への付加価値は、まさにブランディングの第2の目的「付加価値の創出」ですね。スターバックスは、非常に精密かつ相乗効果のあるブランディングを実行されていると思います。
顧客を大切にして、その反応を常に見ながら価値を追求し続けた実態があるから、その活動に付随して実践されたブランディングが事業成長に貢献しているのです。
MZ:ロゴや空間デザインだけを格好よくしても、ダメだということですね。
西口:自社プロダクトにおいて、顧客がどんな便益や独自性に価値を見出すのか、自社は何を提供するのか、提供しないのか、そしてどのように訴求するのかを考え抜かない限り、ブランディングの役割は明確にならず、ビジネス成果に結びつけることは難しいでしょう。
スターバックスの価値創造の変遷を理解せずに、今見える表面的な部分だけを都合よく模倣しても、同様の成果を得ることはできないのです。
西口氏のマーケティング入門連載【第18回】はこちら!