多くの企業が行う3つの値上げ方法
近年の値上げラッシュで、様々な商品・サービスの値上げが行われている。しかし、単純に5%、10%と値上げをしては顧客離れを起こす危険性がある。それを防ぐための値上げの方法として「地域別価格・ダイナミックプライシング・新実質値上げの3つがある」とプライシングスタジオの高橋氏は話した。それぞれ詳しく見てみよう。
立地によって価格を変える「地域別価格」はマクドナルドなどが行っていて、たとえば店舗によってビックマックの価格が違っている。
ハイシーズンとオフシーズンで価格を変える「ダイナミックプライシング」は定義が広がっており、土日だけ安い、この時間だけ安いといった様々な切り口で価格を変えているものである。
「実質値上げ」は内容量を減らし一見価格据え置きを感じる値上げの方法で、ステルス値上げとも呼ばれてきた。最近では同時に価格も変え、一見すると安くなっているように感じるが実は内容量を減らし割高になっている「新実質値上げ」が増えている。
「企業はこうした様々な方法で値上げをすることで、顧客離れを防ぐ工夫をしています」(高橋氏)
事前調査と顧客への通知方法の重要性
値上げをきっかけに離れた顧客は、その後価格を元に戻しても、戻ってこないことが多い。そうした顧客離れを起こさずリスクを最小限に抑えて値上げをするには、「事前調査」「顧客への通知」「価値向上」がポイントとなる。
1つ目のポイントの「事前調査」では、顧客が「ここまでなら払っても良い」と許容できる価格の範囲をきちんと調査する。また、顧客が許容する価格は属性によって違ってくるので、そこも把握する必要が出てくる。
たとえば「ラーメン1,000円の壁」と呼ばれ、ラーメンは1,000円以上にすると購買されにくくなる話は有名だ。実際にダイナミックプライシングで調査を行ったところ、1ヵ月に1度程度しかラーメンを食べない人は確かに「高いと感じる」という結果が出たが、月に4回以上ラーメンを食べる人は「1,000円以上でも購入する」という結果が出た。
「もしラーメン好きを中心とした顧客に向けてのラーメン店であれば1,000円以上にしても問題ないという判断ができるかもしれません。客層によって注文するメニューが異なる傾向があれば、リピーターがよく注文するものだけを値上げすることもできます。どういう属性の顧客が値上げしても買ってくれそうかを事前の調査から探り、価格を調整していくことも重要です」(高橋氏)
また、価格には「この壁を超えるとガクンと購入意向が落ちる」というラインがある。たとえばNetflixの月額料金について調べたデータでは、590円から990円くらいまでは許容できるユーザーの割合はそこまで大きく変わらないが、1,000円を超えると急に許容ユーザー比率が10%近く減っている。このような壁がどこにあるのかも、事前調査で調べておくと値上げできるラインが見えてきやすくなるのだ。
軽視されがちな「顧客への通知」、4つのパターンで値上げによる炎上を防ぐ
2つ目のポイントである「顧客への通知」は軽視されがちだが、消費者も人間なので、伝え方一つで値上げに対する捉え方は大きく変わってくる。こうした通知の方法は、主に「同情」「付加価値」「未来への期待」「感謝」と4つのパターンがある。
「同情」は、「これ以上コスト率が上がると事業存続が厳しいので、価格を上げさせてください」といったアプローチで、顧客に「仕方ない」と感じさせ、引き続き買ってもらいやすい。
「付加価値」は、機能やサービス・サポートなど「追加したことにより値上げをしました」という形で通知する方法だ。たとえばテーマパークなどでは、アトラクションを追加し入場料を上げている。
「未来への期待」は、「将来的にこういった機能やサービスを増やすことを目指しているので協力してほしい」といったアプローチだ。Evernoteが値上げの度に出してきたリリースがこのタイプで、上手な伝え方がされている。
「感謝」は名前の通り、お礼を伝えるパターンを指す。ローソンで販売されているからあげクンが良い例で、「36年間、本当にありがとうございました」と感謝を伝えつつ原材料の高騰による値上げのおわびを発表したところ、SNSなどで「がんばれ」「応援している」といったポジティブな反響が集まった。
「値上げを伝える際に訴求方法を間違えてしまうと、炎上してより顧客離れのリスクが上がる場合があるので、通知の仕方は重要です。実際に、内容量を10%減らした飲料にて、顧客への通知がうまくいかず、炎上したという事例もありました」(高橋氏)
値上げに痛みを感じない価値づくりとは?
3つ目のポイント「価値向上」は、値上げをしても顧客が価値を感じていれば購入し続けてくれるというものだ。ただこの場合、価値が顧客に知覚されていることが前提となる。
知覚価値は、美味しいや便利といった「機能的価値」、カッコイイと感じるような「情緒(感情)的価値」、エコであるといった「社会的価値」と3つに大別できる。
田中氏は、価格が高くても価値を感じて購入している商品があるという。
「唐揚げをつくる際に片栗粉を使いますが、従来の片栗粉は袋が使いづらく使いきれないことも多くありました。一方、日清さんの片栗粉『水溶きいらずのとろみ上手』は使いやすいパッケージで保存性が高く、内容量が多すぎないので使いきれる点もいいです。コストパフォーマンスとしては従来からある片栗粉と比べて3倍以上の価格となりますが、それ以上の価値を感じているので、値上げにもまったく痛みを感じませんでした」(田中氏)
田中氏が代表を務めるノウンズでは、企業や広告代理店などが必要とすると考えられる消費者データをアンケートで先回りして収集し、サブスクで提供しているが、同社では、あらゆるブランドの知覚価値も分析することも可能だ。
顧客が知覚している価値に沿った価格帯を分析する「PSM分析」とは何か
また、顧客の知覚価値に沿って価格を決める際に、手軽にできる方法として「PSM分析」がある。同分析手法は顧客に価格についての4つの質問を行うもので、10年以上前からグローバルで使われてきた。
3つ目の質問「これ以上高いと検討に乗らない金額」、4つ目の質問「これ以上安いと品質や効果に不安を感じる金額」が顧客に購入を検討してもらえる価格帯となる。
たとえば、100人に同じ質問をして、価格を1万円にしたときには100人中何人の購入検討可能な価格帯になっているのかをプロットしていくと、顧客数推計ができる。そこに単価をかければ、売上の推計も簡単にシミュレーションしていけるのだ。
ただ、顧客の属性ごとに購入検討範囲となる金額は違うため、それぞれの傾向差も調べていくことも忘れてはいけない。たとえば下図では、DとEは支払い意欲が低く、AとB、Gの支払い意欲が高いことがわかる。メインターゲットをA、B、Gとするならば、そこを対象に先ほどの顧客数推計のシミュレーションを行ってみるといい。こうして顧客属性別にシミュレーションしていくことで、いかほどの価格帯であれば受け入れられるのかがわかり、値上げの意思決定リスクを減らせるのだ。
「マクドナルドがPSM分析をやっているかはわかりませんが」と前置きした上で、高橋氏は独自にビックマックを対象に実施したところ、通常店では450円、都心店では500円を超えると顧客が購入を許容する価格帯を離れていくことがわかったという。「実際にマクドナルドではこの調査結果に適合した値付けがされていて、地域に合わせてギリギリの値上げを行っていることが伺えた」と高橋氏は続けた。
「顧客属性ごとに異なる支払い意欲を明確にし、価格や施策に活用するのが重要です。たとえばディズニーリゾートの例では、子どものいる家族は人数が多くチケット代がかさんで支払い意欲が低くなることに対しては、小学生以下は入場料を半額にするといった属性に沿ったプライシング戦略をつくっています。それにより、客数と売上の損失をなくすようにしているのでしょう」(高橋氏)
失敗しない価格決めをするために
PSM分析は4つの質問に答えてもらうだけではあるが、自社で属性の分析も行い、それを元に適正な値上げ価格を導き出すのは難しいこともあるだろう。そこをコンサルティング会社や調査会社に依頼をすると、かなりの予算が必要になる。
そこでプライシングスタジオとノウンズは協業し、PSM分析を30万円から依頼でき、10営業日という速さで納品するサービス「価格クイックリサーチ」を提供している。
「PMS分析を自社で実施するので、ノウンズで調査だけ依頼をしたいという相談をいただくことがあります。しかし見ていると、そこから実際の価格を決めるためには様々な要素も考慮しなければならず、プロのノウハウがないと難しそうだという印象でした。当社では価格クイックリサーチにアンケートのサプライを提供しますが、これだけ価格を抑えて迅速に分析できるのは、すごく良いサービスではないかと思っています」(田中氏)
今は値上げをせざるを得ない時代になっているが、「しっかりデータを活用・分析することで、失敗しない価格決めをしていくことが大事だと思います」と田中氏は語り、同セッションを締めくくった。