日経とパーソルテンプスタッフの取り組み
渡邉:ここで日経さんのデータ倫理に関する取り組みをご紹介いただけますか。
小林:私たちは2023年に「日経データ憲章」を策定しました。これはお客様のデータを取り扱う際の5つの約束事を定めたもので、日経の社是とパーパスに紐づける形で考えました。データの扱い方に関しては、社内だけでなく社外(お客様)にも開示しています。

もちろん、ルールを作るだけではダメで、実際の活動と一致させなければなりません。そこで、プライバシー影響を評価する仕組みもあわせて作成し、お客様のデータを何らか活用する際には、該当部門とデータ管理部門でセルフチェックできるようなフローを実行しています。

また、データ倫理の考え方を浸透させる目的で、社内研修プログラムも行っています。他社提供の研修ではなく、我々に必要な研修をBICPさんのサポートのもと、ゼロからオリジナルで作りました。重視したのは、宣伝・マーケティング、データ分析部門、法務部門、ITシステム部門の共通理解、共通言語を作ること。加えて、倫理と実際の活動の首尾一貫性も大事にしています。
渡邉:パーソルテンプスタッフさんでは、プライバシーガバナンスやデータ倫理の研修を一緒に推進しており、ここでも朱さんにも長らく講師をしていただいていますよね。
朱:倫理は、自分たちが漠然と感じていることをうまく表現(言語化)するための良い道具でもあり、倫理に関わるボキャブラリーを使えると結果的に社内コミュニケーションが速くなります。また、お互い同じ指針のもと話を進めるので、部門間の会話も精度が高まっていくのです。パーソルテンプスタッフさんではこの3年でそうした良い変化を感じています。
友澤:こうした類の話になると、「それは利益になるの?」という指摘を受けることがしばしばあります。ですが、データ倫理のような判断軸がないからコミュニケーションコストがかかっていたり、事業スピードが遅くなっていたりと、気付いていないところで無駄な労力やコストをかかっていることも多いと思います。
データ倫理は「攻め」「ブランディング」になる
友澤:私はAIやテクノロジーの活用を考える際、技術的にできること・実際にできること・成果が出ることだけでなく、「やっていいことか?」を考えるようにしています。AIを筆頭に、現在の技術は「何でもできる」レベルまで来ていますよね。だからこそ「やっていいことか?」を考えるのが非常に重要になっているように思います。

たとえば、競合の社名で検索広告を出して、低いCPAで自社のサイトに流入させるといった手法を取っている企業を最近よく見かけます。昔は「(技術的にはできるけど)それはやってはいけないことだ」という倫理観が働いていたのに、最近は平気でやっている企業が多い。そう考えると、倫理観をもってデータを活用すること自体が自社のブランディングになる時代、タイミングが来ていると言えます。
また、悪意はなく、ただ知らずに間違ったことをやってしまう場合もあるでしょう。なので、まずは知ることがとても大事です。ELSIやデータ倫理についても、まずは関心を持って、知ろうとすることが一番重要だと思います。
朱:ELSIやデータ倫理は、守りであると同時に、攻めの武器でもあると思っています。データマーケティングの最先端で戦っていくためにも、倫理を学ぶことの価値をぜひ理解していただきたいですね。
小林:データ倫理の取り組みを進めてきて実感しているメリットは、社内で判断の軸ができることです。AIに限らず、また数年したら、想定の範囲外の新しいテクノロジーがどんどん出てくるでしょう。そうした時に、自社の倫理観が定まっていると、それに基づいて判断することができます。倫理と付き合うということは、自分や自社の中に判断軸を作ることと考えるとよいのではないでしょうか。
渡邉:このセッションを通して、経営層やマーケターの皆さんに、倫理的取り組みの必要性や価値が伝わっていたら嬉しいです。皆さん、本日はありがとうございました。