今年のカンヌが閉幕 今成功するPRキャンペーンとは
今年のカンヌライオンズにおいて、私はPR部門のショートリスト審査員という貴重な機会をいただきました。審査過程では、世界中から寄せられる数百本に及ぶエントリー作品に目を通すのですが、何より本当に素晴らしいアイデアが多く、同じ業界に身を置く身としては、もはやリスペクトの一心。どのキャンペーンも高い完成度と独自性を持ち、それを絞り込む作業は本当に大変な作業でした。
妥当性(ブランドやカテゴリーとの関連性があるか)、インサイト(生活者やカルチャーに対する深い理解があるか)、実行デザイン(メッセージを伝えるためのメディアに対して深い洞察があるか)というポイントはチェックしていくのですが、加えて個人的には特に以下を重視しました。
- 「プロモーションやメディア投下に頼らず、自然と人々に広がったアイデアか」
- 「生活者やコミュニティを実際に動かし、社会を前進させる力があるか」
事前にあった審査員同士の会話の中でも、単なる話題づくりではなく、実際に人や社会を動かす「実効性のあるアイデア」であるかどうかを重視する声は、同じく多かったと思います。
こうして数多くのキャンペーン作品を見ていく中で、今成功するPRキャンペーンの輪郭が少しずつ見えてきました。今回の記事では、印象に残った事例を交えながら、その傾向について紹介していきたいと思います。
(1)リアルタイム性:TECATE LIGHT「GULF OF MEXICO(BAR)」

記憶に新しい人も多いと思いますが、2025年1月にアメリカ政府が「メキシコ湾(Gulf of Mexico)」の名称を「アメリカ湾(Gulf of America)」に変更するという提案を発表しました。これに呼応するように、Googleマップも名称を更新。これはメキシコ人にとっては、自国の歴史や文化、そしてアイデンティティの一部が否定されたように感じられ、大きな動揺を生みました。
この動きに対して、メキシコのビールブランド「Tecate(テカテ)」がユニークな方法で声を上げました。なんと彼らは、メキシコ湾のど真ん中に「Gulf of Mexico(メキシコ湾)」と名付けた船上バーを設置。それをGoogleマップ上にピンとして登録したのです。ちなみに一般客にも公開されており、美しいメキシコ湾の景色を眺めながらお酒を楽しめます。
Googleがそのピンを削除するたびに、Tecateはリアルタイムで対応。何度でも再登録を行い「名称は勝手に変えさせない」というような強いメッセージが発信されました。
この行動は瞬く間に話題となり、SNSやメディアで大きな注目を集めました。メキシコ国内だけでなく、世界中で議論が巻き起こり、キャンペーンは9,300万以上のインプレッションを記録。アメリカ在住のメキシコ人の38.5%がGoogle Maps上で「Gulf of Mexico(メキシコ湾)」の名称を再確認するという、大きな反響を与えました。
今回のカンヌでは、こうしたリアルタイムでブランドが対応するケースが多く見られました。
マヨネーズブランドの「Hellmann's」は、Charli XCXのコンサートで行ったキャンペーンで話題に。発端は、英国の広告基準局が“空のプラスチック袋”が描かれたCharli XCXのツアーポスターを禁止したことでした。“袋”が不適切な内容を連想させると当局に解釈されたであろう状況に対し、Charliは「ただのサンドイッチ袋よ」とコメント。SNS上で議論が広がり、瞬く間にバズになりました。Hellmann'sはこの騒動を逆手に取り、サンドイッチ袋に入ったマヨネーズサンドイッチを会場でファンに配布。この遊び心ある対応はZ世代に響き、SNSでの拡散と大きな話題を呼びました。

ソーシャルメディアを中心に、ユーザーの関心が移ろいやすい現代において、話題が生まれる瞬間を逃さず、素早く情報を発信することが、注目を集める鍵となっています。「TecateとGoogle 」や「Hellmann’sとCharli XCX」の事例では、リアルタイムで発生する双方のリアクションが物語性を持ち多くの人の関心を引きつけました。柔軟な発信が可能な点でも、リアルタイム性を持ったPRは表現の自由度も高く、今後も注目の分野だと思います。
続いては、引き続き注目される「パーパス」に基づいたキャンペーンの事例です。