人間のための「データ活用」「AI活用」とするために
MarkeZine:技術の進化にともない、データプライバシーの問題も今後大きく変化していきそうです。朱さんはどのようなことに関心を持っていますか?
朱:論点は多々ありますが、たとえば、人間の自律性を脅かすリスクは考えておくべきでしょう。アンケートデータと異なり、ライフログや位置情報、Web上のクリックログなどの行動データは「嘘」がつけません。家族にも打ち明けたくないような情報が丸裸にされてしまう可能性があります。
加えて、昨今は巨大テック企業が人々を支配する「テクノ封建制」という概念も懸念されています。我々は企業にデータを渡す生産者であり、そのデータを使って巨大テック企業同士が領土争いをしている……といった趣旨の概念です。これは、人間が持つべき自由や尊厳の侵害につながってしまうかもしれません。

MarkeZine:たしかに。さらにAIの台頭で、新たに出てくる問題などもあるでしょうか。
朱:ええ、AIの進化により、亡くなった人の人格のようなものまでデータから再現できる環境が生まれました。しかし、各国のプライバシー法は現状、「生きている人間」にしか適用されません。臓器移植は同意なしではできませんが、人格をAIに移植することは、果たして容認されるのでしょうか。このような新たな問題が登場する度に、私たちは「どんな理念を大切にして、どんな法律を作るべきか」を考え続けなくてはならないのです。
私は、これからのAI時代には「Human in The Loop:AIの意思決定プロセスに人間が介入する」という考え方が重要になってくると思います。AIは人と人がつながるための技術であり、判断するのも、責任を取るのも最終的には人間です。なんでもできるAIだからこそ、それが私たちにどのような幸せをもたらすのか改めて考え、責任をもって運用する必要があります。
哲学や倫理学は、マーケターのキャリアを切り開く必須科目に
MarkeZine:データ倫理、AI倫理の重要性はこれからますます高まっていきそうですね。これからのマーケターに求められるスキルセットにはどんなものがあると考えますか?
朱:マーケターこそ「倫理」や「哲学」を学び直すとよいと思います。実際に、欧米の大学ではAI倫理が学べるビジネスパーソン向けのコースがスタートしており、日本でもじきに始まるでしょう。
AIによるブラックボックス化が進む時代、マーケターの必須科目だったデータサイエンスはかなりシンプルになってきました。一方で、これから必要になってくるのがガバナンスや哲学、倫理学といった人文学系の知見だと考えます。
MarkeZine:最後に、AIをはじめとした技術の恩恵をしっかりと受けつつも、私たちが人間中心の社会を築いていくためには、なにが重要だと思われますか?
朱:技術が発展しても、社会を営んでいるのは私たち生身の人間です。どんな技術もあくまで「人間に奉仕するもの」。AI時代だからこそ、人間同士の関係性を重視すべきではないでしょうか。理念やビジョンの部分で頭脳労働し、言葉を紡いでいくことが大切な時代になると思います。

マーケターのみなさんへ伝えたいのは、倫理はビジネスの「コスト」ではなく「投資」であるということです。不安定なマーケットで勝ち抜くためには、「どこを目指し、どんな価値を追求するのか」を明確にしておくことが大切です。データマーケティング時代だからこそ、データを提供してくれるユーザーにしっかりと目を向け、長期的な信頼を得られるようなコミュニケーションを続ける。その誠実さが、企業のブランド力や競争力の向上につながっていくのではないでしょうか。