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MarkeZine Day 2025 Autumn

世界動向の先を読む「もう1つの視点」

プログラマティック広告市場の飽和点 踊り場に立つCA、The Trade Deskの事業分析

2025年に入って2回発生した「TTDショック」、市場が先読みしている脆さ

 日本で見え始めた構造変化は、欧米では先行して起きている。後半で取り上げるTTDは、SSP・DSPの巨人であり、33四半期連続で期待を上回る業績を達成してきたが、2025年に入って業績に大きな転換点が見え始めた。

 2025年2月(2024年第4四半期)と同年8月(2025年第2四半期)の四半期決算説明会の直後、TTD株価が急落する「TTDショック」が発生した(株価が1年で$139→$45と3分の1へ)。たとえ足元の業績が堅調であっても、バリュエーションは急落しうる。TTDの場合、「伸び率が止まってしまった」という印象が行間からにじみ出てしまったことが背景にある。

 広告代理店の販売マージンが一般的に15~20%とされる中、TTDでは公表テイクレートの20%に加え、様々な機能の利用料が上乗せされ、実質的な手数料は広告予算の30%以上に達するケースもあると指摘されている。高いテイクレートが存在するにも関わらず、広告エージェンシーを中心とする顧客が利用を続け、TTDの事業成長を支えてきたことは間違いない。実際、TTDの顧客維持率は95%以上に達し、高いスイッチングコストによってプレミアムな事業形態を築いていた。

 バブルの崩壊は「危ないかもな、」と薄々感じていたことが顕在化した瞬間に起こる。今回のTTDショックでは、TTDの事業形態について「少々不思議な形態だな」と誰もが思い続けていたところに、AIブームの進展にともなう次の3つの課題が同時に表面化したと読み取れる。TTDのAIプラットフォーム「Kokai」が期待外れと市場に受け止められたことも引き金となった。

TTDの直面する3つの課題

1.GoogleやAmazonなど巨大プラットフォームとのAI競争

2.加速する広告主側のインハウス化

3.プログラマティック広告市場のコモディティ化と飽和状態の顕在化

1.巨大プラットフォーム「Google」「Amazon」との競争とテイクレートゼロ

 Googleが独占禁止法裁判を乗り切り、新たにAIを軸にオープンウェブの広告経済を構築していること。さらに、Amazon DSPがリテールメディアネットワークを通じてデジタル広告の支配(テイクレートゼロ)を進めていることは、TTDにとって脅威のはずだ。

 Google、Meta、Amazonといった巨大プラットフォームが自社のユーザーベースや広告在庫、データをエコシステム内に囲い込む「ウォールドガーデン」戦略を取っているのに対し、TTDは「オープンインターネット」で舵を切ってきた。利益相反の懸念のない、いわば「みんなのインターネット広告代理店」のような位置づけで成長できてきた。

 しかし、高いテイクレートへの懸念やKokaiに関連する不調が続くと、徐々に顧客離れを生む。広告代理店やマーケター側も、「マージン削減」「ファーストパーティ・データの自社管理」「アジリティ(迅速な意思決定)」「自社の少ないリソースでの自動化と高度化」を志向しており、その流れをAIの普及が一層加速させている。

 さらに、CTV広告市場で急速に存在感を強めているAmazonの強みは「圧倒的なファーストパーティ・データ」「巨大なメディア×購買の垂直エコシステム」「巨人企業だからこその価格戦略」にあり、オープンインターネットに立脚するTTDとの対比が目立つ。「アマプラ広告」市場が「YouTube広告」を抜くような状況も見えており、広告主企業でTTD要らずの状態になるのも想像できる。

2.プログラマティック広告市場の飽和点という、見えてしまった天井

 TTDが抱えるもう1つの根源的課題は、プログラマティック広告市場自体が成熟期に入り、かつての爆発的成長が期待できなくなったことだ。プログラマティック広告という手法自体がもはや特別なものではなく、コモディティ化しつつある。

 一見するとスケールや市場環境は異なるが、CAとTTDが直面している課題は、同じ現象である。市場が飽和、つまりコモディティ化に進むと、製品やサービス間の差別化が困難になり、競争の主軸は必然的に価格側へシフトしていく。「負のスパイラル」として段階的に(気づかぬままに)進んでいく。

3.止められないインハウス化の流れ

 価格競争が主軸になると、代理店手数料やプラットフォーム手数料の削減圧力が強まり、広告主による「インハウス化」の動きを加速させる。その動きを、巨大プラットフォーム企業のAIツールが技術的に支援するという構図が出来上がってくる。

 TTDは高度な技術力と手厚いサポートを背景に、プレミアムな価格設定を維持するビジネスモデルを築いてきた。しかし、この「手」構造こそが根源的な最大の課題となっており、市場の下落は既にその脆さを読み取っている

 高度な広告主はインハウス化を進めつつ、継続的に手数料引き下げを迫る。一方で、巨大プラットフォーマーのAmazon、Google、Metaがウォールドガーデンによって高価値領域を侵食する。TTDは両方向から挟み撃ちにあい、その地位が徐々に崩れる可能性が高い。

 代理店単体による「AI」を冠した自社開発のプラットフォーム(TTDのKokaiCAの極予測AIなど)への投資は、自画自賛でその上空(未来)と足元(鍋底)の両方を見ていない可能性がある。

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この記事の著者

榮枝 洋文(サカエダ ヒロフミ)

株式会社ベストインクラスプロデューサーズ(BICP)/ニューヨークオフィス代表
英WPPグループ傘下にて日本の広告会社の中国・香港、そして米国法人CFO兼副社長の後、株式会社デジタルインテリジェンス取締役を経て現職。海外経営マネジメントをベースにしたコンサルテーションを行う。日本広告業協会(JAAA)会報誌コラムニスト。著書に『広告ビジネス次の10年』(翔泳社)。ニューヨーク最新動向を解説する『MAD MAN Report』を発刊。米国コロンビア大学経営大学院(MBA)修了。

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

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2025/09/25 08:30 https://markezine.jp/article/detail/49808

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