「S:See(観察)」の3ステップ
ここまでマーケターでもなかなか捨てきれない確証バイアスについて解説してきました。マーケターが自身の直感を起点に戦略を立てるときの流れを極シンプルにして「直感→仮説→戦略」とすると「仮説とその検証」の時点で、既にバイアスが働いてしまっていることになります。ゆえに、いくらデータをもとに仮説を検証しても、論理的かつ妥当性のある戦略は描けません。
ここで1つ目の「S:See(観察)」の出番。AIを活用し、バイアスのない形で顧客のリアルを観察した上で、自分の中にある仮説に対して適切な問いを立てていきます。Seeのプロセスでは、以下3つのステップを踏みます。

1.無言の顧客のリアルを直視する
基本的なポイントではありますが、まずは自ら声を発してくれない無言の顧客にも目を向けることから始めます。
そもそも、企業アンケートやインタビューで得られるのは「自分の課題を言葉にして語ってくれる親切な顧客の声」です。対して、ビジネスの成長を止めているのは、比較ページで静かに去っていく層や、不満を抱えながらも何も言わずに離脱する「サイレント・チャーン(無言の離脱)」の層。この無言の声に目を向けなければ、「自分たちのサービスに満足している人の声」だけを集め、それを全体の声だと錯覚してしまいかねません。
何も言わずに去る「サイレント・チャーン」の行動データを直視し、無言が指し示している真の課題を「検証すべき適切な問い」へと変換しなければ、本当の顧客理解はできないのです。
2.AIエージェントで「無言の文脈」を可視化する
では、アンケートには表れない「無言のデータ」から、どう顧客のリアルな文脈を読み解くのか。ここで強力な武器となるのが、生成AIを活用した最新のリサーチ手法です。
生成AIをリサーチ業務に取り入れるシーンや方法はいくつかありますが、一つおすすめなのは、AIエージェントを用いたUGC(ユーザー生成コンテンツ)の自動収集・構造化。現職では、Q&Aサイトやブログ、特化型掲示板など、Web上の公開データを自動収集し、感情スコアとともにポジティブ・ネガティブの比率を分析しています。
競合企業のUGCも含め、この推移を追うことで、未顧客を含む消費者のリアルな声を、その変容も含めて可視化できます。もちろん、極端な意見に対するバイアスの考慮や、ノイズ除去といった実務上の制約は伴います。しかし、その制約を理解した上で、新たな顧客インサイトの収集方法として取り入れる価値は十分にあると考えています。
3.AIペルソナとの壁打ちで直感のズレに気づく
さらに、このUGCから抽出した「不安ワード」に、属性データや行動ログなど盛り込み「AIペルソナ」を生成します。AIペルソナとの壁打ちを通じて、顧客のリアルな反応を動的にシミュレーションしていくのです。静的なアンケートでは引き出せない「言語化されていない本音(潜在的な課題)」を浮き彫りにし、顧客理解をもう一段深めることができます。
このステップを通して、たとえば次のケースように、自身の直感・仮説のズレに気づくことができます。
【ケース】シニア向け高価格帯電動アシスト自転車を「坂道も楽々、パワフルなモーター」というコピーで訴求しているが、見込み顧客の反応が鈍い。
→UGCで見えたこと:電動アシストを日常的に扱うにあたり不安がある
→仮説:大容量バッテリーで充電の手間を省けば、顧客は安心するはずだ!
※無意識のうちに自社の強みである「バッテリー容量(スペック)」の課題へと置き換えて発想してしまっている
→AIペルソナの返答:充電回数が減るのは助かります。でも、60代の私が本当に不安なのは、30kg近い重い車体を毎日駐輪場で出し入れできるかです。万が一倒れた時、一人で引き起こせるのか。走行スペックばかり語られても、「現実的な体力に合わせた扱いやすさ」への解がない限り安心できません

企業側が提供したい「スペック(パワー)による安心」と、顧客が直面する「30kg近い重い車体を日常で扱うことへの不安」。AIという鏡を通すことで、この認識のズレを客観的に捉えることができるのです。
まとめ:精度の高い戦略は「客観的な仮説」から
AIとの対話によって、企業側の主観的な直感は修正され、より顧客の現実に即した「精度の高い仮説」へと変換されます。もちろん、AIが収集したUGCなどのデータだけで戦略の最終的な検証が完了するわけではありません。ですが、もしこのプロセスを飛ばし、思い込みのまま施策に走れば、「データによる裏付けはあるが、そもそも解くべき『問い』が間違っている」という根本的なズレを生むことになります。
直感を起点にしながらも、AIとの対話を通じて多面的に顧客を観察する。これが、戦略の精度を上げる第一歩となる「See」のプロセスです。
次回は、こうして見えた「顧客のリアル」を起点に、競合の戦略を解き明かし、市場の構造から自社が勝てる「空白」を発見する方法を解説します。第2章「Structure(構造化)」のプロセスへ進みましょう。
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