指令1~緊急事態発生!クライアントの炎上事故に対応せよ!(本書より転載/第4回)
美咲たちの調査は佳境に差しかかり、クチコミの質的な調査に着手した。量だけでなく、ソーシャルメディア上の論調を正しく把握するためだ。表現や論調をストレートに頭の中に入れるため、あえてテキストマイニングツール(膨大な量の文章を解析するツール)などは使わず、全件目視チェックをすることにした。しかしいかんせん数が多い。週末から今日の午前中に投稿された炎上ツイートだけで、実に数千件を超えていた。ふぅ.、大変。でもいまここで踏ん張らないと!
美咲と拓也が手分けをしてチェックを終えると、次のようなコメントが目立った。
- 日本を代表する日本ビバレッジの社員が飲酒運転とは呆れてものが言えない
- 新入社員研修はいったいどうなっているんだ
- この時代にまだ飲酒運転などするバカがいるとはね
- これはない。飲酒運転は殺人未遂。絶対に許すべきではない
- 月曜の朝から嫌なニュース。今後の日本ビバレッジの対応に注目したい
「美咲さん、そっちはどう?」
「うん、さすがに辛らつなコメントが多いわね……」
「飲酒運転は犯罪だからね。問題を起こしたのが誰もが知っている日本ビバレッジの社員 だったってことも、炎上が拡大している要因になっているよ」
「よく『炎上の沸点』って言うじゃない?当然、犯罪行為や不適切な発言はしちゃいけないことだけど、同じことをしたり言ったりしても、炎上する場合としない場合がある。『炎上の沸点』には明らかに差があるわよね。知名度が高い企業は、それだけで『炎上の沸点が低い』(炎上しやすい)のよね。今回も、『日本ビバレッジの社員ともあろう者が』って表現が結構な数あるわ」
「きっと、このままいくと、この論調はさらに高まる気がするよ。一刻も早く公式の謝罪文を出して、お詫びと経緯の説明をすべきだと思うんだけど、美咲さんはどう思う?」
「私も同じ意見よ。あとは公式謝罪文の中に、問題を起こした社員の処分と、再発防止策についてどこまで記載すべきかよね」
これまでの調査で、ことの発端や、週末にネットの中で起こっていたことの経緯が整理され、日本ビバレッジが正式に謝罪すべきことが明らかになった。議論を「謝罪をするかどうか」から「いつ、どのようにするか」に至急移さなければならない。
時計の針はまもなく13時を指そうとしている。1時間目の終了だ。美咲が経営会議用の調査報告書をまとめていると、拓也が叫んだ。
「美咲さん 」
「どうしたの 拓也くん!」
「やばいよ。今朝のニュース、ヤフトピに載っちゃってる……」
「えぇ~っ!!」
ヤフトピとは、国内最大手のポータルサイト「ヤフー」のトップページにあるヤフーニュースのトピックスだ。ヤフーニュースとは、一カ月の閲覧数が 億ページ、一カ月の訪問者数(ユニークブラウザー数)は7850万とも言われ、日本最大級のニュースサイトである。なかでも「 13文字×8本」のニュースの見出しを紹介する「トピックス(通称:ヤフトピ)」の影響力はすさまじく、ときに全国紙の一面の影響力を超えるとも言われる。
ニュース記事内にリンクが張られている場合、サイトへの誘導効果は数万からときに100万を超えるとも言われ、「ヤフトピに載るとサーバーが落ちる」ことは有名な話になっている。ヤフーニュースに記者はいない。掲載されるニュースは、通信社、新聞社、各種ニュースサイトなど100を超える配信ネットワークから集められたニュースの中から編集員によって選定される。今回の炎上ニュースを配信したニュースサイトは、ヤフーニュースの配信ネットワークに入っていたのだ。日本ビバレッジという会社の知名度と、週末から今朝にかけてのネット上の騒ぎの大きさからトピックスの価値があると判断されたと考えられる。
「拓也くん、至急、丸山室長と勅使河原部長を呼んで!」
日本ビバレッジの炎上の火の手は、ますます勢いを増して燃え広がろうとしていた。
