苦戦を強いられる領域特化型の流通・小売業各社
一方、オムニチャネル化が逆風となっているのが、特定領域に特化した、差別化要因を持たない領域特化型の流通・小売業です。前述のとおり、オムニチャネル化は“Winner Takes All”へのゲームチェンジを意味します。このような市場環境では、特化型の各社は併合される対象となります。
このような状況の中、いかに次の時代の立ち位置を築くのか、多くの企業が悩みを深めていますが、ここからは光明を見出しつつある企業の取り組みを紹介したいと思います。
百貨店でオムニチャネル化が進まないわけ
「オムニチャネル」という言葉は、米国の百貨店Macy'sの急伸を支えた戦略として知られています。日本の百貨店はオムニチャネル化に向けたアクションが鈍く、あまり成功事例を聞かない状況にあります。その原因は「商習慣の違い」にあると言い切って良いと思います。
米国の百貨店は、自社で商品を買い取り、自社の責任でお客様に販売する「買取仕入」が主流です。一方、日本の百貨店は売れた瞬間に「入荷し、その瞬間売った」と計上する、いわゆる「消化仕入れ」が主流となっています。経営モデルとしては優劣の存在しない「戦略の違い」に過ぎないわけですが、オムニチャネル化という意味では前者に圧倒的な分があります。

買取仕入をする場合はSPA系と同様、会計処理上細かく単品管理していく必要があり、当然の流れとして積極的なシステム投資が行われてきました。一方、後者のモデルではその必要性がないため、現在百貨店で綿密な商品管理を行っている会社は皆無です。日本でも「単品管理」の必要性は議論され続けていますが、本格的に挑戦したのは岩田屋くらい。その岩田屋も2001年に債務超過に陥り、自力再建を断念して伊勢丹の傘下となったので、このタイプの百貨店は絶滅種といってよいでしょう。
もともとローコストで勝負できることを強みとする「消化仕入れ」モデルの会社が、在庫の一元管理を主軸とする米国式オムニチャネルを取り入れようとすると、コストが高まる一方、粗利が伸びない状況に陥ります。これが日本の百貨店のオムニチャネル化を阻害する要因となっており、各社の取り組みはこの議論にどう対応するかによって大きく左右されるようになっています。
"Only MI"は三越伊勢丹に光を与えるか
このような中、光を見出しうる位置にいるのが三越伊勢丹です。三越伊勢丹はマーケター大西社長のリーダーシップのもと、商品の自社比率(自社の在庫となっている自社商品の比率、あるいは、自社でしか扱っていない独自商品比率のこと)と独自性を高める方向で歩を進めています。
その旗艦店として国内外の注目を集める伊勢丹新宿本店は、「世界最高のファッションミュージアム」を目指して2012年から売り場のリニューアルを開始し、2013年3月にグランドオープン。若い女性のファッションリーダーである人気歌手テイラー・スイフトも「伊勢丹すごいわよね」と公言している同店は、実は長らく立地に恵まれなかった店舗であることを知る人は少ないでしょう。

リニューアル後の売場イメージ「伊勢丹新宿本店再開発」資料より
新宿駅は、JRの乗車人員数でNo.1の座を不動のものとしている巨大ステーション。乗り入れている京王、小田急は新宿駅に直結した店舗を持っているのに対して、伊勢丹新宿本店は少し離れた位置に存在します。しかし、同店はその逆境で培った圧倒的な商品力を武器として、ここまで独自路線を展開。結果、他の百貨店と比較しても突出した独自商品比率を誇っています。
ここ数年、「Only MI」というキャッチフレーズを掲げ、グループ全体でこの比率をより高める方向に進んでいます。「Only MI」は「MI(三越伊勢丹)でしか買えない」に読み替えることもでき、オムニチャネル時代における同グループ最大の差別化要因になることでしょう。メーカー側が多数の流通チャネルに商品を流したがる中で、このような状況をつくることは極めて困難であり、独自路線を築いてきた三越伊勢丹だからこそ取れる戦略といえます。

2014年は三越と伊勢丹を統合したECサイトのオープンや、リクルートライフスタイルと共同展開するギフト専門サイト「キノギフト」のオープンなどEC領域への進出を強めるほか、小規模店舗出店も重ねてきました。2015年以降はさらなる投資に基づく「絶対的価値のある商品」の追求と、その立場を維持するための周辺施策を展開していくものと推測されます。
「SCならではのオムニチャネル像」確立を目指すパルコ
百貨店以上に米国式オムニチャネル化に遠い環境にあるのが、ショッピングセンター(SC)各社です。SCは基本的には不動産業であり、主眼は「どれだけモノを売るか」ではなく「どれだけ不動産価値を高めるか」にあります。そのため、モノを管理するシステムや機能はほとんど持っていません。結果、多くのSCがオムニチャネルへの取り組みを行ってはテナントからの協力が得られないなどの理由で頓挫してきています。「SCはオムニチャネルなんてやるべきではない」といった声もよく聞きます。
そんな中、大きな成功を収めつつあるのがパルコです。パルコの施策からは「いわゆるオムニチャネル」ではなく「SCが行うべきオムニチャネル」を目指していることが見て取れます。

この意思が最も顕著に現れたのが、2014年末に行った「ECサイトの閉鎖」という決断でした。もともとパルコは他のSCと同様、自社でECサイトを開設・運営してきました。このサイトを閉鎖して、「カエルパルコ」という個々のテナントが出店するモール型のサイトに完全移行。これに連動してアプリを開発し、パルコのお客様に配布。これは「メディアとしての価値向上はパルコが行い、その中での商業はテナントが行う」というSCが従来担ってきた役割に徹するということであり、非常に潔い(いさぎよい)決断として評価されるべきと考えます。
このような潔さはテレビ広告をすべて中止して、LINEをはじめとするデジタルチャネルに投資をしたところでも一貫しており、本質的な理解とリーダーシップを持った素晴らしいチームが存在していることが伝わってきます。
“Winner Takes All”の時代では、中小企業にありがちな「右へならえ」はまったく通用しません。各社が独自の戦略を打ち出すことは必要不可欠です。その意味でパルコの選択と集中を地でいくような戦略はお手本とするべきであることは明らかでしょう。
まとめ
オムニチャネルの時代において生き残れるのはプラットフォームを築いた会社か、明確な立ち位置を提示した会社に限定されます。2014年は時代を読む感覚と強いリーダーシップを持った各社がその一歩目を踏み出した1年だったように思います。2015年はこのような先進各社が改革を進め、業績に反映させていく年になることでしょう。
一方、遅れをとっている各社にとっては、取り戻せない差をつけられないよう、大きな決断を求められる1年になることでしょう。各社の意欲的な挑戦を見られることを楽しみにしています。