ブランディングでのデジタル活用は「まだまだこれから」
オンライン広告およびソーシャルメディアは、企業のブランド戦略に対してどのような貢献ができるのか。マーケターサイドとしてニューバランスジャパン(以下、ニューバランス)の鈴木健氏を、テクノロジーサイドとしてオンラインマーケティングのプラットフォームを提供するマリンソフトウェアの森下順子氏、野澤智氏を招き話を伺った。
雑誌などメディアへの露出も多く、若者を中心に強いブランド力を持つニューバランスだが、意外なことに同社マーケティング部長の鈴木氏は、ブランディング領域におけるデジタル活用について“社内ではまだまだこれからの認識が強い”と語る。モノづくり中心主義が強い社風で、いい製品を通して消費者にベネフィットを提供すること、それこそがブランディングであると考えてきたという。
「特に日本では、市場の独自性として流通が強いことから、マーケティングとしても必然的に小売業などへの販促活動が中心となり、消費者への直接的なアピールは十分ではなかったと思います。今後はブランドとして顔を立て、製品の事業領域を増やすためにも、マーケティングを強化させる必要があると考えています」(鈴木氏)
スポーツ関連製品のブランディングにおいて、一般的に知られているのが「選手販促・スポーツマーケテイング」と呼ばれる手法だ。これまでニューバランスではあえて積極的には行ってこなかったが、今後は力を入れて取り組んでいくという。また、2015年7月に新たなブランドプラットフォーム「ALWAYS IN BETA(オールウェーズ イン ベータ)」を発表し、企業広告として展開している。
混沌としたオンライン上にこそブランディング戦略の勝機あり?
ニューバランスでは広告領域を担う「ブランドコミュニケーションチーム」、そして販促を行う「リテールマーケティングチーム」がそれぞれ連携し合い、ブランディング強化を図るという。その一環として、オンライン上でも様々な施策を展開し、相乗効果を上げていく必要性がある。
「競合他社に比べてバジェットが小さい当社にとって、これまでのメディアではチャレンジャーとして厳しい立場にありました。しかし、メディア環境が変化し、混沌としたオンラインの世界では『お金があればなんとかなる』という既存のセオリーが通じなくなってきています。扱いにくい領域であることには変わりがありませんが、工夫次第で我々チャレンジャーの有効な武器になると捉えています」(鈴木氏)
しかしながら、「やっている感」が見えにくいため、リテールに対して販促として効果を強調しにくいことや、広告の表現がどのくらいターゲットに訴求力を持つのか、クリック数やPVが目的に結びついているのか見通しが難しいなど、ブランディングをオンラインで展開するにあたり、まだまだ課題は多い。何をもってブランディングに結びついたのかという評価の軸を持たなければ、何となく数字を追いかけてわかったような気になってしまうという懸念もある。
「定性的な観察を行えば直感的に状況がわかるのに、定量的なものだとむしろ何を意味するのか理解が難しい。それがオンラインにおける効果をわかりにくくしているのかもしれません」(鈴木氏)
ブランディングの目標設定と効果測定をどう行うか
こうしたニューバランスの課題感に対して、マリンソフトウェアの森下氏は、「目標に対しての広告効果を検証できるよう、テクノロジーを活用してオンラインで数値化された結果とリアルな事象に対する効果ををつなぐソリューションをご提供できます。」と語る。
その握りのもと、ターゲットとなるユーザーがどのようなタッチポイントを経るのか、どのようなカスタマージャーニーであれば評価が高まるのかといったストーリーを組み立てる。さらには、ソーシャルメディアなどでどう評価され、話題になれば“成果があった”とみなすのか、そしてその成果を最大化するためにどうすればいいのか、顧客と共に考え、伴走するというわけだ。
確かにニーズが明らかな顧客の行動は、目標設定と達成成果で明確化できるだろう。しかし、ブランディングの効果として、鈴木氏が気にするのは、顕在化した事象よりも潜在的なインサイト、「どうなったか」よりも「どう考えているか」だという。
例えば、既にブラントとして認知した人に「認知されたイメージ」を提供すれば反応が返ってくることは明白だ。しかし、認知していない人、あるいは否定的な人に対して広告だけで印象を変えることができるのか。そもそも、そうした人たちの内面を汲み取ることができるのか。数値に表れないものをどう捉えるのか。コンテキストを掴まなければ、見えてこないものもある。
その問いに対して、現時点で明確な解を持つソリューションはないだろう。となれば、マーケターは仮説を考え続け、テクニカル側では検証を繰り返し、その中からおぼろげな輪郭や反応をあぶり出す方法を考え続ける必要がある。
マーケターとテクノロジーサイドの連携が肝
「天気のいい朝に走ろうかなと思っているところに届くメッセージと、夜遊び中に届くメッセージでは全く印象が違うでしょう。ブランディングのシナリオがあった上で、テクノロジーとしてどう設計して最適化するか。それが実現できれば、今のように平準化したデータを見て一喜一憂するよりも合理的なのではないかと。ただ、その仮説が整理できているわけではないので、徐々に始めていきたいと考えています」(鈴木氏)
そうした仮説検証の取り組みの一つが、検索ワードの選定だ。ECとブランディングでそれぞれキーワードを別々に選んでいるという。ECでは購買率を高める目的であり、ブランディングでは「共感した人が検索するのでは」という仮説のもと、広告のKPIとしての妥当性を検証しようというわけだ。
こうした意図に、「マリンソフトウェアもまた、様々なデータを連携・活用し、より適切なオーディエンスにより適切な広告を届けるために、プラットフォームとしてのテクノロジーで応えようとしています」と野澤氏。例えば、オーディエンス・マーケティング・スイートにより、オフラインのイベントと連携して、ソーシャルメディアでユーザーのシグナルを捉えて何らかの反応をブーストしたり、外部の天気データから天候に応じて効果的と思われるメッセージを送付したり、テレビと連携したソーシャルメデイアでの広告キャンペーンの展開・最適化など、様々な仮説に基づく施策構築を容易に行い、検証できる環境を整えている。
確かに、ユーザーのインサイトを推測するのは非常に難しいことだ。しかし、マーケターとテクノロジーサイドが共に連携し、ブランディングにおける仮説と効果検証を繰り返し、運用することで、見えなかった「何か」が見えてくるかもしれないのだ。
「広く浅く」「深く密に」を実現するものとは
オンラインでのブランディングの施策においては、様々な仮説にプライオリティをつけて、いろいろと試してみたくなるものだ。しかし、限りある予算を使ってスタートするならば、どの辺りから取り組むのが現実的なのか。
森下氏は「商品やサービスの種類、キャンペーンの内容などで異なる」と前置きしながら、広く浅いオンライン広告と、密度の濃いコミュニケーションが可能なソーシャルメディアを併用することが、現在の現実解の1つと語る。
「ただし、ニューバランスさんの場合、スポーツシューズは一般消費財と異なるため、ターゲットとなる消費者にアプローチしなければ意味がありません。広く浅くといっても、漠然とオンライン広告を行なっても効果は薄まるだけ。費用対効果を考えると、CRMデータなど今あるデータを活用してあらかじめオーディエンスを絞る方が効果的でしょう」(森下氏)
また、ソーシャルメディアではあらかじめオーディエンスが絞りやすい上、コミュニティ内でのバイラルにも期待ができる。ユーザーがFacebookやTwitterに費やす時間は月に何百時間ともいわれ、検索やネットサーフィンをする時間よりも格段に増えている。その上適切にソーシャル広告を使うことでエンゲージメントをブーストすることができ、Marinのソーシャル広告向けソリューション「Marin Social」により、Facebook、 Twitterそしてブランドロイヤリティにとって重要な位置を占め始めているInstagramのキャンペーンを一元管理・最適化することが可能となっており、さらに密度の濃いコミュニケーションの展開の場として、現時点ではソーシャルメディアが最適だという。
なお、オーディエンスを絞り、コミュニティに働きかけることの効果は、リアルにおいても実証されている。ニューバランスでは、マラソン大会の協賛も行っているが、それはたかだかリーチが多くても2万人しか過ぎない。ただし、参加者がソーシャルメディアと連携し自分の記録を自動的にポストし、自分だけの記録ムービーが作成できる「ソーシャルマラソン」の企画をしたところ、5,000人以上が登録し、ブランドへの態度変容など高いエンゲージメントを得ることができたという。
「リアルでもオンラインでも、一度接点を持ったユーザーをブランドファン、顧客にするための施策を考える必要があります。そこに細く薄くつながれるネットの強みがあるといえるでしょう。私たちはテクノロジーを提供する側として、 “広告”をフォーマットにそうした一連の流れを作り出すお手伝いができると考えています」(森下氏)
エコシステムが実現する真のブランディングとは
ブランディングには店舗や製品など、リアルな接触を含めた「全体設計」が不可欠と鈴木氏も森下氏も認める。しかし、そう理解していても、継続的な施策として実現するのはなかなか難しい。その原因はどこにあるのか。
「ブランディング広告側の問題として、どうしてもキャンペーン単位に考え、新製品をローンチしてオシマイ、イベントが終わったらオシマイ、という感覚に陥りがちです。正直、従来のメディアの考え方が、オンライン広告でも残されている印象は否めません」(鈴木氏)
現在は、まだキャンペーンごとにユーザー設定も行い、終わるとリリースする形だ。しかし、実際に結果を分析すると、想定と実際とで異なる点も多く、多数の改善すべき点に気づかされた。そうした経験を経て、一度コミュニケーションしたユーザーとの接点を保ちながら連続した流れを作り、ユーザーに留まってもらいながら、「ライフタイムバリュー」を高めることが重要だと痛感するようになったという。
「広告のコピーが、ビジュアルがという単発でのクリエイティブの品質以上に、ユーザーが気持ちよく繰り返し利用し、コミュニケーションしてもらえるオーガニックなエコシステムを作ることが大切だと考えています。結果をきちんと捉え、それを踏まえて次につなげられる仕組みを構築できると良いのでしょう」(鈴木氏)
リアルイベントも、企業メッセージを込めた動画も、単にクリエイティブや効果だけを考えるのではなく、それに反応する・反応しないユーザーが何を考え、何を望んでいるのかを把握することが肝心だ。そのためにデジタルツールやソーシャルメデイアの活用が有効と考えられるが、「何のためにやるのか」を意識しておく必要があるという。確かに、目的意識を持たないまま、数値的な結果だけを追えば、運用のための運用になりかねない。
「オンラインでの効果把握となると、急にPVやコンバージョンなど数字に振り回され、肝心なユーザーのインサイトを見逃す傾向にあります。目的を踏まえ、そのための情報として数字があることを忘れてはならないことを、関係者全員に理解してもらうことが大切だと考えています」(鈴木氏)
そのために、担当制を廃してマトリクス組織へと再編し、各人が複数の役割をもつ形へと変えたという。業務を横連携させることで、目的意識を強く持ってもらうことがその意図だ。鈴木氏の言葉を受け、森下氏は「運用側からも、目的やビジョンにコミットする重要性を認識している」と語る。
「広告・検索・ソーシャル・動画などを単発で施策を設計することは可能ですが、全体のコミュニケーションデザインを設計することは私たちにはできません。目的や役割を共有し、ブランドそのものを理解することができれば、それによって、テクノロジー側から提案する施策も、結果に対するコミットも変わってくるでしょう」(森下氏)
運用や目的意識というマーケターの視点と、分析や効果に敏感なテクロジー側の視点が歩み寄ってはじめて、裏付けのあるエコシステムが構築でき、継続性の高いブランディングがかなうのだろう。今後、さらなるデジタルとリアルの融合のもと、ターゲットとの関係性を深めることが重要な戦略となることは間違いない。マリンソフトウェアはそのビジョンを共有し、オンラインプラットフォームとしてテクノロジー側からそれを支えていく。