マーケティングがデジタル一辺倒で本当に良いのか?
冒頭、日本郵便の鈴木氏は、「今やデジタルの時代で、マーケティングも真の意味でデータドリブンになっています」と述べる。特にスマホの登場以来、ユーザー体験がスマホにシフトするようになり、それにともない企業側もユーザーのデータが取りやすくなった。ところがそんな中でも、「マーケティングがデジタルに閉じていて、本当に大丈夫なのか」と立ち返るマーケターも多いという。
鈴木氏はP&GやIMJ Group、コカコーラなどの企業でマーケティングや事業開発を進めてきた人物だ。そんなバックグラウンドを持つ同氏が日本郵便に移ったのは2015年のことだという。
これまで鈴木氏は、今日のデジタルマーケティングやデータドリブンマーケティングの発展を現場で見てきた。たとえばデータドリブンマーケティングといっても以前は手作業でデータを集計していた上に、今とは比べ物にならないほどコンピュータの性能も低かった。もちろん高性能なコンピュータもあったが非常に高価で、一企業が容易に導入できるものではなかったという。
「当時と比べれば、クラウドやスマホの登場でユーザーのデータも取りやすくなり、コストをかけずに高度な分析ができるようになりました。デジタルには、顧客のあらゆるデータを捕捉しやすいというメリットがありますが、その一方、マーケティングがデジタルに閉じていることが正解なのかという疑問もあるのです」(鈴木氏)
メールマーケティングは全体の6%にしか届かない
鈴木氏は、マーケティングがデジタルに閉じることの最大のリスクとして、「生活者はデジタルもアナログも縦横無尽に行き来している」という点を指摘する。
たとえば広告にしても、すべての人がネット広告を閲覧するわけではない。新聞広告やTVCMしか見ないという人もいるだろうし、Webキャンペーンはスルーしても実際に店頭で商品を見たら購入意欲が高まったという人もいるだろう。
デジタルマーケティングは確かに結果が出やすいし、数字を把握することも容易だ。だがテクノロジーの進化にともない、新しいソリューションは次々と登場するのでキャッチアップするだけでも精一杯だし、効果が出るからといってそこだけに投資をしては漏れるターゲットも出てきてしまう。
メールのパーミッションを例に取ると、メール送付の許可をするのは全顧客中の30%と言われている。その30%のうち、実際にメールに目を通すのは20%前後だという。「つまりメールマーケティングを強化したとしても、全顧客のうち6%にしか届かないんです」と鈴木氏は説明する。
加えて、昨今発展しているデジタル広告ブロックの技術や、いき過ぎた広告効果至上主義によってかえって効果減少を招いているなど、デジタル主導による弊害は枚挙にいとまがない。ではどうすれば良いかという問いに対し、鈴木氏が提唱するのがデジタルとアナログの融合だ
若い世代にも有効なDMのパワー
鈴木氏が語るデジタルとアナログの融合施策の有効性には根拠がある。日経BPコンサルティングが2016年3月と9月に実施した「デジタル・アナログ領域のマーケティング施策実態調査」によると、デジタル/アナログのどちらか一方の施策を推進した企業と、デジタルとアナログ融合施策を推進した企業を比べたところ、後者は押し並べてその効果を実感しているという。
特にデジタル・アナログ融合企業において、「アナログ施策の効果が出ている」と答えた企業は68.2%にも上る。だが、実際に融合施策を取っている企業は全体の29.1%、決して多くない。
さて、日本郵便が提供するマーケティング支援策といえば、なんといってもDMだ。鈴木氏自身、日本郵便に移るまで知らなかったそうだが、実はDMのパワーは非常に強力だという。
一般社団法人日本ダイレクトメール協会(JDMA)が実施した調査結果でDMの開封率を見ると、DMは81%もあるという。メール開封率が顧客全体の6%と考えると、DMは確実に「見てもらう」ツールとして機能しているわけだ。
また受取意向率は77%で、メールのパーミッションと比べると2倍以上の開きがある。メールは不要でもDMは欲しいという顧客はかなり多いと言える。行動喚起率も24%、保存率も52%と、顧客に訴える手段としてDMはいまだに大きな効果が期待できるのだ。
「20代男性の場合、開封率は92%、受取意向率は78%、行動喚起率と保存率は52%と、DMの訴求力はとても強いのです」と鈴木氏は説明する。実は20代女性でも、ほぼ同じ率の反応が得られるそうだ。その理由として考えられるのが、アナログの“おもてなし”に感動するデジタルネイティブ世代の感性だ。
今マーケターは、次世代の消費を担う男女20代にどうアプローチするかという課題を抱えている。DMは、その課題解決を担う手段として期待できるという。
マーケティングに長けている企業はDMを有効活用している
「現代のマーケティングの最重要課題は、ターゲティングとエンゲージメントです。これに有効なのが、実はDMなのです。心を動かすという意味では、お手紙というのは非常に強い。今こそ出番なのかなと思っています」(鈴木氏)
実際、マーケティングに長けている企業はDMというアナログ施策をうまく活用している例が多い。たとえばグーグルは、箱形の南京錠がかかったDMカギをGoogle検索で入手するDM to Webなサービス体験型DMを展開し、レスポンス率51%を達成している。セキュリティサービスのトレンドマイクロでは、契約更新の案内をメールとDM併用で送付し、2倍の効果を挙げているそうだ。
「ユニークな取り組みはソフトバンクのDMです。封筒がスマホスピーカーに変身するといった五感に訴えるDMで、通常の1.8倍の機種変更を実現しました」と鈴木氏はいう。
だが、そんなDMにも弱点がある。第一にスピードだ。一瞬で送付できるメールと比べると、文面を印刷して配達するDMはそれだけスピードが遅くなる。またコストに関しても、やはりメールに比べると高くなってしまうのだ。
これを解消するのが「アナログとデジタルの組み合わせ」だ。鈴木氏によると、実は印刷工程はかなり迅速化されており、マーケティングオートメーション(MA)と組み合わせてトリガーが発生したらすぐ印刷できるような体制が整備されつつあるという。コストに関しても、データドリブンマーケティングでターゲティングすることで、かつてのような一斉配送から、ターゲットをしぼった効率的な配信ができる。
このアナログとデジタルの融合を進めるには、現在アナログとデジタルで“分断”されている知見を共有するしかない。そこで日本郵便では、主要なMAツールベンダと連携し、「デジタルとアナログの組み合わせ最適解」を探るプロジェクトを始動している。このプロジェクトに事業会社として参加したのが、クラウド名刺管理サービスのSansanだ。
DMとメールの組み合わせで1.8倍の効果を得たSansan
続いて登場したのが、Sansan マーケティング部 エバンジェリスト 石野氏だ。
この数年で驚異的にユーザー数を伸ばし、現在5,500社のユーザーを抱えるSansanでは、急激な成長にともなう課題も出てきた。その一つがリード管理データベースの重複だ。個別にデータベースを整備してきた結果、サイロ化された状態になっていた。
これを解決するため、同社ではMAツールのMarketoを導入。「誰がどうリードに当たっているかを管理し、プロセスを再構築した結果、受注件数が2倍になりました」と石野氏は説明する。
だが、石野氏自身も手を動かして手応えを感じるうちに、デジタルに閉じている状態に対する限界も感じたという。MAツールの場合、最初はメールアプローチになるが、どうしてもそれでは届かない層が存在するという。また、良かれと思って展示会で名刺交換した人に自動でメールマガジンを送っても、その急激なアプローチにひいてしまう層も一定以上いるそうだ。
こうした層に対し、どうアプローチするべきか。石野氏が悩んでいた時に紹介されたのが日本郵便だった。
「デジタルネイティブの世代からすると、DMは面倒臭いというイメージもありました」と石野氏は説明する。しかし、名刺情報を起点としてMAとDMを組み合わせることで、それを超える効果を見込んで日本郵便とMAツール、そして効果検証の担当として博報堂プロダクツが進めるプロジェクトで実証実験を行ったのが、2016年7月下旬~8月末のことだ。
同社ではDMの実際の効果を測るため、コールドリストをDMのみ・メールのみ・DM+メールという三つのクラスタに分けてテストを実施した。効果検証のために、ユニークURLを発行してDMに印刷し、クリック率を測ったそうだ。結果は、メールよりDMのほうが反応が高く、それよりさらに効果があったのがDMとメールの組み合わせだったという。最も効果が高かったDMとメールの組み合わせは、メールのみのクラスタと比べて1.8倍のクリック率、1.5倍のアクセス率があったという。
「実際にやってみると、圧倒的な受注への貢献効果がありました。最終的なトップラインが上がって受注が伸びた。かけたコストの分以上に効果が出たわけです。その理由は三つあります。
第一に、メールで届かない層へリーチできたこと。第二に、DMは長期的なアクションが望めること。今回のテストでも、発送後3ヵ月を経ても商談につながるケースが多数ありました。第三に、上司から部下へとDMがわたり、さらに社内の他部署へと拡散するシャワー効果があることです。メールではなく、モノを送ることで拡散効果があることが実証されました」(石野氏)
Sansanではこの実証実験で感触をつかんだことで、次回はホットリードに対して同じ試みを実施するアイデアも出ているそうだ。
「デジタル vs. アナログ」から「デジタル&アナログ」へ
石野氏の発表を受けて、鈴木氏は「これまでデジタルとアナログは、『デジタル vs. アナログ』という二項対立で捉えられていました。しかし今日では、二項共存、さらにいえば多項多立が求められる時代です」という。
ただ、共存するといってもテクノロジーの有効活用は必要だ。データドリブンで精緻なターゲティングが可能になったため、よりダイレクトにマーケティングアプローチできるという利点がある。
そして仮に、思うような成果が得られないとしても、「そこから得られる学びは必ずあるはずです。挑戦してみるそれ自体、失敗はありません」と鈴木氏は断言する。
マーケティングの限界を突破する鍵は、実はアナログにあるのかもしれない。