ギブン・コンディションを超えて物事を考える
与えられた状況で最善の結果を出す。それはビジネスパーソンとして当然の姿勢と言えるだろう。しかしマスク氏にしてみれば、それでは生ぬるい。「何を実現したいか」を優先して考える彼にとって、「与えられた状況(ギブン・コンディション)」など邪魔になるだけだ。
本書に、それを如実に物語るエピソードが紹介されている。スペースXのエンジニアのトム・ミューラーは、入社前にマスク氏と会ったとき「どのくらいのエンジンのコストダウンが可能だと思う?」と聞かれた。トムには宇宙船のエンジンの主任開発者を務めた経験があったので、それをもとに「3分の1ぐらいなら」と答えた。ギブン・コンディションからすれば、それでもかなり背伸びをした数字だったそうだ。
するとマスク氏は「10分の1にするんだ!」と言い放った。そのときトムは内心「クレイジーだ」と呟いたそうだ。
結局、その後トムも開発に携わったファルコンロケットは、「ロケットを量産する」という発想のもと、従来よりはるかに低いコストでの開発に成功した。マスク氏が常識や過去のデータに囚われることなく、「何を実現したいか」に集中した結果だ。彼は「抜本的なイノベーションを起こせば、実現できる」と信じていたのだ。
ほとんどのビジネスパーソンは普段の業務で、マスク氏ほどのスケールの発想が必要な場面はめったにないに違いない。しかし、既存サービスを改善し、成長させようとするときのヒントにはなるかもしれない。
たとえば目標設定を「ユーザーを1割増やす」といった現実的なものではなく、「ユーザーをX倍にする」といった、常識外れなものにするのだ。もちろんマスク氏のような目標にコミットする強いリーダーシップは求められるが、そのほうがメンバーが必死になってアイデアをひねり出そうとする可能性がある。
大失敗をあえてオープンにすることで信頼を勝ち取る
表沙汰になれば信用失墜や社会的ダメージが免れないにもかかわらず、粉飾決算やデータ改ざんといった不祥事を隠蔽しようとする組織が後を絶たない。ネットが発達した現代において、それらを隠し通すのは非常に困難だ。
そのことがわかっているであろうマスク氏は、不都合なこともあえてオープンにすることで、逆に多くの人から信頼を得ている。たとえばスペースXのロケット打ち上げ失敗の様子をまとめ、軽快なBGMの動画にしてYouTubeにアップしたりしているのだ。
著者によれば、こうした行動によってマスク氏は、世間の関心を集めるとともに、「スペースXは失敗を恐れない」という強力なメッセージを伝えるのに成功している。つまり、ロケットが何度も大爆発している動画を見ていると、宇宙開発の大変さが直観的に理解できるようになる。すると、知らず知らずのうちにスペースXを応援したくなってしまうのである。
本書には、この他にも常識を破壊するマスク氏のエピソードが満載されている。「人類を火星に移住させる」というほどのスケールでなくとも、常識を打ち破りつつ、共感を得ながら成果を挙げる手法は、きっと大いに参考になるだろう。
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