Amazonが実現するリアル店舗における買物価値とは?
みなさん、こんにちは。突然ではありますが、5月中旬にようやく(!?)シアトルに行ってまいりました。拙著『世界最先端のマーケティング 顧客とつながる企業のチャネルシフト戦略』でも紹介したAmazon GOを初めて体験し、Amazon Booksを再訪した他、米国における様々なオンライン、オフライン企業が展開する「買物体験のデジタル化」を実感してまいりました。
大変示唆の多い視察でありましたが、その中で改めて思うことを紹介しながら、今回も面白い海外論文とともに解説していきたいと思います。
今回の視察出張では、AWS(Amazon Web Service) のメンバーから2日間にわたりAmazon GOはもちろん、Alexaの開発背景、その他AWSが提供する音声、画像認識サービスについて説明を受けることができました。
この2日間でAmazon GOのシステム的理解はさらに深まり、Amazonが目指す新しい買物体験、顧客経験の設計思想、彼らが中長期的にお客様に提供しようとしている買物価値の全貌まで見えたように思います。そこには我々のような「普通の小売業の発想」を超えた、買物体験設計への挑戦が存在しました。
それはAWSのあるスタッフが語った一言に全て詰まっていました。
買物体験は進化、変化する
その一言とは「ネットにおける素晴らしい買物体験を、店舗で実現する」というものでした。みなさんはこの一言をどう受け取るでしょうか?
リアルが強い日本の小売業において、このような発想が生まれてくるでしょうか?
そもそも、みなさんは「ネットにおける買物体験の素晴らしさ」ってなんだと思います? 一人の消費者としては当たり前になりつつあるネットにおける買物体験。でもその素晴らしさや価値を改めて考えてみたことはあまりないのではないでしょうか。
リアルを中心に小売業を展開する企業には、このように考えている人も多いと思います。「未だに消費の多くはリアルで行われている」、「伸びているとはいえ、ネットにおける買物体験は1割しかない」、「買物体験の楽しさは当然リアルにある。ネットになんかあるわけない。そうに決まっている」。
しかし、拙著の中でも警鐘は鳴らしているつもりですが、「オンラインの市場は1割に過ぎないが急伸している」と捉えるか、「オンラインの市場は急伸しているが1割に過ぎない」と捉えるかで、危機感はだいぶ違います。
また、オフラインからオンラインへと、顧客の買い物行動が徐々に「移行」するのではなく、両者が「融合」へと進んでいることに気づいている人も少ないのが現状です。
自分の買物行動はオンラインに侵食されつつあるのに、なぜか仕事でその現実から目をそらしている。そんな矛盾を抱えている実務家はたくさんいます。「私には関係ない(仕事では)」という感覚でしょうか。
一方のAmazonは既に新しい買物体験設計において「ネットでの買物体験をリアルにおいて実現する」ことにリソースを投入し始めています。店舗における買物価値、買物の楽しみにデジタルエッセンスを加えて「ネットにおける素晴らしい買物体験をリアルで」実現するべく、Amazon GOやAmazon Booksを展開しているのです。
ということで今回は、ネットにおける買物の快楽性について研究している論文から、お客様の買物行動の変化、ネットにおける買物体験には何があるのかについて解説していきたいと思います。
ネットとリアルの買物体験の差とは何か?
今回はイタリアボローニャ大学のDaniele Scarpi先生によるインターネットショッピングにおける買物価値研究を紹介します。この先生はファッション業界やショッピングモールを中心にリアル店舗における買物価値、快楽性の研究を多く手がけています。
第5回の連載「なぜ、オムニチャネルの前に、買物価値なのか 『買物の快楽性』を問い続けよう」でも解説しましたが、私のビジネススクール時代の修士論文のテーマは「ファストファッション業界の店舗における買物価値研究」でしたので、Scarpi先生の論文は10年ほど前から目を通してきました。そんなリアル重視(!?)の先生も2010年以降はネットにおける買物価値研究もされているようです。
また、これも第5回の連載でも説明していますが、買物価値は「快楽的な買物価値」と「合理的な買物価値」の2要素で構成されています(最近は3つを提唱している論文もあります。詳しくは第5回をご参照ください)。
まず、「快楽的な買物価値」です。買物を通じた楽しみを追求するということです。そして、もう一つは最短、最速で、必要なものがちゃんと買えることが良いという「合理的な買物価値」で、学術的には「功利的な買物価値」ということもあります。
この二つの買物価値がネットでの買物においてはどう機能するのかを、五つの「買物における重要な視点」で分析していきます。その五つとは、Price Consciousness(価格感度)、Frequency of purchase(購買頻度)、Purchase Amount(購買金額)、Intention to re-patronize the Web site(ネットストアの再利用意向)、Expertize with Internet(ネットリテラシーの高さ)になります。
Scarpi先生はイタリアのオンライン家電モールにおける買物データを活用して図1のモデルの検証を行なっています。
Scarpi先生はネットにおける買物価値に関する仮説をいくつか構築し、我々実務家にも大変示唆のある結果を導き出してくれています。ここからはそれら一つ一つについて解説していきます。