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インバウンド時代を生き抜くために、日本の「おもてなし」はどう変わるか

 観光業のみならず、顧客とのコミュニケーションが必要な業種において「おもてなし」の心得は不可欠です。翔泳社ではパターン・ランゲージの第一人者である井庭崇氏と、施設プロデュースを手がけるUDSの中川敬文氏による『おもてなしデザイン・パターン』を発売。本書から、グランドハイアット東京のコンシェルジュである阿部佳氏と、やまとごころの村山慶輔氏を加えたトークセッションを紹介します。

本記事は『おもてなしデザイン・パターン インバウンド時代を生き抜くための「創造的おもてなし」の心得28』からの抜粋です。掲載に当たり、一部を編集しています。

 これからの時代を生き抜くために、「おもてなし」はどうあるべきか? 「相手の気持で考える」「チームで連携する」「自分ごととして行動する」…突き詰めた結果、見えてきたのは、おもてなしとビジネスとの共通項でした。

基本は「相手の気持ちで考える」こと

中川:私たちUDSは、「事業企画」「建築設計」「店舗運営」を通してまちづくりのお手伝いをしている会社です。住民が集まり、自由設計で住まいづくりをする「コーポラティブハウス」をはじまりとして、「CLASKA(*1)」や「キッザニア東京(*2)」などを手がけてきました。最近では「MUJI HOTEL BEIJING(*3)」も手がけさせていただき、国内外で7つのホテル、ホステルを、企画から設計、運営まで一気通貫して行っています(*4)。地方自治体からご相談をいただくことも多く、場づくりを通したまちの活性化をお手伝いしています。

中川敬文氏:UDS 代表取締役 社長
中川敬文氏:UDS 代表取締役 社長

 私自身も様々な地域に出向き、課題や困りごとを聞かせていただくのですが、まちづくりに関わると、必ず人口減少の問題につきあたります。定住人口一人あたりの年間消費額は124万円と言われていますが、それに対して外国人旅行客一人あたりの年間消費額は13万7千円です(図1)。

 高齢化の加速が止まらないなかで、日本人一人がいなくなる分の経済活動を補うためには、10人近い外国人旅行客を連れてこなければならないという計算になります。このことからも、これまでの経済を持続させるためには、多くの外国人を受け入れていく必要があることは自明です。日々の経営をするなかで、これからの日本の主要産業は観光業になっていくだろうと感じています。

図1 国土交通省官公庁「観光交流人口増大の経済効果」(2013年)をもとに作成
図1 国土交通省官公庁「観光交流人口増大の経済効果」(2013年)をもとに作成
*1 CLASKA(2003)築34年のホテルをリノベーションし、「どう暮らすか」という問いに対する多様な答えを組み合わせたデザインホテル。
*2 キッザニア東京(2006)子どもたちが楽しみながら社会のしくみを学ぶことができる日本初のエデュテインメントタウン。
*3 MUJI HOTEL BEIJING(2018)良品計画提供の無印良品のコンセプトのもと、UDS及び誉都思が企画、内装設計、運営及び経営を手がけるホテル。
*4 2018年12月現在

 ただ、現状では、外国人旅行客が地方を訪れているかというと、まだまだです。仮に訪れたとしても、よいホテルや接客がなければ、リピートにはつながっていきません。情報発信も、受け入れ体制も、どちらの整備もまだまだというのが、実務のなかで日々感じている危機感です。

 観光業の話題と必ずセットで出てくるのが「おもてなし」に関する話です。日本のおもてなしは素晴らしい、おもてなしを世界へ!という言説ですね。私自身、そのことを否定するつもりはありませんし、日本人の心の現れや伝統としてのおもてなしは素晴らしいと思います。しかし、特に今の20代~30代の若い世代の人たちにとっては、おもてなしと聞くと、ついつい日本に古くからある伝統のように感じて身構えてしまうところがあるのではと思っています。外国人にとって、日本のおもてなしが本当に心地よいのか、という議論もあります。従来のおもてなしにとらわれず、もっとフランクに、自然体で日本の良さを発信していけたらよいのではないかと思っているところです。

 また、観光業に直接かかわらないような業種でも、特に若いビジネスマンにとっては、今後ますます、国境を越えたグローバルな舞台が当たり前になっていきます。多様なバックグラウンドや価値観を持つ人たちと協働するときに、日本のよいサービスや所作、相手への思いやりは必要であり強みになっていくはずです。そのときもやはり、日本人としての気質に固執しすぎたり、それを言い訳にしたりしてはいけないと思っています。おもてなしの心は大切にしつつ、新しいひと・ことと出会う度に柔軟に対応していくことのできるしなやかさも重要になるだろうというのが、最近考えていることです。

 今回は、阿部さんと村山さんから、これからの日本を生きる私たちは、外国人観光客にどのように接していけばよいのか、あるいは、ビジネスマンがグローバルに展開していく上で、どういう心持ちであるべきか、そのあたりのお話を伺いたいと思っています。阿部さんは、世界の一流コンシェルジュの組織「レ・クレドール」に名を連ねる、日本のコンシェルジュ界を代表される方です。その一方で最近では、実際に地方に行かれて、その地域に人を迎え入れるためのご指導もされています。

 村山さんは、10年以上前から「インバウンド」に注目して事業を興された、インバウンドビジネスの第一人者でおられます。現在も最前線で、インバウンド施策で様々な企業や自治体のお手伝いをされています。お二人からは、日々の実践のなかで感じられている「インバウンド」や「おもてなし」、あるいは「観光業」に関するお話を伺えたらと思っています。

 そして、共著の井庭先生にもトークセッションに加わっていただいています。先生とは、『プロジェクト・デザイン・パターン』でもご一緒いただき、UDS創業者の梶原の企画のコツをパターン・ランゲージのかたちで言語化していただきました。

 今回の書籍では、UDSや私が考えている「日本のおもてなしのこれから」について、多くの人に有効な知恵となるように言語化してまとめていただいています。早速ですが、まず阿部さんにお伺いしたいと思います。地域に人を迎え入れるという文脈で、日本のインバウンドやおもてなしに対してどのようにお考えですか?

阿部:私は、観光を活性化するとか、地域を活性化するということは、地域そのものから起こっていくべきことだと考えています。自分たちの地域の外側から、誰かが持ってきてくれるのを待つものではないということです。

 そうではなくて、内側から「こんなよいものがあるんですよ。ぜひ見てほしいから、味わってほしいから、感じてほしいから、来てくださいね」ということが起きていかないと、長続きしません。ホスピタリティも、そういう内側から湧き出るような“想い”からくるものであり、「何を、どんなふうに表現したら相手が喜ぶ」という決まりややり方があるものでは決してないのです。

阿部佳氏:グランドハイアット東京 コンシェルジュ
阿部佳氏:グランドハイアット東京 コンシェルジュ

 今、日本では、「ホスピタリティ(おもてなし)とはこういうものである」ということが明確にならないまま、言葉だけが独り歩きしてしまっています。ホスピタリティとは、あるいは、おもてなしとは何なのか、という一番根っこの心の持ち方を伝えられていないままで、「おもてなし、やりましょう!」「観光で外から人がきますよ」と謳っている状況です。

 それだと、地域にとっては、言葉も通じず習慣も違う人がやってきて無理な注文を出したり、ローカル・ルールを知らない人たちが混乱を引き起こしたりと、怖いことばかりが起こります。ものごとを決める立場の人が、なんとなく便利でそれらしい「おもてなし」という言葉のイメージを利用して、表面だけを整えている傾向があると思うのです。

「観光で地域を活性化」と聞くと、いまの時流に合っていて面白そうとか、ビジネスとして成功しやすい領域だとか、そういう次元で考える人が多いように思います。しかし実際は、楽しそうとか成功しそうとか、そういう次元の話ではありません。それをやらないと、日本が立ち行かなくなるのです。このままでは生きていけないという、ある意味での適正な危機感……そういう危機感が多くの人に伝わっていない現状に問題を感じます。

 また、いかに日本が観光に向いている国であるか、ということも多くの人にきちんと認識されていません。どの地域だって自慢できるものを持っているのにもかかわらず、です。山も海も川もあり、豊かな四季があり、食材も豊富。火山があるために多様性があって、独自の歴史や文化があります。見ようと思えば流氷もサンゴ礁も一日で見られるコンパクトな国で、交通の利便性も抜群です。

 そういう自己評価をきちんとして、観光立国として整備していく動きがもっとあってよいはずです。そして、冒頭で申し上げたように、「観光や地域活性は、外から持ち込まれるのを待つものではなく、地域の中からはじまること」であるというのも伝わっていません。適正な危機感と日本の強み、そして自分ごと化の重要性。これらのことを、広く一般の人たちに伝えたいという思いで、日々活動しています。

 先ほどから観光の話をしていますが、私にとって「観光」とは、今あるものを、どう説明づけて、ストーリーをつなげて、どんなネットワークのなかで見せるのか、ということです。つくり込みをしすぎてうまくいく試しは、まずありません。大切なのは外から持ってきたもので新しくつくることではなく、今あるものをどんなふうに伝えるのかということにほかなりません。

 そしてそのときに一番大事なことは、相手の気持ちになって考える、ということです。自分が今しようとしていることの先にいる相手は、それに対してどう思うか?どう感じるか?ということは常に考える必要があります。今は現実に、独りよがりなことが起きています。田んぼの真ん中に英語の看板が立っているのを、海外からわざわざ来た人たちは見たいと思いますか?「相手の目で見る・相手の気持で考える」という考え方に、日本中をひっくり返さないといけないと思っています。あなたがやっていることは、誰のためですか?ということに尽きます。

村山:阿部さんにとても共感します。私自身は、インバウンドの専門家として、各地域の戦略立案から商品造成、各種プロモーションを支援したり、外国人観光客へのおもてなしの現場を見たりしていますが、そのなかで最も重要だと思うのは、「誰をお客さんにするか」ということと、その上で「相手を知る」ということです。

「誰をお客さんにするか」ということに関しては、多言語対応の事例がわかりやすいと思います。外国人観光客を地域に呼び込む際に、多言語対応は大切です。しかし、10言語、11言語……と言語数をやみくもに増やしていくことは、やりすぎだという見方もあります。ウェブサイトやスマートフォンなら言語が増えても切り替えるだけなので見せ方的な問題はありませんが、街の看板や標識などの場合、見栄えも悪くなります。さらに、パンフレットの場合も、コストがかさんでしまいます。

 また、一度言語を増やしてしまうと削ることが難しい、という問題点もあります。例えば、インドネシア語の対応をしていたとして、あとから何らかの事情によりそれを外してしまった場合、「インドネシアの方はもう来ないでくださいということですか?」と取られてしまうリスクがあります。

 このように、戦略のない地域や施設は、お客さんを全方位で受け入れようとしがちですが、「全方位で誰でも受け入れる」ことがおもてなし、というのは違うと思っています。全方位ではなかなか個別のお客さんを満足させることができないし、地域などの受け入れ側としてもハッピーではないケースが多いです。その地域、その施設で、誰をお客さんにするか定めることが大切です。

 その上で、「相手を知る」ということですが、これについては、その地域や施設が「この国の人をお客さんにしよう」と決めたら、今度はその国にはどういうニーズがあって、どういう媒体で情報収集をしているのか、どういう宗教の人なのか……など幅広く、かつ、深く考えていくことが大切になります。

 例えば、実際にあった話ですが、ある中国人のお客様が、一泊二食付きで一人5万円程度する旅館に宿泊されたことがあります。その旅館では、朝食は7時からのみでそれ以外の時間には提供できない、おかゆが欲しくても出せないなど柔軟さに欠けるところがあり、中国人のお客様は不満を口にしていました。旅館ならではの決まりごとや、融通の効かない部分があったりするんですよね。安い旅館であればそこまで気にしないかもしれませんが、一泊5万円となると期待値は高くなりますし、個別リクエストに対しての柔軟な対応を求めたくなるのが通常です。

 これまでのように、日本人だけを相手にビジネスをするのであればよいかもしれません。しかし、今後世界からの観光客も相手にビジネスの守備範囲を広げていくのであれば、「相手を知る」ところからはじめ、多少合わせていくことも必要になってくると思います。

 ちなみに外国人の方は、日本人に比べて個別リクエストが多い傾向にあります。パーソナライズ欲求・カスタマイズ欲求が強いということですね。ダメもとで交渉してくる人も多いですし、我々日本人の想像の範疇を超える要求も多々あります。

 私は学生時代、アメリカに4年ほど住んでいて、そのときに、顧客の99%がアメリカ人の寿司レストランでアルバイトをしていました。そのときも様々なカスタマイズ要求をお客さんからいただき、例えば、巻き寿司ひとつとっても、「しゃりはいらないから海苔と具だけで欲しい」とか「海苔の見た目はいやだから、しゃりを外巻きにして欲しい」とか、寿司の固定概念がある日本人からしたら全く意味のわからないものもありました。

 ただこういう発想だから、カリフォルニアロールのような、新たなものが生まれてくるんですよね。こんなふうに、外国人にとっては、パーソナライズ欲求・カスタマイズ欲求に対応してもらえてこそ、素敵なサービスなのです。さらに言えば、そうであってこそ高いお金を払ってもよいサービスになります。

 グローバルにやっていく上では、地域の思いも踏まえて、まず誰をお客さんにするかを考える。そのうえで相手を知り、戦略・方針を決めていきます。食事制限のようにボトルネックになりうるものは対応し、逆に施設のコンセプトなど「ここは譲らない」というところは守っていく。その線引きのバランス感覚が大切になってくるのではないでしょうか。

井庭:ひとえに「インバウンド」と言っても実に多様ですものね。日本では「外国人」ということで、欧米の人もアジアの人も、一括りにしてしまいがちです。言語対応がされていれば、一方でウェルカム感は感じられるかもしれないですが、実際に各店舗がすべての言語に対応できるかと言えば、必ずしもそうではないですし。言葉の問題だけでなく、文化的なところまで理解していないと、本当のウェルカムにはなりませんよね。

中川:世界のなかで見たときに、日本のおもてなしが独りよがりになってしまっているのでは、と感じたことがあります。そのきっかけは、ヨーロッパからアジアまで、6カ国の人たちを集めて日本の観光に対する意見をヒアリングしたときのことです(図2)。

「日本のおもてなしはどうですか?」と彼らに聞いたところ、フランスやスペインの人からは、ネガティブとまではいかないまでも「知識と情報は素晴らしいので役には立つが、ウェルカム感が感じられない」という意見が挙がったのです。情報は手に入るものの、出迎えられたという感じがしない、ということでした。スペインでは、何よりもまず「よく来てくれた」とハグをするというのです。

 観光というと、どうしても表面的な情報整備に走りがちですが、来た人がどう感じるかと考えることはとても大事だと思った出来事でした。先ほどの阿部さんの「誰のために」という話に通じるところがあると思います。

図2 某観光案内所の改修に向けたアイデアを募った外国人ワークショップの様子
図2 某観光案内所の改修に向けたアイデアを募った外国人ワークショップの様子

相手の求める情報の伝え方ができているか

中川:「相手の気持ちで考える」というのは、多くの人が幼い頃からずっと周りから言われていることのはずですし、「自分はできている」と思っている人も多いと思います。ですが、本来は誰にでもできるはずのことが、できていないという現状があるのも事実です。「相手の気持ちで考える」ということをできなくしているのは、一体何なのでしょうか?

阿部:ひとつは単純で、ほとんどの場合「相手」は知らない人、つまり「他人」だからではないでしょうか。サービスや観光を生業にしていない普通の人は、自分とは関係のない他人に対して親切にする必要は必ずしもないですよね。

 でも、こと観光に関しては、初めていらした方や、初めてお会いした方を含め、「よく知らない相手」に楽しんでいただく、という仕事ですから、そこには他人という存在が不可欠で、その人たちがいてくださらないとビジネスとして成立させることができません。当たり前のことですが、そういうことが認識されていないために、サービス業や観光業に携わる人の多くが「相手の気持ちで考える」ことを実践できていないのではないでしょうか。

 それともうひとつ、日本では、「慮ること」とか「以心伝心」、あるいは「察すること」、そういうことは「よいこと」だと認識されていますが、それを表現するとき、「控えめ」で「慎ましい」のが美しいということも、私たち日本人には刷り込まれています。その刷り込まれた価値観によって、日本人は表現の仕方がはっきりしない、わかりにくい傾向にあると思うのです。いつでも控えめになってしまうと伝わりにくいこともありますよね。多くの人が思い当たると思います。

 でも、世の中が急速にグローバル化するなかで、私たちが接する相手は日本人だけではなくなりました。どうすれば伝わるか、という部分は、目の前の相手によって変えていかなければいけない時代になったのです。つまり、表現の仕方をそれぞれの相手に伝わりやすいように使い分けられるようにならないといけないのですね。

 別の言い方をすれば、相手にとっての“親切”は、相手によって違う時代になってきているということです。そのことを理解しないまま、やり方・伝え方を変えない状況がいまの日本です。それでは、相手の気持ちにはいつまでもなれません。

 最近、あるアメリカ人女性から「同僚から突然ランチに誘われて、気味が悪い」と言われたことがありました。よくよく話を聞くと、彼女は先日その同僚の翻訳を手伝ってあげたのだそうです。「その翻訳のお礼だと思う」と伝えるも、「それなら『昨日はありがとう、お礼に僕がランチをおごるよ』と言ってくれないとわからない!」とのこと。

 わざわざ口にせず、さらっと、粋にご馳走したい、そこは察してくれるよね……という感覚は、日本人同士でしたらわかるかもしれませんが、彼女は「気味が悪い」と感じた。それくらい、異なる文化やバックグラウンドを持つがために、人によって伝わり方は異なるということです。

 地域についても同じことが言えます。誰にどう感じてほしいのか、そのためにどう伝えるかについて、きちんと考え行動することが必要です。誰かが旗を振らないと、強いリーダーがいないと、変わっていかないことなのかもしれません。

 その意味で、先ほどは「地域活性は地域の中から」と言いましたが、一方で「よそ者」の目が必要であることも事実です。他者の知恵がないと、自分たちだけでは考えきれないかもしれないし、ユニーク性があっても気づけないかもしれません。他者も交えながら、自分たちのユニークネスを整理することが必要になってくると思います。

村山:発信する内容の面白さ・ユニークさと同じくらいに、それを伝わるように相手の気持ちで考え、工夫して発信する努力も重要ですよね。全く知らないもの、あるいは興味がないものは、どんなに歴史的価値があって素晴らしいものでも「ふ~ん」で終わってしまいます。このような非常にもったいない事態を、相手目線で伝わる情報として事前に提供することによって変えていけると考えていて、個人的に「ツーリズム・ラーニング」と呼んでいます。

 例えば、中国人の方に「山口県」と言っても、知らない人が大半です。仮に知っていたとしても、他のエリアとの違いまではわかっていない。ただ、「長州」と言うと、幕末から明治維新の歴史のなかで知っていたり、強い興味を持っていたりする人も多々いて、全く反応が変わってくるんです。このことをきちんとわかっていて、中国人に伝わるように「長州」というかたちにして情報を発信していたら、山口県に対して、より興味を持ってもらえるようになるはずなのです。

村山慶輔氏:やまとごころ 代表取締役
村山慶輔氏:やまとごころ 代表取締役

中川:表現の仕方についての話が出ましたが、慎ましく・控えめであることをよしとする文化が日本には確かにあって、「そうじゃなくてもよいんだ、自分の個性を出してよいんだ」という風土は、組織づくりの側から働きかけ、つくっていく必要があると思っています。

 川崎のホステルの元支配人は、20代の女性なのですが、初対面の人に対して「ゆるく接する」ことをしていると言っていました。例えば、北海道から訪れたお客様に「鼻水って本当に凍るんですか!?」と話しかけてみる。あまりにくだらなくて、肩の力がふっと抜けちゃいますよね。そうやって、相手をよい意味で「くずす」ことをしていくことで、親しみやすさを感じてもらい、リピートを獲得しています。会社としてそのようにすべきだとは、一度も言っていません。彼女自身が、「ゆるい接し方があってもよいんじゃないか?」と考え、行動した結果です。

 彼女は前職のシティホテル時代を振り返って、フロントに入っているときは、たとえ目の前で子どもが転んで泣いていても、駆け寄って助けてあげることができなかった、と言います。少々極端ではありますが、「ただひたすらチェックインをさばくことしか考えていなかった」そうです。今は、目の前のゲストに対して、こうしたら喜ぶかな?こうしてあげたらどうだろう?と考え行動できることにやりがいを感じています。

「人の気持ちって、こうやって動くんだ」と実感できることは、つぎにまた「相手の気持で考える」ことの原動力になる気がしますね。「こう表現したら相手が喜ぶはず」と考えて行動する、それが実現できる土台として、会社がつくる風土が重要ということでしょうか(図3)。

図3 日々の接客風景(ON THE MARKSにて)
図3 日々の接客風景(ON THE MARKSにて)

自分の外側で起きていることを知る

村山:なぜ相手の気持ちで考えることができないのかと考えたとき、海外経験・異文化経験が少ないからというのも、やはり一つの原因だと思います。講演などで、年間50回以上は地方に足を運んでいるのですが、そのなかで、参加者の方々に海外経験について聞くこともよくあるんです。結果、プライベートはもちろん、仕事でも海外へ行ったことがない人、あるいは数回だけの人というのが多いです。

 私は、インバウンド対応を考える方たちに対して、「自分が海外旅行へ行った時に受けたサービスや対応で、よかったこと、悪かったことを整理して、よかったことを日本に来る外国人観光客にもしてください」とお伝えすることがよくあるのですが、海外に行ったことがないと、その気持ちもなかなかわからないなと感じています。海外経験や異文化経験がないと、相手の気持ちで考えようと思ってもギャップが大きすぎてしまいます。言葉や宗教、生活習慣なども大きく異なるので、なかなか想像力が働かないんですよね。

 改めて周囲を見渡してみると、子どもの頃や若い頃から海外・異文化体験をした方が、特にインバウンド分野で活躍している方にはとても多いと感じます。今後、長い目で見ると、若い世代への異文化教育が日本のインバウンドの発展の鍵を握るのではないかと思えてなりません。

阿部:島国だからなのか、日本では常識の幅が狭いというのもあると思います。違うものがあるということや、人によって異なる常識があるということ自体、感じていない人が多いのではないでしょうか。そしてまた、世界から見たとき、私たちがいかに“異文化”であるか、ということにも気づいていないと思うのです。

井庭:海外に出て、日本や自分のことを知るということは、確実にありますね。僕自身の経験でも、他の国に住んでみて初めてわかったことはたくさんあります。短期間でも住んで生活してみる、というのは、違う次元の気づきが得られるものです。自分のこれまで馴染んできたものとは異なる世界を体験することで、その国・地域の文化・感覚を知るとともに、日本人としての自分や、日本という国・文化のこともよく理解できるようになります。

 これまで「当たり前」だと思って来たことが、日本の外では必ずしも当たり前ではなく、それは特殊な一つのケースだったのだ、ということを痛感します。そういうわけで、そんなふうに住んでみるのでもよいですし、旅行・出張でもよいですし、何はともあれ、海外に出てみるというのは、とても大切なことだと思います。

井庭崇氏:慶應義塾大学 教授
井庭崇氏:慶應義塾大学 教授

 でも、実際には、様々な理由で海外に行けない人もいるでしょう。そういう場合には、これまでの人生のなかでの「他者」との経験が大切になります。海外でなくても、日本の違う地域・町に住むとか、来訪者との触れ合いなど出会った人との視点や感覚の違いを感じて、思いを馳せる想像力を育んでいくことができるでしょう。

村山:そうですね。多様性を受容し、そのなかでどこまで経験できるかが鍵のような気がします。よい面、悪い面を知って、いかにバランスを取れるかどうか。

中川:私自身は英語も話せませんし、それこそ海外経験もありません。それでもなぜこの本をつくっているか、本をつくってまで届けたいことは何なのか……それは「このままでは生きていけない」という危機感を感じるからにほかなりません。このままでは経営は立ち行かなくなると肌で感じます。それは自分の会社はもちろんそうですし、日本全体についても同じことを思っています。

 とある高校でキャリアに関する授業を担当したとき、20名の高校生に対して「インバウンドという言葉を知っているか」と聞いたことがあります。なんと、知っていると答えたのはたった2名でした。そしてその2名が「インバウンド」という言葉に抱くイメージは「爆買い」。多くの高校生はまだビジネスの現場もリアルも知りませんから、当然といえば当然なのですが、私自身が日々の経営のなかで感じている現実とのギャップがものすごく大きいのです。

 そこで今度は、高校生たちに、日本の主要産業に関するデータを見せます(図4)。「自動車」「半導体」「鉄鋼」「自動車部品」「インバウンド消費」の上位5つのうち、インバウンド消費以外は今後低迷していくことがほぼ確実です。「自動車も、半導体も、鉄鋼業も、今後は厳しい。そうなると残るはインバウンド消費のみ。インバウンド消費、すなわち観光業は、これからの日本の主力産業になるんじゃないの?」と伝えるも、いまいちピンときていないような反応です。10年、15年後には自分たちが必ず乗り越えていかなければならない課題であるにもかかわらず、です。

図4 財務省「貿易統計」観光庁「訪日外国人消費動向調査」より作成
図4 財務省「貿易統計」観光庁「訪日外国人消費動向調査」より作成

 このような認識は学生に限ったことではなく、大人にさえ「インバウンドは自分には関係ない」と思っている人が多いように感じます。危機感教育という言い方が正しいかはわかりませんが、学校の授業など、小さな頃からもっと現実・事実を見せていくことをしたほうがよいのではと思っています。

阿部:危機感については、私も機会があるごとに話すようにしています。日本はこれからどんな産業で生きていくんだろう?日本にある資源のなかで、これから売れるものってなんだろう?と。たいてい多くの人はみんな初耳顔でぽかんとしています。ただ、話す順序は重要だと思っていて、危機感からはじまるよりも、地域活性や観光の活性ということに興味を持ってくれた人たちに対して、「あなたが選んだこれって、実はすごく重要で……」と話すように気をつけています。

井庭:危機感を煽ると、人は硬直して固まってしまうんですよね。あるいは、そのことについて考えなくなったり、思考停止してしまったりします。僕は、学生時代、環境・エネルギー問題に取り組むグループで活動していたのですが、そのとき痛感しました。危機感だけを伝えても人は動けないのです。

 しかしながら、希望につながる方法・道具がセットになっていれば、話は違ってきます。思考停止に陥らずに、考え出し、動き出すことができるようになります。だからこそ、本書の「おもてなしデザイン・パターン」のような未来への希望につながる道具立てが重要になるのです。危機感を伝えるとともに、そこから自分たちで改善していくためのきっかけとなる方法・道具も一緒に手渡すわけです。

 そういう希望の方法・道具だけがあっても、人は動きません。それをわざわざやろうという根本的な動機がないからです。そこで、現状についての認識をしっかり持ち、生き抜くためには、何かを変え、自分たちも変わっていかないといけないんだ、ということを実感することはが不可欠です。変わらなければという危機感と、希望の方法・道具は、いつもセットでなければならないのです。

中川:どう危機感に気づかせるか、というのは難しいところですね。現在、ある地方都市で商店街活性化の仕事をしているのですが、一番難しいと感じるのは、そこそこ豊かで、現状では特に困っていない人がいることです。彼らに商店街活性化の必要性をわかってもらったり、将来を見据えるとインバウンド施策が不可欠と理解してもらうことのハードルはかなり高いと感じています。

阿部:危機感がない人っていますよね。特に、経済的に豊かな地域に多いですね。「困っているから来てほしい」と言われてその地域に行ってみると、本人たちは「まぁ、そこそこ人は来るだろう」と内心実は思っていて、本気で困っていなかったという地域も多いです。そこは変えていかないといけないところですね。

中川:危機感を正しく持てる人、意識が高い人は永遠に一握りになってしまいますよね。

村山:「5年・10年先の将来を考えたら、今のままでは食べていけない」という危機感を持ち、打ち手を打っている経営者は、残念ながら一握りです。目先のビジネスにつながることしかやっていない経営者の方が多いと感じています。

 私自身は2007年からインバウンドビジネスに関わっていますが、そういう危機感を持てていない人たちの背中を押すためには、直接危機感を伝えるよりも、ライバルの成功を見せる方が効果的だと思っています。先日、とあるキャンピングカー会社からインバウンド対策についての問い合わせがありました。平日の稼働が少ないなど経営的な課題を認識されていたというのもありますが、問い合わせの決め手は、近くの同業者がインバウンド需要で潤っているから、ということでした。彼らにできているなら、自分もやりたい、何かできないか、と。

 もしかしたら根底では危機感にも通じる部分はあるかもしれませんが、ライバルの成功は経営者にとって面白くないものです。ちなみにここで重要なのは、等身大の事例であるということです。自分とは全く規模感が違う地域や会社の成功事例をどれだけ聞いてもなかなか響きません。そうではなくて、等身大の事例、「自分にもできそう」というレベル感の事例こそが、背中を押してくれるのではないでしょうか。

続きは本書で

 本書『おもてなしデザイン・パターン』ではトークセッションのあと、「創造的おもてなし」を実践するための28個のパターン(フレームワーク)を解説。顧客とよい関係を作りたい、地域や分野の魅力を引き出したいなど、観光業以外の方でも役立つノウハウが紹介されています。

おもてなしデザイン・パターン

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おもてなしデザイン・パターン
インバウンド時代を生き抜くための「創造的おもてなし」の心得28

著者:井庭崇、中川敬文
発売日:2019年2月28日(木)
価格:2,160円(税込)

本書について

インバウンドビジネスや接客業に効く「おもてなしの極意」を「パターン・ランゲージ」の第一人者、慶応大学の井庭崇教授とホテルや飲食店、施設のプロデュースのプロ集団であるUDS社の中川敬文が解説。

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【AD】本記事の内容は記事掲載開始時点のものです 企画・制作 株式会社翔泳社

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MarkeZine(マーケジン)
2019/02/28 07:00 https://markezine.jp/article/detail/30159