記憶を刺激し体験空間を生み出す、無視できない香りの効果
視覚以外の感覚に訴えかけるほうが効果的なプロダクトやサービスもある。たとえば、食品・飲料品であれば味覚や嗅覚、防寒グッズであれば触覚などだ。体験とは視覚だけでなく五感によって形成されるもの。これらの感覚に刺激を与えることで、楽しいまたは気づきのある体験を生み出すことが可能となる。
米カリフォルニアのアロマ・マーケティング会社ScentAndreaが実施した実験3は、香りをうまく活用することで売上を高められる可能性を示している。
この実験では、ガソリンスタンドの給油ポンプ上部に取り付けられたマシンがコーヒーの映像を流すと同時にコーヒーの香りを噴射、映像を視聴し香りを嗅いだ客がどのような行動を取るのかが調査された。ネバダ、オハイオ、カリフォルニア、フロリダのガソリンスタンドで6ヵ月間に渡って実施。結果はガソリンスタンド・ショップ内でのコーヒーの売上が300%も増加したという。この実験は、香りを噴射せず映像だけでも実施されたが、映像だけの場合、売上は75〜80%増にとどまり、香りの効果の高さを示すものとなった。
ナイキが実施した実験も興味深い結果を示している。この実験では、花の香りがする部屋と香りのない部屋、2つの部屋どちらで客はスニーカーを購入しやすくなるのかが調査された。結果、花の香りの部屋にいた客は香りのない部屋にいた客に比べ、購入する確率が80%高まったという。
香りの効果を実証する様々な実験が公になるなか、香りを売上につなげたいと考える企業は増えている。そんな企業を支援するアロマ・マーケティングサービスが登場し、リテールだけでなく病院やホテルなどで導入されている。
米国発のScentAirはアロマ・マーケティング分野のパイオニア的存在だ。1990年代初め、ロッキード・マーティン社のロケットサイエンティストであったデビッド・マーティン氏がウォルト・ディズニーのイマジニア(イマジネーションとエンジニアを組み合わせた造語)に転身し、ディズニーランド内のアトラクションにどのような香りが合うのか、その研究を開始。その研究は成功し、他のアミューズメントパークでも導入されていったという。
現在、米国、英国、フランス、オランダ、中国、香港、オーストラリアなど世界119ヵ国でサービスを展開。リテールショップ、フィットネスジム、カジノ、自動車ディーラー、スパ、医療機関などで同社サービスが導入されている。日本でも展開しており、旅館や介護施設などで香りの活用が進んでいるという。
音による体験プロデュースと購買促進
音も体験を生み出し、購買行動を変える重要な要素だ。
英国サリーに拠点を置くサウンド・マーケティング会社The Sound Agencyが英グラスゴー空港で実施した実験では、空港内に鳥のさえずりやせせらぎなどリラックス効果のある音を流した場合、免税店での売上が10%増加したという。空港は税関検査や出国チェックなどで並ぶことが多くストレスがたまりやすい空間だが、リラクゼーション効果がある音を流すことで、別の体験空間を作り出し、旅客の購買行動を変えたと考えられる。
米国では体験空間プロデュース会社Mood MediaがPandora JewelryやIKEAなどリテールショップのサウンドプロデュースを手がけ、ブランドと顧客体験をつなげる支援を行っている。多くの店舗を持つブランドは、しばしば店舗ごとに異なる音楽を流しており、それによってブランドの一貫性が崩れてしまっている場合があるという。またブランドにそぐわない音楽を流していることも多いようだ。
ダウンジャケットを買う気にさせるマイナス25度の極寒ルーム
香りや音だけでなく、自然環境を店舗内に再現しイマーシブな体験を生み出し、購買を促そうとする取り組みも増えている。
たとえば、カナダの防寒アパレルメーカーCanada Gooseは2018年9月米ニュージャージー州でオープンした店舗に「極寒ルーム」を併設。この極寒ルームの温度はマイナス25度、ダウンジャケットの効果を体感できる空間を作り出した。米防寒アパレルメーカーWoolrichもイタリア・ミラノのフラッグシップ店舗に極寒ルームを開設し話題となった。
また雨具メーカーのHunterBoostは、ニューヨークの店舗に「雨天ルーム」を開設、雨の中で雨具を実際に体験できる空間をつくりだした。
Eコマースが台頭する中、店舗で買い物を望むという人は依然多い。ソフトウェア会社Time Tradeの調べでは、85%の消費者がオンラインではなく店舗での買い物を望んでいると回答。また90%が店舗での経験が購入意欲を刺激すると答えている。五感を刺激するイマーシブ・リテール、今後リテール業界のスタンダードになっていくのかもしれない。
