自社流のTHE MODELを作ってほしい
『THE MODEL』の出版記念イベントは4月5日(金)に東京渋谷のBOOK LAB TOKYOにて開催された。テーマは「SaaS時代のビジネスで大切なこと」。セールスフォース・ドットコムやマルケトといったSaaS企業で活躍されてきた福田康隆さんによる基調講演と、倉林陽さんを招いたパネルディスカッションの2部構成だ。
近年SaaSに注目が集まっており、それは『THE MODEL』の好評な売れ行きからもうかがえる。しかし、福田さんは基調講演の最初に、「本書がどこまで受け入れられるのか、どういう評価をされるのか非常に不安だった」と話した。
そもそもTHE MODELとは何なのか。福田さんによると、マーケティング、インサイドセールス、営業、カスタマーサクセスという分業体制の話であると思われたり、あるいはSaaSビジネスなど限られた業界、企業規模向けであるような声を聞いたりしたこともあったという。THE MODELはそれぞれの企業の現状に合わせた新たなプロセス、再現性ある営業の「型」であり、インサイドセールス、カスタマーサクセスという新たな組織設計や各論ではない。また、企業規模によって利用が制限されるものでもない。
もともとTHE MODELは福田さんがアメリカで「営業を科学する」方法論に出会った衝撃から始まった。その衝撃を胸に2005年にアメリカから帰国したあと、日本でもマーケティングからインサイドセールス、営業へとつながるオペレーションを実践してみようとビジネスに取り組んできたのだ。
また、福田さんは本書の構想として「PLAY BOOK」をイメージしていたという。アメリカン・フットボールの世界では、どんなときにどのフォーメーションで誰がどのように動くか、チームの役割としてどう動いていくか、といったことをまとめた作戦指令書(PLAY BOOK)のようなものがある。これに倣えば、ビジネスにおいても自身の部門、役割だけという縄張り意識のようなものを持たず、「全体を見る」と意識を持ち、「分業」ではなく「共業」というバランス感覚を養うことが次世代リーダーには必要であると言えるだろう。
福田さんは、THE MODELの肝は顧客ステージの設計にあると語る。何か新しいことを取り入れようとするとき、例えばカスタマーサクセスが話題になると自社でもその部門を設立しようとする動きになるが、福田さんはこれを制する。必要なのは顧客がどのようなステージ(サービスを知っているだけか、興味を持っているのか、積極的に調べているか、など)を経て契約に至り、サービスを利用していくことになるのかという顧客目線だ。その中で顧客が抱える課題も見えてくる。もし顧客がサービスをうまく使えず悩んでいるなら、カスタマーサクセス部門が必要だと判断できる。
顧客と繋がるためのチャネルや組織が前提になると、どうしても実際の必要性や現場での仕事とちぐはぐになってしまう。そのため、まずは顧客ステージの設計から検討してみてほしい、と福田さんは強調する。ステージが設計できれば、コミュニケーションするためのチャネルが決まる。チャネルが決まれば、施策やコンテンツが決まる。そうすると、顧客が次のステージへと遷移したことを示す移行判定指標を作ることができる。
このようにして自社のTHE MODELを作ってほしいというのが福田さんの考えだ。本書の狙いは、紹介しているTHE MODELの考え方をそのまま真似して取り入れるのではなく、自社流にアレンジして導入してもらうこと。それが今回のイベントでの最も強いメッセージである。
読者はどこに反応してくれたのか
また、福田さんは本書のKindle版を読んだ読者がどこにハイライト(マーカー)を引いたのかを紹介した。その傾向から、読者がどういった課題を抱えているのかが見えてきたという。
分業体制のメリットは、最終的な売上だけを見るのではなく、各プロセスを担う部門のパフォーマンスを評価する中間指標を設定し、どこがボトルネックなのかを把握し、すぐに対策が打てるということにある。
福田さんはこの一文にハイライトが集まったのを驚いており、まだ多くの企業で分業体制が浸透していないのではと推察。先にも書いたように、営業部門が性質の異なる多くの仕事を兼務していることに危惧を示した。
ここで必要なのは「逆の流れ」を作ること。カスタマーサクセスは顧客と接する中で、何に困ることが多いのかを研究し、製品開発やマーケティングメッセージに反映させる。あるいは、営業が提案活動の中で期待値の設定を誤っていないか、顧客満足を高めるためにはどのようなリソースやプログラムが必要かといった情報をフィードバックする。
これは、分業にすることで各部署が「自分たちの仕事の範囲でやっていればよい」と考えてしまうことへの対応策だ。顧客ステージに則った通常の仕事の流れは、マーケティングから営業へ、営業からカスタマーサクセスへ、となる。
福田さんはこれとは逆に、カスタマーサクセスが顧客の情報をインサイドセールスへフィードバックし、インサイドセールスが自社コンテンツやイベントに対する顧客の反応をマーケティングにフィードバックする、といった流れを作るべきだと言う。そうすることで、各部署がより密にコミュニケーションし、他部署の仕事を自分事として捉えられるようになる。
人間はグループに分けられたとたんに敵対しやすい生き物であるということ。そして、対立する2つのグループの関係を良好なものにするためには、単に接触回数を増やしたり、コミュニケーションの内容を改善するだけではなく、共同で作業をすることによって達成可能な共通の目標が有効だということである。
本書で最も多くハイライトされたのがこの部分だという。福田さんは、その理由を部署間の壁や調整への労力が多くの企業で課題になっていると考察。どうやって組織を回していくかは難しい課題だが、人間はそういうものだと割り切って進めていく必要があると語った。
そうした中で連携を図るには、先の部署間のフィードバックを始め、共通言語として数字を利用するのも有効だ。しかし、数字にも主観が入ることがある。たとえば、商談化の件数をKPIにするとき、何をもって商談化とするかで数字が変わってしまう。リーダーシップを持った人が統率し、基準を設定して数字でコミュニケーションすること。それが大事とのことだ。
成功モデルとは完成したモデルではなく、完成に至る過程で行われた何百何千という意思決定のプロセスそのものだからだ。それを自分のものにすれば、環境や条件が変化しても自ら対応できる。これこそ、私がビジネスで最も大事だと考えている「再現性」だ。
上記は本書で福田さんが最も伝えたかったメッセージだという。結果ではなく過程を自分のものにすれば、それはどんな環境でも再現できる。そのためにはなぜその判断をしたのか、徹底的に根拠を求め考える必要がある。だが、ビジネスの世界では「今そうやっているから」と盲目的に実行されている仕事が少なくない。
福田さんが2005年に社内でTHE MODELを導入するときにも「なぜうまくやれている現状を変えるのか。できるわけがない」と反発があったそうだ。しかし、そうした状況に挑戦し続けたからこそ結果が出て、今に至っている。本当にこれでいいのかと問い続けられるかどうかが、今後は不可欠な素養となっていくのだろう。本イベントの第1部は「これからの時代に発想を合わせていくことが大事」という福田さんの言葉で幕を閉じた。
日本でもSaaSが注目を集めていることについて
第2部ではDNX Venturesの倉林陽さんを招き、福田さんとのパネルディスカッションを開催。福田さんと倉林さんは旧知の仲で、セールスフォース・ドットコムにて親交を深めたそうだ。
倉林さんは同社でSaaSのスタートアップへの投資を担っていたが、入社当時(2011年頃)はまだ国内にSaaSスタートアップが少なく、投資以前に企業を見つけること自体が難しかったという。今は投資先をじっくり検討できるほどにSaaSスタートアップが増えており、その際にTHE MODELに沿って事業計画を練ることができているかどうかも、投資判断の重要な基準となるという。
事業計画を立てるとき、スタートアップはどうしても楽観的になりがちだ。コストを安く考えすぎていたり、営業を増やす考えがなかったりする。特に、営業が習熟するにはある程度期間が必要だが、それを考慮していないことが多い。また、人が辞めることも想定しなければならない。THE MODELはそうした人材面も含めて考えられるフレームワークだと言えよう。実際、『THE MODEL』でも組織や人材について多く言及されている。
スタートアップがリスクを甘く見積もる点については福田さんも同意。会社のカルチャーや目標の達成度合いも変化していくので、経験のある人がいるだけでもスタートアップは成功しやすくなる。倉林さんのような立場から事業を俯瞰してもらうとよりよい事業計画を立てられるのでは、とのこと。
また、SaaSが注目されスタートアップが増えており、何でもSaaSと呼ばれるきらいがあるというテーマが投げかけられた。これに対し、倉林さんは投資案件が増えていていい状況だと返した。特にアメリカではIT大手企業の中堅社員がどんどん起業するので、BtoBとBtoCの両方でさまざまなプラットフォームが立ち上がっているという。
一方、日本ではBtoB事業に対して知見のある人材が同じ企業に勤め続ける傾向が依然として強く、BtoBスタートアップはこれまで増えていなかった感触がある。別の要因として、IT業界の社会的地位がアメリカと比べて低い時代が長かったため、技術への造詣が深い経営者が少なかったことも挙げられた。
福田さんはSaaSという言葉だけでグルーピングするのは危険だと指摘。提供するサービスによってその特性やビジネスモデルは異なるため、SaaSという業態が同じだけで同じやり方を当てはめるのはあまり意味がない。むしろ、自分たちの事業と近しい他の業界とビジネスを比較・分析するほうが役に立つかもしれないとのことだ。
倉林さんは社長のキャラクターとSaaSという事業が合っていない場合に注意すべきだと言う。どういうことかというと、SaaSは何もかも数字で判断できるため、地道な分析と改善で売上を伸ばしていくことが好きならSaaSが合っている。プロダクトの改善やカスタマーサクセスにも向き合い、積み上がっていく売上の価値を高めていく姿勢が重要である。
なので、コストをかけずに急速に成長したい、パートナーに販売は任せたい、開発も外注、といった方法ではうまくいかない。SaaSが流行っているから手を出すのではなく、SaaSという業態での成功の本質と自分の経営スタイルが合っているかどうかを検証する必要があるだろう。
どういう組織を作っていくべきか
最後に、本イベントや書籍でもテーマとなった人材や組織について質問が投げかけられた。SaaSビジネスではどういう組織を作っていくのがいいのだろうか。
倉林さんは投資を判断する基準として、部署ごとに役割分担ができていて、サブスクリプションの契約数を増やすために連動できる組織であるかを重視するという。しかし、スタートアップでそこまで組織を作り上げるのは難しい。カスタマーサクセス部門を作ろうにも資金がない。そのため、1人がいくつも兼務することになる。また、資金があっても理論だけで組織を作ってもうまくいかない。コンサルタントに任せきりでもダメで、なぜそういう組織が必要なのかという基本的なところから、事業を理解している人が設計すべきだと話す。
福田さんは人材配置が大事だと語る。カスタマーサクセス部門は顧客がサービスを活用するのを支援するのが仕事だが、一方で売上にとって重要なアップセルや契約更新も担っている。けれど、活用支援が得意な人と契約更新の営業が得意な人は必ずしも同一人物とは限らない。1人で全部できるわけではないので、組織設計をする人は社員のことをよく知り、適切な役割に当てはめることが欠かせない。カスタマーサクセス部門にいるから全部任せる、アカウントエクゼクティブだから関連する仕事は全部任せる、といった押しつけでは組織は回らない。
組織がうまく回らず不整合が起きているときが最も辛いときだ、と福田さんは言う。だからこそ、その会社ならではの、流れをよくする文化を作るべきだという。人が入れ替わるたびに何もかも刷新されるのではなく、脈々と受け継がれていくよい文化を作ること。福田さんは「受け継がれるものを作れる組織が理想」と語り、本イベントを締めくくった。