Webサービスのデータドリブンを行政に持ち込む
行政の「Webサービス」はローンチがゴールになっていることも多く、データによる継続的な改善活動がほとんどなされていないのが実態だという。そこで、入力時のエラー表記を親切にしたり、入力項目がどのくらい残っているかを可視化するといった仕組みを入れるとCVRが抜群に改善する。
実は、このようなデータに基づくサービス改善は行政側でも大きなテーマになっている。EBPM(Evidence Based Policy Making)という、目的を明確にしつつデータを根拠として政策を実行していく手法の実現が切望されているのだ。
EBPMはデータをもとにサービスを磨くということで、民間の言葉でいえばデータドリブンそのものだ。井原氏は、EBPMを実現したいと考えているがデータドリブンなサービス改善手法についてはノウハウを持たない職員に、その方法論を翻訳して伝えるのが自分の役割だと話す。実際に、井原氏はいくつかの自治体を対象に「データを活用したサービス改善手法」のノウハウを提供する勉強会を手弁当で行っている。
リクルート時代には、営業をはじめとするデータの扱いになじみがない同僚に対して、データドリブンのソリューションを提供し、啓蒙に努めていた井原氏。今は、向き合う相手が自治体の職員、そして1億の国民へと広がったのだ。

とはいえ、Webサービスのノウハウさえあれば成功する、というほど話は甘くない。会社員であれば、経理の同僚に聞いて行政手続きが必要なことに気がつくなど、ユーザーと行政サービスの接点は様々。市民の生活、そして行政サービスを考え抜いて、マーケティング・コミュニケーションを組み立てなくてはならない。「公式サービス」である自治体のサイトのほうが選ばれがちなので、広告やSEOへの投資も重要になってくる。
ECや「じゃらん」のような旅行サイトはWebサービスとしての蓄積があるため、鉄板の成長施策が存在する。ところが行政のWebサービスという誰も足を踏み入れたことのないフィールドでは、マーケターが想像力を駆使して、コミュニケーションを考え、プロダクトを企画する必要がある。
「GovTechにはまだ『型』がない。自分で型を作ることを楽しめる人にはたまらない環境です。グラファーではスプレッドシートを使ってプログラミングができなくてもWebサービスを作れる仕組みがあるので、プロダクトづくりもハードルなく取り組めます」(井原氏)
いずれは、1,700以上の自治体、46,000種類ある手続きを自宅で完結できる世界に近づけるようコミットしていきたい、と井原氏。たとえば、スマートフォンでマイナンバーカードを読み込んで本人確認ができれば、役所へ出向くという手間を省ける。
「儲かりそうだと言われるけれど、正直な話、決して平坦な道のりではない」と笑ってみせる井原氏の、前を見つめる表情は春の陽光のもとに清々しい。デジタルマーケターは、テクノロジーを駆使して昨日よりも優れた体験を作り出し続ける。そんなデジタルマーケターが自らのスキルを活かして輝ける場所は、私達が思いもよらないところにあるのかもしれない。