ファネルの崩壊とAIを活用した消費の一般化
MarkeZine編集部(以下、MZ):今回は、オイシックス・ラ・大地/顧客時間の奥谷さんとセガ エックスディー伊藤さんの対談企画として、お話をうかがってまいります。
本連載は、顧客とどうつながり続けるか、いかに「やり続けたくなる」といった行動を促すかが大きなテーマです。まずは、昨今の世の中の潮流に対する見解をお聞かせください。生活者のデジタル体験もAIの進化などテクノロジーの影響を受ける中、企業に求められる価値は変わっているのでしょうか?
奥谷:カスタマージャーニーの観点では、海外のカンファレンスなどを聞いていると、ここ数年でファネルという発想が崩壊していると感じます。様々な接点がある中で、いかにシームレスに企業が顧客に買い物の体験を提供するかが問われるのです。つまり、複数の自社接点を持つオムニチャネルから、自社接点を超えたあらゆる接点の情報を統合して最適化するユニファイドコマースに考え方が移っています。
さらに、AIを活用した消費行動の一般化もありますよね。たとえばパソコンを買おうとする時、どれを買うべきかをまずChatGPTに尋ねます。目的に応じたプロンプトを与えて、検討材料を集めて買い物をしている。企業もそのことを踏まえ、顧客体験設計をすべき時代です。
伊藤:検索エンジンで調べる感覚で、AIが使われているということですよね。
奥谷:そうですね。あと、海外の動向から感じるのは、課題解決がカギになっている点です。「安い」「長持ちする」といった機能的価値ではなく、「ジョブ理論(顧客の購買行動の裏にある理由=ジョブに焦点を当てる理論)」で、顧客の課題をどう解決するかが重要になります。そのため顧客に「我々はあなたのこの課題を解決できる」としっかり伝えるのです。
インサイト獲得には「クイズ」が効果的?
奥谷:特に小売業界では、「脱・ディスカウントコマース」の流れが顕在化していると見ています。価格を安くするのではなく、顧客の課題を知って解決する。それによって顧客側もつながり続けたくなります。
たとえば化粧品ショップの「Sephora(セフォラ)」は、プライベートブランド商品だけを訴求するのではなく顧客ニーズに応じて複数のブランドを提供することが重要と考えており、顧客の色々なブランドスイッチを推奨するという前提に立っています。
顧客ニーズを捉える上で重要なのは、ゼロパーティデータ、もしくは1stパーティデータをどう取得するかです。Sephoraのロイヤルティプログラムでは、肌診断などの情報や関心データを取っており、そのデータを基にサンプリングを渡します。ドライスキンに悩む人がオイリー肌向けのサンプルをもらっても、良い体験にはなり得ません。安くするだけではなくて、顧客ニーズや悩みを事前にとらえた上で体験を提供し、「このブランドは私の悩みを知っている」「だから適切な提案をくれる」という、つながり続ける価値を作っています。
また、興味深いのは、米国のマーケターは今「クイズ」という言葉をよく使うこと。これはインサイトを紐解くためのゲーミフィケーションといえます。
例として、アプリを開いた時に「今度新たな商品が出るけれど、どちらのパッケージが良いか」と質問がポップアップで出てきます。またイギリスの靴メーカーでは、ランニングシューズの注文者に「あなたはどういうランナーですか?」と聞きます。長距離を毎月走るランナーと、週1回数キロ走るランナーでは、求める機能性が大きく異なります。「ランナー」という同じターゲット層も、実際は人それぞれ違うインサイトがあり、数字上の購買データだけでは行動の背景や状況までは見えません。
さらに、その靴メーカーは質問の設計が非常に優れています。「これまで膝や足首に怪我したことはありませんか?」「あなたは内股ですか?」といった質問に対して、顧客は自分に向き合います。企業目線ではつい、自社のサービスや商品を正当化するような方向へ誘導したくなってしまいますが、そうではなく顧客自身に考えさせる質問を提供する。これをクイズと表現し、このやり取りを通して顧客理解を促進することに米国のマーケターたちは取り組んでいます。
顧客理解が不十分だと、どうしても機能的価値の訴求やプロダクトアウト思考になってしまいます。顧客のインサイトを掴みに行くために、ゲーミフィケーションやロイヤルティプログラムを手段として活用する。これが最終的には顧客と企業がつながり続ける価値(エンゲージメントバリュー)になっていきます。米国の話をしましたが、我々もどんどんその方向へ進んでいきたいですね。
