今、求められるのは「意味ある消費」の創造
MZ:顧客に選ばれるには、何がポイントになるのでしょうか。
奥谷:オンライン・オフライン問わず、皆さんも好きなブランドや信頼しているブランドはあると思います。こういう状態を、僕は「意味ある消費」と呼んでいて、これを作っていくことが大切だと考えます。先ほどの靴メーカーの事例はまさに意味ある消費で、他メーカーでも靴は買えるけれど、「このブランドだけは自分の課題に気づかせてくれる」という価値を提供できています。顧客にとって意味があれば、価格が高くても買いたいと感じるのです。
たとえば、僕は「Super Normal」というブランドを立ち上げてEC展開しています。そこで販売する「ゆっくり編み立てたもちふわ靴下」という、たっぷり糸を使用したふわふわな靴下は一足2,980円。靴下が欲しいだけなら、もっと安いものでも問題ないですよね。だけど、クラウドファンディングを通して古い編み機で作った靴下を買って工場を守りませんか、というメッセージに意味を感じてくれる方に買っていただいています。
コーヒーもどのお店でも飲めますが、「この店/ブランドが良い」と、消費する意味を持っている人はたくさんいます。ですから、毎回買ってくれるお得意様のインサイトをしっかり掴むことで、誰をどう喜ばせるべきかが見えてくると思います。
伊藤:ただストーリーを語るだけではなくて、感情や意味も含めた「ナラティブ」なものが今求められていると感じます。
奥谷:まさにそうですね。関連する話として、僕もデジタル接点の重要性を強調しながら顧客体験を設計していますが、消費行動をするのは人、テクノロジーを使うのも人ですので、「ヒューマンタッチ(人間の温かみ、感情的価値)テクノロジー」という考え方もカギだと思います。どれだけ顧客中心主義を掲げても、モバイルオーダーで対人対応をなくし機械的に売り上げを作ろうとする方向性では、不十分になってしまいます。
伊藤:デジタルによる効率化は機能的な部分では役割を果たせますが、スタッフとの会話や店舗内の空間に価値を見出していた顧客は、離れてしまうかもしれませんね。行き過ぎたストレスフリーによる「何もない滑らかな世界」が、必ずしも顧客にとって正しいとは限らないと感じます。
マーケターは、顧客に考えさせよ
MZ:テクノロジーが発展する中で、人間だからこそ効率化以外で価値を作れるのですね。
伊藤:奥谷さんがおっしゃっていた、一人ひとりに向き合いニーズや課題を見つけるタスクに人間はフォーカスしていけるのではないでしょうか。
奥谷:結局、機能的価値ばかり訴求してしまうと、他社と差別化するためには価格を下げることになります。逆に、手間はかかってもブランドや製品としての意味を付与できれば、惹きつけられる顧客は絶対に出てくるはずです。
伊藤:体験をただ最適化し続けるだけだと市場もシュリンクしていくけれど、そこに意味を持たせることによって新しいバリューが生まれて、経済が広がっていく考え方ですよね。最適化ではなく、いかに最大化させていく方向に進んでいくかという。その意味では、ゲームには最適化という発想はないんです。人がゲームをするのに合理的な理由はありません。

MZ:最後にマーケターに向けてメッセージをいただけますか。
奥谷:マーケターは物を作る人ではないので、顧客が買いたくなる気持ちを作る、つまり意味を作ることが非常に大切です。一時的なスパイク型のマーケティングの効果と重要性も否定はしませんが、買い続けたくなる方向付け、意味ある消費をどれだけ生み出せるかが勝負だと考えています。
今の時代、どんな商品もある程度の顧客満足は提供できるようになっていますから、その先にあるのは、カスタマーサクセスです。そのためには顧客のインサイトを探る必要があり、対話が必要です。クイズやロイヤルティプログラムの話をしましたが、インサイトはデジタルを通して捉えやすくなっています。インサイトをきちんと探れるデジタルマーケターが「最強」かもしれません。
伊藤:ゲーム業界で言う「マインドシェア(顧客の思考の中に占める割合)」をどれだけ増やせるかが求められるでしょう。マーケティングでは可処分所得、可処分時間といった見方をしますが、ゲームは「どうやって攻略しよう」と考える時間をいかに作れるかを大事にします。
奥谷:物が飽和して差別化ができない中では、「顧客に考えさせること」が価値になります。一見不合理ですが、考えさせて買ってもらえたほうがお得意様になる可能性があります。
伊藤:仕事と考えるとつい機能的な話をしたくなりますが、本質的には恋愛と一緒かもしれません。自分=自社のことを、相手=顧客にいかに考えてもらえるか、考えさせられるか。本日は興味深いお話をありがとうございました。
