RaaS時代のマーケターの役割
私はRaaSが普及する頃には、店舗でデジタル体験を提供するのは当たり前になるとみています。TRIALのように店舗のデジタル化や、これまで蓄積してきたデータや売り方のノウハウの共有が進むでしょう。その一方で、小売業にはブランドや体験価値を高めていくことが求められます。そう考えるのも、テクノロジーがコモディティ化した数10年後でも残るのは、ブランドや顧客体験だと考えるからです。

事前決済やレジレスが普及すると、買い物体験はオンラインショッピングに近づきます。今は目新しさを感じる事前決済やレジレスも、いずれは当たり前の存在になるでしょう。それでも買い物プロセスにエンターテインメント性を担保できれば、ユニークな体験を提供することは十分に可能です。
買い物の目的はあくまでも欲しいものを確保することです。その本質を踏まえた上で、ストレスの元になる長いレジ待ちの時間をなくし、顧客理解を深めていこうとしているのが今のRaaSの取り組みですが、マーケターならではの顧客インサイトを活かしたエンターテインメント性のある買い物体験を作り、ブランドを強固にすることとセットでの展開が今後は求められるでしょう。
顧客体験のためにIT部門を率いるCDOはマーケティング理解が必須
アフターデジタル化が進むと、小売企業のIT部門が脚光を浴びるかもしれません。TRIALのように技術力の高い小売企業であれば、情報システム部が店舗での体験設計と仕組みづくりのリーダーになれるでしょう。今まではPOSレジ、EC、アプリなど、個別の対応に追われていたかもしれませんが、全部を統合した仕組みづくりに関わることができるわけです。店頭のデジタル化に挑戦する会社が増えれば、今までのような囲い込みではなく、オープンなプラットフォームができるはずです。
IT部門とマーケティング部門の関係にも触れておきましょう。数年前から折に触れて主張してきたことですが、これからCMOとCIOの職務領域はますます重なってくると思います。その重なった領域を埋めることが期待されているCDO(Chief Digital Officer/Chief Data Officer)は、マーケティングとITの両方がわかる人材です。
CDO人材について、私は情報システム部にいる人たちよりも、マーケターがその役割を果たす可能性の方が高いと思います。実際、私が顧客時間で相談されることの多い仕事も、両方がわかる人がいてこその案件が増えています。そもそもより良い顧客体験を生み出すためにデータをどのように連携させるかは、マーケティングを理解していないとわかりません。
企業視点のオムニチャネルは終わる
とはいえ店舗のデジタル化が本当に進むのかと疑問に思われる方もいらっしゃるでしょう。私自身、スターバックスで事前決済しておいて、レジを素通りしてカウンターに直接ドリンクを取りに行くと、置かれているカップを店員さんとの会話もなく手に取る流れになり「これ、私のドリンクだろうか。取っていいのかな?」と心配になりました。
ですが、人間は新しい技術、テクノロジーを受け入れる生き物です。ECが生まれたときを思い出してください。当時、試着の必要な衣料品はECに向いていないなど、否定する意見は数多くありました。でも今では当たり前のように皆がオンラインで様々な商品を購入しています。目新しさ先行のデジタル店舗も、いつかはそれが当たり前になる時が来るでしょう。
デジタルがリアルを包含し、新しい購買体験が生まれることはオムニチャネルの拡張に他なりません。今回紹介した二つの事例だけでなく、これから来年にかけて、日本でも店舗のデジタル化の事例は増えるでしょう。新しい販路としてECを追加したものの既存の顧客接点はなおざりといった従来のチャネル追加型オムニチャネル、企業視点の施策は終わり、全ての接点をデジタル化してお客様視点での優れた場作り、ブランド独自の体験提供をする時期がすぐそこまで来ています。