鍵はPL経験
西口:僕が本当にラッキーだったと思うのは、P&Gが20代でPLを持たせてくれたことです。人事や営業のことまで考えることになり、擬似的に会社経営をするようなもので、極限状態まで追い込まれます。若い頃にPL体験をしておくと、自然と経営の方に向かっていきますね。一方で、マーケターの業務としては、あるテクノロジーや手法に特化していくということもあるでしょう。データサイエンティストの方などは一緒に働く上で欠かせませんし、それを否定するつもりはありません。ただ、テクノロジーの領域は際限なく広がっていますので、どこを追うのかは難しいところですね。
榊:僕も1つの事業を持つようになったときに、下の人たちがいかに自分のことしか考えていないかということがわかりました。僕ら経営者からすると、手段はなんでもよいので、結果として勝つことが大事なわけです。もちろん自分のポジションに一生懸命なのはよいことなんですけど、それと同時にビジネスのゴールを共有できている人の存在は重要ですね。PL体験をすれば、そういった考えも身につくでしょうね。
押久保:なるほど。会場からは、「広告運用がどんどんAI化される中で、マーケターは今後どのような経験を積むべきでしょうか?」という質問が来ています。
西口:やっぱりPLを持つことをお薦めしますね。今いる会社で持つことができないようでしたら、自分でお店を始めて、最初に投資した資金が減っていくというのを経験するのでもいいと思います。気力・体力は歳とともに低下していくので、ぜひ若いうちに経験してみてください。
榊:僕が昔働いていたBCGに卓越したマーケターがいたのですが、彼は元々南極探検隊で、ビジネスやマーケティングの知識などまったくなかったんですよ。ただ、とにかく考える力に長けていて、お客様のニーズとかもけっこう言い当てることができました。マーケターにとっての武器となるツールはコモディティ化していますので、より一層深く考える力が求められていくのだと思います。
データドリブンはプロダクトの魅力ありき
押久保:先ほど、一休でのデータドリブン経営の話がありましたが、一方でデータドリブンという言葉が先走りしているとは感じませんか?
西口:データドリブンにやったらビジネスが必ずうまくいくと思うのは、誤解ですね。一休の場合は競合との比較優位を作り、プロダクトをめちゃくちゃ磨きあげているから、データドリブンが活きてくるんです。プロダクトが弱かったらうまくいかないですよ。榊さんがやられているようなやり方は、あと3・4年のうちには全業種で行われるようになると思います。そうなると、今のマーケターの仕事は8割くらいなくなるのではないでしょうか。そのとき勝負所となるのは、プロダクト・サービスがどれだけ磨き上げられているかという差です。
榊:僕が好きだからデータドリブン経営をやっていると思われる方もいるかもしれませんが、そもそもの出発点は溜まったデータを活用してOne to Oneマーケティングをやりたいということです。方法はなんでもよかったのですが、一休がチームとして勝つための一つにデータドリブンがフィットしていたのです。
西口:スマートニュースでも当然データ活用をしていて、その人が興味を持ちそうな記事をアルゴリズムで分析してフィードに流しています。そうしたパーソナライズと合わせて、ディスカバリーというファンクションをあえて作って、多分この人はこれにも興味があるんじゃないかという目新しさのある記事も流しています。人間は成長や発見があるものなので、パーソナライズだけだと将来的に離脱してしまうと思うんですよね。データサイエンスを担う方って、技術面だけでなく自社の事業における顧客の行動や心の動きを想像できないとアルゴリズムを組めないと思うのですが、その点はどうされていますか?
榊:僕らは3つのバリューチェーンで考えています。最初にビジネスのアイデアを着想する人が、きっとお客様はこういう機能が欲しいに違いないということを考えます。次にそれを実際にモデルに組んでサービスに入れる人がいて、最後にそのモデルをめちゃくちゃチューニングする人がいます。そうやってグラデーションしてワークさせていますね。