※本記事は、2021年2月25日刊行の定期誌『MarkeZine』62号に掲載したものです。
D2CにとってのECは顧客とつながる場
Eコマースエバンジェリスト 川添 隆(かわぞえ・たかし)氏
全国のEC担当者を応援し、ECビジネスの可能性を伝えるECエバンジェリスト。企業再生を2社経験し、EC売上2倍以上に携わったのは5社。アパレル関連企業3社を経験後、2013年7月よりメガネスーパーに入社。7年でEC関与売上は7倍、自社EC月間受注は13倍に拡大。現在は親会社のビジョナリーホールディングス執行役員として、EC事業・オムニチャネル推進などの領域、IT、新規事業を統括。2017年より代表を務めるエバンでは複数企業のアドバイザーに従事。
――自社ECサイトを通じて顧客に製品を直接販売するという特徴だけを見ると、D2Cビジネスは従来のEC事業と同じように思えますが、どういった点が異なるのでしょうか?
事業の考え方からマーケティング、ECサイトの表現方法などが異なります。まず前提として、D2Cと既存ビジネスの違いからお話ししましょう。D2Cは「手法」というよりも、根底にある「考え方」そのものが既存ビジネスとは大きく異なります。既存ビジネスではまず企業として届けたい「製品」があり、それを買ってもらうためにマーケティングやCRMを行う、いわば一方向の関係でした。その中でECはあくまで販売チャネルのひとつ。自社製品をより良く見せたり、顧客が疑問に思いそうなことを情報として記載しておいたりするための場所として活用されてきました。
一方D2Cもビジネスなので、「製品を届けたい」というのは既存ビジネスと同じです。ただし、ブランドの根幹にある「ユーザーの課題解決をしたい」「世界観を届けたい」という思想がビジネス展開にも深く入り込んでおり、事業拡大の過程において、世界観に合致していれば、提供するのはモノでなくても良いという考え方を持っています。
たとえばD2Cの成功事例として語られることの多い、米国のD2CブランドCasper(キャスパー)は、マットレスをオンライン完結・低価格で購入できるという新たなモデルで、マットレス業界の中で急成長してきましたが、彼らは自分たちをマットレス会社ではなく「the Sleep Company」と表現しています。彼らは「心地良い睡眠を提供する」ことが軸であり、そのため間接照明なども含めて睡眠周辺の商品を展開し、睡眠や健康をテーマにした雑誌『WOOLLY』の発行なども行っています。
またD2Cと既存ブランドの違いは、ECサイトにも現れています。D2Cのサイトには、既存ブランドのECサイトにはまずない、「ブランドの解説=About」が必ず入っています。ブランドが大切にしている考え方や、そのために何を提供しているのかを丁寧に説明しており、できればこれらを知ってもらったうえで、購入してもらいたいと考えているのがD2Cなのです。つまりD2CブランドにとってECサイトは、「購入」するだけの場では決してなく、顧客とコミュニケーションを取る重要な場でもあるのです。一方、実店舗を主体としたブランドのECサイトには、ブランドのストーリーが書かれているケースのほうが圧倒的に少ないです。なぜならこうしたブランドのECサイトは、ブランドを知っている人が、あくまで「購入」するために使っているからです。説明があったとしてもLPの説明の一部にとどまっています。