ソニーマーケティングが考えるDX
ソニーマーケティングでは、「可視化(BI)・RPA・AI・マーケティング基盤」を活用しながら、セールス・マーケティング・カスタマーサービス・ビジネスオペレーションの4軸で全社的なDXを進めている。そのうち、マーケティングのデジタル化推進を担ってきたのが大内氏と橋本氏だ。2021年度からはグローバルにおけるマーケティングのデジタル化推進も担当している。
全社一丸でのDX推進の背景について大内氏は振り返る。
「過去は課題が山積でした。例えば、各部門・部署でデータとツールが個別最適化して、散在してしまい、全データを集めてみても、ぼやけた全体像しか見えず、できても部分最適のみでした。さらに人によってデータの切り取り方や指標の定義が異なる状況で、正しい判断ができているのか、不透明な環境もありました」(大内氏)
この状況を打破し、2025年の崖などに備えるため、全体最適へ向けた改善が可能な体制が必要とされた。そこで会社として視点を定義し、構造化し、PDCAを回しながら改善できるよう、全体が戦略的に動けるようにDX推進が始動したのが10年前だった。
ソニーマーケティングのマーケティング戦略
その中で浮かび上がった課題の一つがCRMの活用だ。CRMのデータをビジネスや顧客満足度に繋げられず、壁にぶつかっていた。
現ソニーマーケティング株式会社代表取締役社長である粂川氏(当時プロダクツビジネス本部のヘッド)と大内氏は、CRM活用の今後について検討を始めた。
「当時は、データを活用するものの手応えを感じられませんでした。顧客データやパフォーマンスデータの活用は進んだものの、異なる目的の施策を並べて評価したり、施策の目的と手段の整合性が取れていなかったり。データ活用における共通認識を作ることができていなかったですし、正しい指標で評価できていませんでした。理想の状態からはかけ離れていましたね」と大内氏は振り返る。
そこで「顧客を中心に据えて、顧客満足度向上によるソニーファンの創造」をマーケティングコミュニケーション戦略の核に据えることを7〜8年前に決定した。
しかし、この戦略を実践し、全員が同じ方向・目標を目指して動くのは簡単ではない。大内氏が当時危惧したのは、「どのマーケティング施策に対して、誰が、誰に対して、何を目的に話しているのか、が明確でない限り、軸がぶれる」ことだった。そこで行動指針となるフレームワークの設定が求められた。
それが「ソニーファン創造のためのロイヤリティループ」だ。これは、いわばマーケティングのための地図であり、このフレームワークに沿ってコミュニケーションすることで、誰もが同じ視点で話せる仕組みだ。
このロイヤリティループの特徴は、直線ではなく曲線なことだ。マーケティングコミュニケーションとしては、マス広告から各種ナーチャリング施策、そして購入、製品登録へと導く。そこから顧客に「ソニーの製品を買ってよかった」「ソニーの製品で生活が変わった」という満足感や期待を超える体験を提供することで顧客満足度を向上し、次、さらに次の製品購入に導き、最終的にソニーファンとなってもらうことを目指している。
それぞれの顧客接点にモニタリングKPIを設定し、それぞれの施策の目的が達成されているかを計測し、最適化を目指す。
こうした試みを実行するうちに、大内氏は「アジャイルにPDCAを回す重要性を実感」したという。
「新規顧客獲得に向けたTV CMなどのマス広告は実施から実績把握まで1年がかりです。しかし、その間にもお客様の心は変化し続けます。高速PDCAを回し、お客様からの反応を示唆として受け取り、アジャイルに対応できるマーケティングの必要性を実感しました」と大内氏。
“お客様の「今」に常に立ち戻りマーケティングを展開する”それが目指す地平だった。
アジャイルというと一見、効率性やスピードばかりに目が行きがちだが、ソニーマーケティングにとっては原点である「お客様」の「今」を的確に捉え、顧客が求めるコミュニケーションをするためにこそ、アジャイルであることが必要だったのだ。
そこで5年前からTableau、Wave Analytics(現Tableau CRM)をはじめとした各種モニタリング・分析ツールを導入。自社データの活用を推進する一方で進め、組織としてもデジタルマーケティング部門とマーケティングコミュニケーション部門を統合。効率的かつ、効果的なマーケティングコミュニケーションの実現を目指した。
効率的なマーケティング実現のための基盤整備へ
「効率的なマーケティングのためには、ロジックと経験の両方が必要です。ロジックがなければ応用が利かないし、経験しないと勘所が掴めません」と橋本氏。
そのどちらが欠けても、目指すソニーファン創造に繋がるマーケティングは実現できない。
そこで橋本氏は、約2年前に効率的マーケティング実現のためには以下の3つを実現する必要があると考えた。
1)高速PDCAの実現:把握すべきパフォーマンス指標をリアルタイムに確認でき、計画と実績のギャップを把握し、大幅な乖離があれば、即座に要因の仮説を立てられて、分析、打ち手の検討、実行に進めること。
今まではマーケティング担当者が施策の結果を見ようとすると、複数のデータソースから、大量のデータを抜いてこなければならず、データを抽出して整理するだけでも複数営業日必要で、リアルタイムに状況を把握し、施策を打つことはかなり難しい。
2)個の経験を組織の経験へ:過去のキャンペーンの実績や、現在進行形で動いている他のキャンペーンの実績を見たいタイミングで確認でき、振り返りや比較によって、現在のパフォーマンスの分析ができること。
エクセルベースのレポートでは、過去の実績を振り返り、現在のキャンペーンに生かしたり、他のチームが実施しているキャンペーンを参照に自らのキャンペーンを改善するなどが困難であった。レポートの指標や言葉の定義が担当者ごとに異なり、同じ指標でも年度で定義がぶれるなど、同じ組織の人間が学びを得づらい状況だった。そうした属人性を打破し、個々の経験を組織の経験として蓄積し、共有財産とすることが求められていた。
3)透明性の担保:「広告代理店と広告担当者」「担当者とマネージャー」など、関係者が同じ指標を同じタイミングで確認できる透明性が保たれた環境で、適切なタイミングでダイレクションができ、手遅れになる前に議論し、打ち手が打てること。
同社では自社が保有するデータについては、TableauやTableau CRMでダッシュボード化し、全社で活用できる環境を整えてきた。その一方で、広告代理店が管理していた広告のパフォーマンスデータだけはそれが実現できていなかった。
この3つを実現するため、現状を打破すべくDatoramaの導入が決定された。
「Datoramaを導入し、マーケティングコミュニケーション系の情報を自動で集約するダッシュボードを用意することで、指標の定義を共通化するとともに、限られた時間を分析立案に使えるようにしました」(橋本氏)
橋本氏が「指標の定義の共通化」を重視した背景には、ソニーマーケティングという会社全体で「数値化してKPIを見る」方針があり、文化として根付いていることがある。
「数値化してKPIを見る」、つまり言葉をデータで定義して、誰もが同じ言語で会話して、初めてマーケティングのデジタル化も可能になる。そこでDatorama導入へと繋がっていったのだ。