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翔泳社の本

様々な場面で起きる人の知覚や反応を調査する「UXリサーチ」が注目されている理由とは?


 商品開発やマーケティングで重視されるUXの観点でリサーチを行うUXリサーチ。体験の質を高めるためにはユーザーの知覚や反応を知ることが不可欠ですが、まったく新しい考え方というわけではありません。では、なぜ今UXリサーチが注目されているのでしょうか。『はじめてのUXリサーチ』(翔泳社)から、UXリサーチの定義や注目の背景、メリットを紹介します。

本記事は『はじめてのUXリサーチ ユーザーとともに価値あるサービスを作り続けるために』の「Chapter1 UXリサーチの捉え方」から一部を抜粋したものです。掲載にあたって編集しています。

UXリサーチとは

「UX」も「リサーチ」も単語の意味が広いので、「UXリサーチ」という言葉は、多様な意味に取られるのが実状です。そこで本書における定義を明確にしておきます。

 まず「UX(User Experience)」とは、ISO9241-210(インタラクティブシステムを対象とした人間中心設計に関する国際規格)の定義によれば、「プロダクトを使う前、使っているとき、使った後に起きる人の知覚や反応のこと」です(本書ではプロダクトもサービスとして捉えます)。

 そのため、UXとは必ずしもユーザーインターフェース(UI)を使っているときに限ったものではありません。また、UXを主眼においてサービスをデザインすることを「UXデザイン」といいます。次に「リサーチ」は日本語で「調査」という単語に相当し、意味は「調べて明らかにすること」です。これらを合わせて、本書ではUXリサーチのことを「様々な場面で起きる人の知覚や反応(UX)について調べて明らかにすること」と定めます。

UXリサーチとは、様々な場面で起きる人の知覚や反応(UX)について調べて明らかにすること

 上述した通り、人の知覚や反応は様々な場面で起きます。また、人がどういう知覚や反応を示すかは、その人のこれまでの経験や生活の文脈によって変わります。そのため、UXリサーチで調べる対象となるのは、人の生活そのもの、既存のサービス、新しく出したアイデア、作っている最中のサービスなど多岐にわたります。それらについてどのような対象を調査するときも、常にUXに焦点を当て続けることが、UXリサーチの特徴といえるでしょう。なお、UXリサーチで取り扱う対象については本章の「UXの要素ごとのリサーチ」で、もう少し詳しく解説します。

UXリサーチの対象

 また、UXリサーチでは、単に調査をするだけでなく調査結果を組織で活用できるように働きかけることも重要です。たとえば、組織の中で調査結果について議論する場を設けたり、議論のファシリテーションを担うこともできます。具体的な内容については、3章で紹介します。

UXリサーチの必要性が高まっている背景を捉える

 UXリサーチという用語が使われるようになる前から、ユーザーの声を取り入れながらサービス作りはされてきましたし、成功するサービスもたくさんありました。では、どうしてUXリサーチが必要だといわれるようになったのでしょうか。

 その背景にはUXに着目したサービス作りが主流になった時代的な変化があります。昔はサービスが少なく、機能が充実し性能の高いサービスが喜ばれた頃がありました。しかし、2021年現在では、人が一生かけても使い切れないほどの数のサービスが存在します。また、新機能を作り性能を高めても他社にすぐに追いつかれる時代です。

 このような背景から、他と比べて使いやすいことや使っているときの体験の品質が高いことが、サービスが選ばれ、使い続けられる理由として重要になりました。さらに、ユーザーの体験が良いことは前提として、それが社会にとっても良いか、地球環境にとっても良いかといった、持続可能性まで鑑みてユーザーがサービスを選ぶ時代になってきています。

価値を感じるポイントの変化

 また、市場の変化が年々激しくなっていることも、このような流れに拍車をかけています。たとえば、本書の執筆を始めた2020年は新型コロナウイルスの影響で世の中があっという間に一変しました。筆者が携わっているスマホ決済市場についても、2019年と2020年では利用率が大幅に変化しました(インフキュリオン「決済動向2020年12月調査」)。

 これらの変化が起こる以前の常識や調査結果が通用しない部分も出てきています。その他にも提供されるサービスが増えるとともに、ユーザーの多様性も高まり続けています。たとえば「20代の大学生で1人暮らしの男性」という同じ属性の人を調査するとして、決済方法ひとつとっても、現金が主という人もいれば、ほとんどクレジットカード決済という人もいて、その理由も様々です。

 このように、体験の品質が重視され、市場の変化が激しく、多様性が高い状況では、どういう人がどういう事情で使っているかをサービス提供者が推測する難易度が上がっています。こういった背景から、UXリサーチの重要性が増しているのです。 「自分はサービスやユーザーをよく理解できている」と思っていても、UXリサーチをしてみたら「ユーザーと自分はサービスの捉え方が違うな」「自分が思っていたユーザー像とぜんぜん違うな」「思いもよらなかった新しい気づきを得られたな」など、予想以上の学びを得られることも多いです。筆者もスマホ決済の業界で毎年100人以上の方を対象に調査していますが、日々変化を感じますし、新鮮な学びを得られ続けています。

実際のユーザー

UXリサーチのメリットを捉える

 ここでは、UXリサーチを実践してユーザーを深く理解することで得られるメリットを解説します。「リリース前に小さく失敗しながら学びを増やせる」「データを解釈する精度を高められる」「組織作りに使える」という3つの観点から説明していきます。

UXリサーチ

リリース前に小さく失敗しながら学びを増やせる

 UXリサーチを活用することで、サービスをリリースする前に様々な学びをユーザーから得られます。これにより、リリース後に大きく失敗する可能性を下げられます。今の時代は、新しいサービスを企画するときの不確実性が高まっています。それゆえに、本当にうまくいくのかが見通せず、リリース前に不安が大きくなりがちです。

 たとえば、ユーザーの理解が浅いと、ユーザーにとって価値のあるアイデアが上手く出せなかったり、作っている最中のサービスが本当にユーザーにとって良いものなのか不安になったりもします。そういった状況に対してUXリサーチを活用すれば、そもそもユーザーがどのような生活をしているのかを調べて理解を深めたり、プロトタイプを用いることでユーザーからフィードバックが得られたりします。

 筆者の経験では、プロトタイプを用いたUXリサーチを活用するようになってから、リリース前にユーザーの反応が得られることで不安が軽減されました。たとえば、アプリリニューアル時にUXリサーチを行った際は、デザイナーやエンジニアなども引き込み、調査結果をもとに議論していくことで筆者も含めてチームが納得しながら進めることができました。中でも、様々なアイデアをUXリサーチで試す中で、フィードバックを得てアイデアを洗練できたことに大きな価値がありました。結果的に、チーム全体が自信を持ってリリースまでたどりつくことができ、事業としても良い結果を出すことができました。

 最初に考えたアイデアを調べてみると、ユーザーから厳しい反応をもらうことが多いものです。しかし、そこで残念に思う必要はありません。作る前に「UXリサーチを通してアイデアについて学びを得られたこと」が大きな価値になります。学びを得ることでアイデアを繰り返し改善できます。ソフトウェア分野では、要求の誤りを作った後に修正するコストは大きいといわれています(『ソフトウェア開発201の鉄則』(アラン・M・デービス著/日経BP社/1996年))。

 そのため、UXリサーチを通して作る前に失敗をして修正できる価値は大きいでしょう。ただし、UXリサーチそのものから正しい解決策が得られるわけではありません。解決策を導くには、UXリサーチから得られた学びをもとにサービスのどこに着目すべきかを吟味し、その上で解決策を発想する必要があります。UXリサーチによって解決策を創造的に生み出すための「学びを増やせる」という捉え方で臨むようにしましょう

 また、ISO 9241-210(人間中心設計に関する国際規格)でいわれている通り、デザインのプロセスは反復することが基本です。プロトタイプを用いて学びを得ることは、デザインの反復を効果的に進めるための有効なひとつの手段です。もちろん、リーンスタートアップのように小さくサービスを作って素早くリリースしてからユーザーの反応を得るという考え方もあります。状況に応じて「リリース前に学べることがあるならば先にやってみる」「リリースしてみないとわからないことは、後から確かめる」など、デザインに必要な情報を得るために、柔軟に手段を選択するようにしましょう。

人間中心設計のプロセスにおいて、UXリサーチは状況の把握や設計の評価のために重要な役割を担う

データを解釈する精度を高められる

 サービスをリリースすると、実際にユーザーが利用したときの利用ログなどのデータを活用できるようになります。そのようなデータがとれるようになると、一方で、「ユーザーの声を聞いても、どうせ1人の意見でしょといわれる」「大規模なアンケート調査ばかりが利用される」という悩みを聞くこともあります。しかし、利用ログやアンケートの結果を見ているだけでは、データの解釈を間違えてしまうことがあります。

 たとえば、「利用ログから、ある特定のタイミングでたくさんのユーザーが利用を止めている」とわかったとします。そのとき、自分たちの経験だけで「これが原因じゃないか?」と推測して仮説を設定するとします。その後、仮説をもとにアイデアを出して、アンケートでアイデアの評価をしたら、どのアイデアも評価されず検討し直しになった。しかし、いったい何が悪かったのかはわからない、ということが起きたりします。

 このようなときに、仮説やアイデアを出す前に何名かにユーザーインタビューしたとすればどうでしょう。「なぜユーザーが利用を止めてしまうのか、どのような体験に関する課題があるのか」などの仮説を立てるための学びが得られます。そうすれば仮説の精度も高められますし、アイデアも出しやすくなります。このように、UXリサーチでは「様々なデータを組み合わせて調査をするものである」「それによってデータを解釈する精度を高めることができる」と捉えるようにしましょう。

 一方で、データを組み合わせるほど時間と労力がかかります。どんなときでもデータをたくさん集めれば良いわけではありません。調査が必要とされている状況を正しく理解して、必要な分の調査を、使えるリソースの範囲で実施できるように意識しましょう。なお、ここでお話しした利用ログなどのデータを「量的データ」、インタビューなどで得られるデータを「質的データ」と呼びます。

量的リサーチ、質的リサーチ

組織作りに使える

 サービスが大きくなると役割が細分化されて、サービスの全体像が見えにくくなることがあります。そういうときに、UXリサーチはユーザー目線でサービスの全体像や役割のあり方を捉え直す良い機会となります。それによって、チームビルディングができたり、チーム間をつなげられたりと、組織作りをサポートできます。

 たとえば、組織内の関係者にとって、ユーザーが実際にサービスを使っている様子を目の当たりにすることは大きな刺激になります。ユーザーが新しいサービスを見て「すぐにでも欲しい!」と食いついていたり、逆に「これは要らない」と一刀両断したりする様子を直接見ることで、言葉では伝わりにくい部分も含めて体験が生々しく伝わります。また、「この人たちのためにサービスを作っているんだ」という実感が得られやすく、組織内の関係者の活力にもつながります。

 さらに、調査結果をより良く解釈する対話の場作りや、調査結果を活かした議論をファシリテーションすることも組織作りに効果的です。UXリサーチを用いることで組織内で関係者がお互いの役割を超えて、ユーザーに良い体験を届けるためには何ができるのかを議論する機会を提供できます。

 また、関係者を引き込んでUXリサーチを積み重ねていくと、関係者の中でユーザー像やユーザーに届けたい体験のイメージが一致しやすくなり、アイデアを出したり精査したりするときの精度や効率を上げることにつながります。実際に筆者も、「だいぶ前に実施したUXリサーチがあったからこのアイデアが実現できた」などといわれることもあります。

 UXリサーチを通したユーザーの理解はすぐに直接的なアイデアや意思決定につながらなくても、長い目で見れば組織の中で活かされていくのです。そのため、UXリサーチをするときは仮説検証だけでなく、ユーザーの生活や考え方を理解する時間も取ることをおすすめします。時間は全体の調査時間のうち20~30分は取ってみましょう。「ユーザーはどういう人なのか」「どのようにサービスを使っているのか」「どういう利用状況にいるのか」などを聞いておき、関係者の中でユーザーの理解が高まるように、意識的に共有しましょう。

 一方で、組織の都合の良いようにUXリサーチの結果が活用されてしまわないように注意が必要です。たとえば、「調査結果のごく一部だけを切り取って使われてしまう」「1人の協力者の発言が過度に一般化して扱われてしまう」といったことが起こり得ます。だからこそ、組織の中でUXリサーチの結果をうまく活用できるように議論の場をファシリテーションすることも重要な役割だと捉えましょう。

関係者の中でユーザーの理解が次第に高まり、一致してくる
はじめてのUXリサーチ

Amazon SEshop その他


はじめてのUXリサーチ
ユーザーとともに価値あるサービスを作り続けるために

著者:松薗美帆、草野孔希
発売日:2021年8月5日(木)
定価:2,200円(本体2,000円+税10%)

本書について

UXリサーチの基本的な捉え方から、組み立て方、手法、または組織で活かせる仕組みの作り方や仲間の増やし方、実践知の共有まで、ひとりでも小さく始めて続けられるノウハウをまとめています。

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MarkeZine(マーケジン)
2022/05/12 17:24 https://markezine.jp/article/detail/36840

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