※本記事は、2021年8月25日刊行の定期誌『MarkeZine』68号に掲載したものです。
進んだのはEコマース化だけではない
ニューバランスジャパン マーケティング部 ディレクター
鈴木 健(すずき・たけし)氏1991年広告会社の営業としてスタートし、ナイキジャパンで7年のマーケティング経験を経て2009年にニューバランスジャパンに入社し、現在に至る。ブランドマネジメントおよびPRや広告をはじめデジタル、イベント、店頭を含むマーケティング・コミュニケーション全般を担当。2017年から2019年はDTCビジネスの直営店とEコマース事業も統括。2020年からマーケティングディレクター。
オンライン決済プラットフォームで有名なペイパルが6月28日に発表した報告書(※1)によれば、新型コロナウイルスのパンデミックに見舞われた2020年、世界13の市場におけるEコマースの売上増加額は100兆円にものぼりました。コロナ禍において、世界的にデジタルシフトが加速したことは、EC市場だけに見られる変化ではありません。私たちの生活に深く浸透したスマートフォンをベースにして、密を避けるためのモバイルオーダーと店頭受け取りによって待ち時間が短縮され、リアルな店舗体験がスムーズになったり、感染防止にも役立つタッチレスな電子決済によって支払いの手間や時間が省けたりするようになったのも、変化のスピードをさらに速めた例と言えるでしょう。
その意味でコロナ禍は、未来に生き残るブランドをふるいにかけた出来事でもありました。なぜなら、上記のようなデジタルシフトができないブランドがますます不利になっていくからです。この生存競争を乗り越えるには、いくつかの条件がありました。ここでは5つに分けて順に説明していきます。
デジタルシフトにおけるブランドの生存条件
- 1. リアル接点がなくなってもブランドとして想起されるかどうか
- 2. リアル接点がなくなっても代わりのデジタルの接点を持っているか
- 3. デジタル接点の中でブランドが見つけやすいか
- 4. デジタル接点を起点としてもブランドの体験が優れているかどうか
- 5. デジタルの接点と体験をブランドが継続的に改善しつつ提供できるかどうか
「マインドシェア」は最初にチェックすべきブランド資産
1番目に挙げたのは、「リアル接点がなくなってもブランドとして想起されるかどうか」ということですが、これはデジタルに限らずマーケティングにおいて想起率の高さやマインドシェアと言われるものです。コロナ禍でリアルな買い物体験が減ると、買い物を通してブランドの店舗やパッケージ、商品を目にする機会が減ります。したがって頼れるのは、顧客の頭の中だけになります。コロナ禍でリアル店舗の売上が減っても、EC市場で大きな市場シェアの変化が起きないのは、この人々のマインドシェアが容易に変化しないからです。コロナ禍以前から存在している大きなブランドは、市場に既に多くの購入経験者、使用者がいますので、顧客層が大きな資産です。彼らの想起を通して購入するという習慣はなかなか変化しません。そのため第一のチェックポイントとして、自社のブランド資産を正確に捉えておく必要があるのです。
ただし、これには注意点があります。そのカテゴリーにおいてブランド想起率が高い上位ブランドは有利ですが、下位ブランドは不利になります。また、カテゴリー自体の需要が大きく上がる際には、ブランドよりも価格や手に入りやすさのほうが重要視されます。これはコロナ禍の「マスク」の市場で実際に起きたことです。シャープがマスクを生産したことは大きな話題になりましたが、実際に生活で購入したマスクのブランド名はそのような有名メーカーよりも、近くの店舗やECですぐに手に入る安価なものが多かったのではないでしょうか。