生活者の利益・利便性を最優先に考える
MarkeZine編集部(以下、MZ):2022年4月に改正個人情報保護法が施行され、GoogleやAppleが脱Cookieのための技術を発表するなど、プライバシー保護の動きが加速しています。マーケターがこの動きに対応していくことはとても重要ですが、これまで使用していた手法やデータが使えなくなる中、どのようにパフォーマンスを維持・向上させていくか、不安な面もあると思います。Meta日本法人であるFacebook Japanの田中さん、電通の三谷さんはどのようにお考えでしょうか?
田中:Metaは以前から「プライバシー保護とパーソナライゼーションは背反するものではない」というメッセージを発表しており、この考え方は今も変わっていません。広告の文脈で言えば、プライバシーを守りながら個々の利用者に合わせた広告を提供していくことが、利用者にとって価値の高い体験の提供につながると考え、技術開発を進めています。
広告主の立場からも、プライバシー保護とパフォーマンスはトレードオフになるものではありません。プライバシー保護の第一歩として、まずデータ活用の際にその利用の透明性を高め広告主が適切にデータ利用を管理できるようにする必要があると考えております。当社が提供しているデータ連携の透明性を高めるための代表的なソリューションに、後ほどお話しするコンバージョンAPI(CAPI)がありますが、これを実装したことで効果が向上した例もあります(参考記事一覧)。
三谷:広告主、広告会社にはマーケティングを行うスタンス、より具体的には考え方の順序を変えていくことが求められるように変わっていくのではないかと私たちは考えております。第一義的に目指すべきは生活者の利益や利便性であり、それを満たした結果パフォーマンスが高くなる、というのがあるべき姿です。きれいごとではなく、パフォーマンスを上げるにはそうすることが必要な世の中になりつつあると捉えています。
生活者目線で利便性とは何かを考えると、田中さんがおっしゃる通り、一人ひとりに最適な情報やサービスが提供されることです。パフォーマンスさえよければ何をしてもよい、という考え方では支持を得ることはできません。プライバシー保護とデータの利活用の両方を最大限満たす在り方をデザインすることが必要です。
データを取り扱う企業に求められる行動とは?
MZ:実際にデータを取り扱っていく広告主には、どのような行動が求められているのでしょうか。
田中:自社がどんなデータをどのように活用していくのかを主体的にデザインし、消費者に説明できる状態にしておくことです。具体的には、どんなデータをどこまで取得するのか、それをどのように活用していくのか。第三者に送付する場合は、何をどのような形態で送付するのかといったことが挙げられます。
これまでは定型化された手法やツールを取り入れて、半ば自動的にデータを収集・活用していた企業もありましたが、これからは一つひとつのプロセスに、より積極的にかかわり、経営判断をしていくことになるでしょう。
このようなデータ活用の透明性を高めていく動きに対応し、Metaが果たすべき役割は、広告プラットフォームとしてそれを実現できる環境や、技術的な基盤を提供することであると考えています。
三谷:Cookieフリー時代に入り、改めてFacebook Japanさんのようなデジタルプラットフォーム事業者と手を組む意義や価値を、今一度、振り返るいい機会になったのかもしれません。その大きな目的は、自社では得られないデータを補完することで、顧客をさらに深く理解し、価値の高い顧客体験を提供できるようになることでしょう。
Facebook Japanさんは自社サービスを利用する生活者に、利用登録の形で許諾を得て、それによってお預かりした生活者のデータを良質な顧客体験として還元しています。生活者はその体験に価値を感じているからこそプラットフォームを利用し、データを預けていますよね。許諾を得て利便性を還元していくという関係性は、データ利活用のサイクルの理想的なあり方の一つです。広告主がプラットフォーム事業者と協業する際には、この関係性を尊重し、生活者の利益・利便性に沿うアクションをとっていくことが求められます。
Facebook Japan、電通それぞれの取り組み&ソリューションを紹介
MZ:続いて、データ活用の透明性を高めながらパフォーマンスを追求していくために、Facebook Japanさん、電通さんがどんなシステム基盤やソリューションを提供しているか教えてください。
田中:Metaではピクセルを補完する技術として、コンバージョンAPI(CAPI)を用意しています。2年以上前に提供を開始し、導入事例を紹介してきました(参考記事一覧)。
CAPIはブラウザを経由せず、広告主のサーバーからMetaのサーバーへと、データを直接やり取りすることができる仕組みです。エンジニアが設計・実装するAPIであることから、広告主自らが送付するデータの全貌を把握・デザインできます。
他方、自由度の高さを担保している分、導入の難易度が上がってしまう側面があります。そこで電通さんには黎明期から、支援パートナーとして広告主企業への導入支援を引き受けていただいています。
三谷:生活者の利便性がわかりやすい透明性の高い広告環境を実現するために、広告業界のプレイヤーをサポートしていくのが、私たちの責務です。知見を集約できる立場にある当社だからこそ、積極的に役割を引き受けていきたいと考えています。
CAPIの実装に関連する動きとしては、昨年、Cookieに依存しない新計測基盤として「X-Stack Connect(クロススタック・コネクト)」の提供を開始しました(プレスリリース)。X-Stack Connectはプライバシー保護と計測環境の維持を両立するため、サーバーサイドのアクセスログとフォームの入力情報の両方を使った計測に対応しています。
また、同一の基盤で複数の広告プラットフォームに対応できるようなアプローチを採用しています。技術的サポートに留まらず、許諾取得のためのコンサルティングや、CMP(コンセント・マネジメント・プラットフォーム)との接続まで、一気通貫で提供しています。
田中:CAPIの実装においては、電通さんのようなパートナーにデータ活用のデザインのフェーズから全面的なコンサルテーションを依頼するパターンの他にも、Metaが提供するCAPIゲートウェイというソリューションを活用し、広告主に自ら実装いただく選択肢も用意しています。
データをサーバーに直接送付するという基本的な仕組みはCAPIと変わりませんが、あらかじめパッケージ化してある部分が多いため、CAPIと比べて実装の労力やコストを減らすことができます。もちろん省力化できるといっても、送付データの選択など重要な透明性の高さは維持されています。あくまでエンジニア自らがコード書いてデバッグしなければならないという点を削減することで効率化を後押ししています
デバイス横断でジャーニーを観察できる新手法も
MZ:プライバシー保護とパフォーマンスを両立していくためのソリューションが、具体的に用意されていることがわかりました。他にはどのような取り組みをされているのでしょうか?
三谷:特に期待している取り組みに、Metaさんが提供しているデータ統合基盤「Facebook Advanced Analytics」があります。これはデータクリーンルームと呼ばれる、各プラットフォーム事業者が提供する分析基盤のひとつとして位置付けることができると我々としては考えており、これを活用することで、生活者個人を特定することなく、企業のデータサイエンティストがデータの統合や分析のためにアクセスすることができます。電通と電通デジタルでは、この統合基盤を活用したマーケティング施策の分析ソリューションを国内で初めて提供しており、既に40件以上の広告主様に活用いただいております(プレスリリース)。
Metaさんの大きな強みは、Facebook、Instagram、Messengerといった複数のサービスを、デバイス横断・同じIDでシームレスに活用できるところです。オムニチャネル化が進行し、「ネットで広告を閲覧し、店舗で購入する」といった行動が当たり前になっていますが、広告主としては、そのような顧客の行動を精緻に追っていくのは難しい状況でした。たとえば会員システムを導入し、顧客にその都度登録・ログインをお願いするというやり方がありますが、コストがかかる上に、どうしても欠落が出てしまっていたのです。
この点、Facebook Advanced Analyticsを使うと、広告の接触から実店舗での購買に至るオムニチャネルでの顧客のジャーニーのありかたを観察し、「どのタイミングで後押しとなるようなメッセージを送るのが適切か」を分析することが可能です。
チャネルやファネルを横断した統合的な顧客体験は、生活者にとって快適なものですので、結果として広告主の事業成長への貢献にもつながっていきます。これは電通の目指すIntegrated Growth Partnerとしての価値提供のひとつの形にもなっています。
Advanced AnalyticsもCAPIと同様、自由度が高いものですので、この分析基盤をどう活かすかは、実装する企業が主体的にデザインしていく必要があります。したがって我々電通では、どういった分析をすれば、生活者にデータを提供いただいた価値を還元し、クライアント企業の利益につながるのかという設計・実装領域をお手伝いしています。
一歩進んだ取り組みに向けて、技術投資を強化
MZ:最後に今後の展望を教えて下さい。
田中:データ活用の自由度・透明性を担保できる環境を作っていくことから、さらに進んだ取り組みも進めています。具体的には、Metaが利用しているデータについては、「プライバシーに関して懸念のある利用方法を技術的に不可能とする」という状況を整えようとしています。これがPrivacy-Enhancing Technologies(PETs:ペッツ)と呼ばれるソリューション群で、プライバシーとデータ活用は対立するのではなく両立できるものだ、という世界を作っていくための投資を強化しています(プレスリリース【英語版】)。
一例として「Secure Multi-Party Computation(セキュアマルチパーティーコンピュテーション)」と呼ばれる技術があります。この技術では、広告主と媒体メディアが協力しながら必要な計算を行うのですが、データは転送中、保管中、使用中と常に暗号化され、どちらの当事者も相手のデータを見ることができないように保護されます。
現在使われている手法では、たとえば特定の広告を見て購入した人を知るために、購入した人の情報を広告メディアに送付、連携して計測が行われます。一方でこの新たな技術では、暗号化を駆使した特殊な計算手法を用いることで、一人の当事者に両方のデータを預けることなく、両者が広告のパフォーマンスに関する情報を知ることができるようになります。他にもいくつかの手法がありますが、一部の技術については既に弊社でテストも進んでおり、遠くない将来、皆様にご利用いただける見通しです。
三谷:今後もMetaさんを含むプラットフォーム事業者からさまざまなシステム基盤が提供されていくと思います。これに対し当社は、それらをどのように活用すれば生活者の利便性が向上し、結果としてクライアント企業の事業成長につながるかという観点で検討し活用していく立場です。今後も生活者とクライアント企業にとっての価値を最大化するための支援を続けていきたいです。
田中:これまでプライバシーをめぐる対応については、生活者にとってメリットがあるとしても、広告主にとってはパフォーマンスに懸念が生じる、という見られ方をするケースが少なくありませんでした。広告メディアの業界において最先端を走るプレイヤーとして、本当の意味でプライバシー保護とパフォーマンスを両立させることができるよう、引き続き、電通さんのような深い知見をもつパートナーと協業しながら取り組みを進めていきます。