本記事は『ザ・ダークパターン ユーザーの心や行動をあざむくデザイン』の「Chapter1 ダークパターンとは何か」から一部を抜粋したものです。掲載にあたって編集しています。
消費者を惑わせるWebサイト設計
うっかりミスは誰のせい?
友人の出産祝いを選ぶために、とあるショッピングサイトを利用していたときのことです。数あるお祝いギフトの中から、可愛らしいベビーブランケットを見つけ、きっとこれなら喜んでくれるだろうと思い、お祝いのメッセージを添えて商品を注文しました。
自分が「やってしまった」ことに気が付いたのはそれから2日後のことです。メールボックスを開くと、ギフトの発送完了メールとともに、ベビー服のセール情報や、ショッピングモールからのお知らせメールが大量に届いていました。どうやら私は、ギフトを注文した際に、メルマガ登録のチェックボックスを外し忘れていたようです。このサイトでは5種類ものメルマガのチェックボックスがデフォルトでオンになっているため、私は買い物のたびにチェックを外さなければなりません。
クレジットカードの利用履歴をチェックしていたときにも、同じようなことがありました。家賃、水道光熱費、携帯料金、Spotifyのサブスクリプション、Uber Eatsの利用料、電子書籍代......。一つひとつ確認していると、その中に見覚えのない引き落としを見つけました。
明細書をよく見ると、それはどうやら大手通販サイトの月額会員費の引き落としのようでした。しかし、過去にこのサイトを利用した記憶はあるものの、月額会員にまでなった覚えはありません。引き落とし額は500円ほどでしたが、すぐに解約するためにも、原因を調べることにしました。
数分後、私が見つけたのは、その通販サイトのサポートページに記載されていた、こんな一文です。 「心当たりのないプレミアム会員登録について ── ABCショッピングでお買い物の際、注文時にプレミアム会員登録をしませんでしたか? お買い物の際に、以下のボタンを押して注文すると、その注文と同時にABCプレミアム会員に登録されます。」
確かに半年前、私はABCショッピングで買い物をしました。しかしまさか、「ご注文手続きへ」のボタンを押しただけで有料のプレミアム会員に登録されているとは、思いもよりません。
どうしても確認してみたくなり、私は実際のサイトにアクセスしてみることにしました。これがその画面を再現したものです。
どうやら私は、グレーの「このままご注文手続きへ」のボタンをクリックすべきところを、意図せずオレンジ色のボタンを選んでいたようでした。プレミアム会員に関する説明が目に入っておらず、(おそらく無意識に)オレンジ色のボタンを選択していたのです。そうして、プレミアム会員の半年の無料お試し期間を経て、口座から会員費が自動で引き落とされた、というわけです。
このように、ショッピングサイトを利用していると、気づかないうちに大量のメールマガジンに登録していたり、見覚えのないサービスにお金を支払っていたりと、思わぬ罠に引っかかることがあります。私たちは、このようなサイト設計に、少なからず欺瞞的(嘘ではないが、もはや嘘をついているも同然)な側面があることを知っています。しかし、自分の見落としや、不親切な設計にわざわざクレームを入れる労力を考えると、大抵は「まぁいいか......」と諦めてしまうものです。
国内に広がるダークパターン
2021年3月、日本経済新聞が「国内の主要ウェブサイトの6割でダークパターンが確認された」と大きく報じました(*)。これを皮切りに、オンラインメディアや、テレビ・ラジオ番組でもダークパターンが少しずつ取り上げられるようになりました。ダークパターンの存在を、これまで以上に消費者が認識するようになれば、企業による欺瞞的なサイト設計には、より厳しい目が向けられるようになるでしょう。
*「ダークパターン、世界で規制強化 消費者サイトで客に不利な誘導、国内サイト6割該当」(綱嶋亨/2021年/日本経済新聞)
私たちが、消費者に対して説得を試みるとき、どこまでが「セールステクニック」として許されるでしょう。そして、どこからが「ダークパターン」になり得るでしょうか。
まずは、ダークパターンとは何か。その定義と起源について知ることから始めましょう。
ダークパターンとは何か、その定義
ダークパターンの名付け親
日本のメディアで「ダークパターン」が取り上げられるようになったのは、ここ最近のことです。インターネットを利用していると、しばしばダークパターンに遭遇することがありますが、そもそも名前が付いていることを知らなかった人も多いのではないでしょうか。
ダークパターンの概念が初めて紹介されたのは、2010年のことです。ユーザーエクスペリエンスの専門家であり、認知科学の博士号を持つイギリス出身のハリー・ブリグナルは、彼が立ち上げたWebサイト「Darkpatterns.org」の中で、ユーザーを欺いたり、勘違いさせたりするユーザーインターフェースに「ダークパターン」と名付け、初めてその概念を提唱しました。
ブリグナルは、ダークパターン(*)を次のように定義しています。
ダークパターンとは、ユーザーを騙して何かを購入させたり、登録させたりするなど、意図しないことを実行させる、Webサイトやアプリで使われているトリックのこと(筆者訳)
――ハリー・ブリグナル darkpatterns.org
*2022年4月頃より、ブリグナルはダークパターンを「ディセプティブデザイン(人を欺くデザイン)」と表現し、Webページの名称も「ディセプティブデザイン」に変更しています。これは「ダーク」という言葉に、ネガティブなイメージを与えることのないよう、配慮しているためと考えられます。
ダークパターンの目的
ダークパターンは、ユーザーを騙して、通常であれば取らないであろう行動をさせるユーザーインターフェースです。
ユーザーインターフェース(UI)とは、ユーザーとシステムの「接点」のことです。例えば、オンラインで商品を購入するときのボタンや入力フォーム、リンクテキストなど、私たちが画面を操作するときのあらゆる要素は、すべてユーザーインターフェースです。
ユーザーを欺くインターフェース=ダークパターンは、その手法ごとに仕分けると、いくつかのカテゴリーに分類できます。それらに共通しているのは、どのダークパターンも、ユーザー(消費者)に対して、次の3つのいずれかを行うように設計されている点です。
- より多くのお金を支払わせる
- より多くの個人情報を提供させる
- より多くの時間を浪費させる
ダークパターンを「デザインの失敗」と区別する
もちろん中には、ダークパターンのように見えて、単にデザインの失敗である場合もあります。「アンチパターン」です。アンチパターンとは、ユーザーの操作の失敗につながる間違ったデザインアプローチのことを言います。
例えば、お問い合わせフォームの送信ボタンの隣にリセットボタンが配置されていたらどうでしょうか。フォームの設計者は、いつでもユーザーが入力をやり直せるように、親切心からリセットボタンを配置したのかもしれませんが、急いで操作しているユーザーは送信ボタンを押すつもりで、リセットボタンを押してしまうかもしれません。
ダークパターンとは異なり、アンチパターンはユーザーへの配慮が欠けていたり、設計者が未熟であったりすることが原因で生まれるものです。アンチパターンとダークパターンは、ユーザーを望まない結果へ導くという点においては同じですが、ダークパターンは意図的に設計されています。ブリグナルは、この2つの違いについて、こう述べています。
「ひどいデザイン」の作り手と言われて普通思い浮かべるのは、いい加減でだらしないが、悪意はない人物だろう。一方でダークパターンはミスではない。作り手は人間の心理をしっかり理解した上で、巧妙なデザインを行う。ユーザーのことなど彼らの頭にはない
――ハリー・ブリグナル darkpatterns.org出典:『悲劇的なデザイン ―あなたのデザインが誰かを傷つけたかもしれないと考えたことはありますか?』(ジョナサン・シャリアート、シンシア・サヴァール・ソシエ著/高崎拓哉翻訳/BNN/2017年)
もちろん、デザインの現場では、デザインの「設計者」とは別に「発注者」がいることがほとんどです。ダークパターンの作り手は、単にクライアントの意向をデザインに反映しているだけかもしれません。その欺瞞性に無自覚な場合もあるでしょう。ダークパターンをダークパターンたらしめているのは、「その利益の享受者は誰か」という点です。ダークパターンは常に、ビジネス側にのみ利益をもたらします。
2019年に、コンピューターサイエンス分野の国際学会ACMに掲載された、プリンストン大学のアルネシュ・マトゥールらによる論文(*)は、ブリグナルのダークパターンの定義をさらに一歩前へ推し進めています。
ダークパターンとは、ユーザーが意図していない、あるいは有害になり得る意思決定をするように強制したり、操作したり、欺いたりすることによって、オンラインサービスの提供者に利益をもたらすユーザーインターフェースデザインの選択肢のこと(筆者訳)
*「Dark Patterns at Scale: Findings from a Crawl of 11K Shopping Websites」(Arunesh Mathur, Gunes Acar, Michael J. Friedman, Elena Lucherini, Jonathan Mayer, Marshini Chetty and Arvind Narayanan /2019年/ ACM)
ダークパターンはあらゆる分野に
今後の議論の高まりによって、ダークパターンの定義は、分野ごとに細分化していく可能性があります。Eコマースに限らず、ソーシャルメディア、AI、ビッグデータ、ゲーム(ゲーミフィケーション)など、多岐の分野に存在するダークパターンを、たったひとつの定義で捉えることは困難だからです。
さらに広い視点で解釈するのなら、ダークパターンはデジタルの世界だけでなく、現実の生活にもたくさん存在します。携帯電話の複雑な料金プランや、顧客の注意を引くために、契約済みの物件を掲載するおとり広告などはその代表例でしょう。
ダークパターンそのものは、インターネット黎明期から存在していたものですが、このように新たに命名したり、定義したりすることは、人々の注意を向け、その意識を強化するのに役立ちます。もともとブリグナルがDarkpatterns.orgを立ち上げた目的は、ダークパターンの存在を人々に知らせ、それらを使う企業を恥じ入らせることでした。彼のアイデアである、ダークパターンを使う企業を明るみに出す草の根活動「Hall of shame(恥の殿堂)」では、多くの人々が、問題があると感じたWebサイトやアプリのスクリーンショットを撮影し、ハッシュタグをつけてTwitter上に拡散しています。
こうした流れの中、2021年5月には、アメリカの消費者団体コンシューマー・レポートが、匿名の通報サイト「ダークパターン・チップライン」を立ち上げました。この通報サイトの目的は、消費者にダークパターンの注意喚起を行うことだけでなく、窓口に寄せられたフィードバックを、政策立案や悪質な事業者の特定に役立てることにあります。もはや、ダークパターンは社会問題になりつつあるのです。
国内外で高まるダークパターンへの忌避感
ダークパターンに対する規制強化の兆し
、私たちはダークパターンにさらされると簡単にその選択を曲げられてしまいます。そのインパクトは、インターフェースがしつこく巧妙であるほど強力です。
しかし、現在の国内の法律では、ダークパターンの大半は合法です。そして、「法律の範囲内でお金を稼いでいるのだから問題ない」と考える企業もあります。激しい市場競争にさらされている営利企業にとってこれは、自然な反応なのかもしれません。それを批判したり、悪者にしたりすることには、あまり意味がありません。
とは言え、ダークパターンはこのまま放置され続けるのでしょうか。世界の動向に目を向けると、決してそうではないようです。消費者保護やプライバシー保護に敏感な欧米では、GDPR(EU一般データ保護規則)やCCPA(カリフォルニア州消費者プライバシー法)においてダークパターンに対する規制を強化しています。消費者の間でも、ダークパターンに対する忌避感は高まっており、日本でもその兆しが見え始めています。
日本国内でも相次ぐ消費者トラブル
このコロナ禍で、私たちの生活のデジタル化はさらに加速しました。新しい生活様式へとシフトする中で、オンラインサービスを利用する人はこれまで以上に増加しました。しかし、それに伴い、消費者トラブルも急増しています。中でも、ネット通販の「定期購入」に関するトラブルは顕著です。
全国の消費者センターには、「1回きりの購入のつもりが、定期購入になっていた」「いつでも解約できるはずなのに、販売業者に電話がつながらず解約できない」などの相談が相次いでいます。その件数は2015年と比べてなんと14倍です。
企業がダークパターンを使うリスク
その稼ぎ方が、やがて仇となる
UXコンサルティング会社、ニールセン・ノーマン・グループのヴァイスプレジデントであるホア・ロレンジャーは、米Fast Company誌の中で、ダークパターンを使うリスクについて次のように述べています。
企業がダークパターンから得られる短期的な利益は、長期的には失われる(筆者訳)
一部の企業は、ダークパターンを使うことで、少しでも多くの利益を得ようとしています。特に、創業期の企業は、ビジネスを軌道に乗せることが最優先事項であるため、ダークパターンを使いやすい環境にあると言えます。
また、企業のマーケティングチームは、サービスの会員数、販売数など、ビジネスの拡大に直結する数値を重要指標として定め、さまざまな施策をおこなっています。しかし、マーケティングチームが数値改善に取り組むその裏で、カスタマーサポートにクレームが寄せられ、多大な対応コストが生じていたとしたらどうでしょうか。その事実は、“指標”には表れません。
ダークパターンを使って売り上げを伸ばし、数字上はビジネスが成長しているように見えても、思いもよらぬところに悪影響を及ぼしている場合があります。以下に挙げる9つのリストは、ダークパターンを使うことによって生じ得る損失やリスクの一覧です。
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カスタマーサポートへの負担増
顧客からのクレームは、カスタマーサポートの負担を増やす。電話やメールの対応には時間がかかり、そのための従業員の人件費も発生する。 -
返品率の増加
顧客が商品を返品する可能性が高くなる。返送や返金のコストが発生するだけでなく、その負担をめぐってトラブルにつながる可能性もある。 -
SNSでの悪評の拡散・ネガティブレビュー(レピュテーションリスク)
顧客がソーシャルメディアに不満を投稿したり、販売プラットフォームやGoogleレビューにネガティブなレビューを投稿したりすることで、ブランドの評価が下がる。 -
顧客のライフタイムバリューの低下
顧客がサービスを利用しなくなったり、他のサービスに乗り換えたりするようになり、ライフタイムバリュー(顧客生涯価値)が低下する。 -
新規顧客獲得コストの増加
ブランドの信頼性が低下すると、顧客を説得することが難しくなり、新規顧客を獲得するためのコストが増加する。また、リピーターの数が減り、ロイヤルカスタマーからの紹介が発生しにくくなる。 -
従業員の離職率・人材の採用コストの増加
会社の対外的な評判が良くないことや、クレーム対応のストレスから、従業員の離職率が高まる。また、社名検索時にネガティブなキーワードが表示される場合、人材採用時の応募率にも悪影響を与える。 -
消費者トラブルへの発展(紛争・訴訟のリスク)
消費者トラブルに発展する。紛争解決には多くの時間と費用、そして精神的なストレスがかかり、本来の業務に集中できなくなる。 -
法律違反・罰則リスク
特定商取引法やその他の法律に違反した場合には、業務改善の指示や業務停止命令(業務禁止命令の行政処分)または罰則の対象となる。 -
業界全体の信頼が損なわれる
ダークパターンを使う当事者だけでなく、業界全体の信頼が損なわれる。顧客の警戒心は高まり、今まで以上に広告やマーケティング費用をかけなければならなくなる。
ダークパターンを使うことは、こうしたリスクの種を撒き散らすことにつながります。何より、返品やクレーム対応にかかる金銭的コストはお金で解決できますが、一度失った顧客の信頼は取り戻すことができません。Darkpatterns.orgのブリグナルは、ダークパターンに依存したビジネスの危険性について、次のように警告しています。
より優れたエクスペリエンスを提供する競合他社が現れるのは時間の問題です。もしあなたのビジネスがダークパターンに依存しているなら、それは破壊される可能性があることを意味します(筆者訳)
ダークパターン規制強化
ダークパターンの9つのリスクについて解説しました。しかしながら、私たちがダークパターンについて議論するときに必ず耳にする「顧客を罠にかけるビジネスは、最終的には顧客に選ばれなくなる」という考え方は、半分真実でありながらも、やや楽観的に思えます。なぜなら、長きにわたりダークパターンを使い続けている企業が、今でもビジネスを成長させている現実があるからです。
例えば、国内大手のECプラットフォームは、サイト会員に大量のメールマガジンを登録させることでたびたび批判を受けていますが、それが原因で、今後ビジネスが傾くとは思えません。あるドメイン事業者は、操作的なインターフェースでドメインを自動更新させようとしたり、スパム行為に近いメールマーケティングを行っていたりしますが、グループ会社と合わせるとトップクラスの市場シェアを誇ります。巨大なプラットフォーム企業や、寡占企業の場合、競合が少ないために、脅威にさらされることがないのです。
これこそが、ダークパターンへの規制強化論が高まっている理由ではないでしょうか。
もちろん、ダークパターンの規制は、すべてを一度に解決する万能薬にはならないでしょう。イタチごっこが起きることは容易に想像できますが、それでも禁止行為や罰則規定を定めることは大きな抑止力になります。何より、メディア報道を通じた議論の高まりが、消費者のリテラシーを高めることにもつながるはずです。