「社会を編集する力」で共感の幅を広げる
白石:澤田さんとは、お仕事や講演などでご一緒しています。今回テーマに掲げた「社会編集力」も、澤田さんと講演の内容を考える中で生まれたもので、マーケターやクリエイティブに関わる方々は自身の「社会を編集する力」をもって、新しい共感の幅を広げていけるのではないかと考えています。
澤田さんの著書『マイノリティデザイン』(ライツ社)や『ホメ出しの技術』(宣伝会議)にも、立場や見方を変えて社会をどう編集するか、という観点がありますよね。
今日はいくつか事例をもってきたのですが、たとえば以前教えてもらったCM「Meet The Superhumans」は、第一弾から議論を経てアップデートされていましたね。
澤田:そうですね。2012年のロンドンパラリンピックの際、英・大手テレビ局のチャンネル4が「Meet the Superhumans」という自社広告を制作しました。障がいのあるアスリートを“超人”として賛美するトーンで描いたんですね。
これがかなり、賛否両論を巻き起こしました。「障がい」にフォーカスするのではなく、選手の才能や挑戦を圧倒的な力強さで描くことで、パラスポーツに対する新しいパーセプションを獲得した一方で、当事者である障がい者の方々を中心に「私たち皆が別に超人じゃない」「CMはむしろ新しいバイアスをかける」との反発の声もあったんです。
そこで同社は当事者の方々と対話を重ね、2016年のリオ大会ではもう少し親近感を出し、2021年の東京大会では新たに「Super. Human.」を放送しました。「Superである.だけど、人間だ.」みたいなニュアンスで、選手たちが育児で悩んだり仕事に嫌気が差したりといったシーンも描きました。「Super」の描き方を、アスリートとしてのステレオタイプに当てはめるのではなく、あくまでも人として普通に悩みながらも生活し、葛藤し、前進しながら競技に取り組む姿を打ち出しました。
企業やメディアは「社会を編集する力が強い」ことを自覚したほうが良い
白石:賛否両論を受け止め、当事者と対話を続ける姿勢でメッセージをアップデートしたことが印象的でした。澤田さんはどう見ましたか?
澤田:素晴らしかったのは、企業の「レスポンシビリティ」がとても高かったことです。日本語では責任と訳されることが多いですが、僕はこれをエマニュエル・レヴィナスとジャック・デリダが概念として提唱した「応答可能性」に寄せて捉えています。
チャンネル4は9年も当事者と対話を続けて、結果「スーパーヒューマンではなく『ヒューマン』」だと表現を昇華させている。伝説級の広告を作って終わりではなく、それによって上がった声に私たちは答えなければ、という半ば反射的なこの姿勢こそ、DE&Iを推進するマーケットや企業にとって非常に大事な要素だと思います。
白石:チャンネル4はマイノリティの方々、この場合は障がいを持つ方々との対話を続けて社会に新しい見方を投げかけました。それはつまり、変化する時代に必要な社会を編集する力の一端だと思うのですが、どうでしょうか?
澤田:同感です。そして、応答可能性の重要性に重ねると、企業やメディアは「自分たちは社会を編集する力が強い」と自覚することも欠かせないと思います。
良くも悪くも、企業やメディアが発する内容によって、これまで離れていた情報がつながったり、ある事象が急に脚光を浴びたりして社会に新しい文脈が生まれます。その際、企業もメディアも無意識にマジョリティの立場に立ち、結果的にマイノリティが排除されていることも多いと思います。だからマーケティングや情報発信をしようとする際に、マジョリティ側の論理で社会を編集していないか?と、丁寧に考えることはとても重要です。
ただ、そういう僕自身、大企業に勤める男性で異性愛者で健常者という、マジョリティ中のマジョリティです。息子が先天的に目が見えなかったことで、一気に当事者の親というマイノリティに近い立場になって初めて、いち市民としても無自覚に格差を助長していたと気づいたんです。