コスメ・美容のクチコミアプリで「継続利用ユーザー」の獲得を目指す
MarkeZine編集部(以下、MZ):はじめに、皆さまのご経歴と現在の業務領域についてお教えください。
一ノ瀬:新卒から広告代理店で、大手ゲームアプリ会社を中心にコンペ、フロント、運用、媒体折衝、クリエイティブディレクションなどを一貫して担当し、その後、今のAppBrewに転職しました。
現在は、コスメ・美容に特化したSNSアプリ「LIPS」の新規ユーザー獲得施策に関して、デジタルプロモーションやインフルエンサー活用、EC広告などを含め、基本的にすべて見ています。ミッションとしては、アプリの単発的なユーザー獲得だけではなく、「LIPS」を継続して使っていただけるユーザーを獲得していくことになります。
廣瀬:D2C Rで、ゲーム系のクライアントを中心に、アプリやWebのアカウントプランナーを担当しています。今回LIPSさんに提案させていただいた、TikTok動画広告におけるAI合成音声活用のプロジェクトを含め、クライアントが求めるものや目標に合わせた提案および案件の進行を行っています。
久保:私はD2C Rで、主にデジタル広告のクリエイティブプランニングを行っています。ターゲット・インサイトの分析から、より効果的な表現の掛け合わせを探り、データをもとにPDCAを回しつつ、クリエイティブのブラッシュアップをしていくことが主な業務となっています。
ショート動画広告への慣れが課題 キーワード「UGC風」とは?
MZ:「LIPS」では、早くからTikTokでの動画広告活用をされてきた印象です。活用されてきた経緯と、課題感を教えてください。
一ノ瀬:「LIPS」というコスメ・美容のプラットフォームアプリは、「なりたい自分を、もっと自由に」をコンセプトに掲げており、自分の年齢やジェンダーを意識せずに利用したいと思えるサービス を目指しています。
以前の「LIPS」では、10~20代の若い女性をメインターゲットとしており、その当時にメインユーザーの年齢層がマッチしていたTikTokには、いち早く注目しました。
現在の「LIPS」では前述の通りターゲットを広げており、年齢層が30~40代にも広がってきましたが、最近のTikTokはコンテンツが多様化し、幅広い世代のユーザーに利用されているため、TikTok広告を引き続きメインのプロモーションプラットフォームとして位置付けています。
弊社が以前行っていた動画広告は、「LIPS」内での投稿の静止画を紙芝居的に何枚か見せるものが主流でした。しかし、2022年の夏あたりから、そういったクリエイティブでは獲得が厳しくなってきたように思います。ユーザーがショート動画に慣れたことで、「動画広告の中身も“動画”でないとダメ」という風に変化してきていると、痛感しています。
廣瀬:一ノ瀬さんも仰るとおり、UGC風がトレンドではないでしょうか。実際にユーザー自身が映っていたり、話していたりする投稿風の動画や、今回LIPSさんも活用された、AI合成音声を使った動画などが具体例に挙げられます。広告感があまり出ない、普段見ているものとのギャップが少ないクリエイティブの方が、当たりやすい傾向にあると思います。
AI合成音声でユーザーの投稿に広告を馴染ませる
MZ:「LIPS」の新規ユーザー獲得を目的に、D2C Rと一緒に進めてきたTikTokの動画広告施策において、今回「AI合成音声」を導入したと聞きました。背景をお教えください。
一ノ瀬:LIPS全体として元々メインのターゲットにしていた若年層の女性ユーザーの利用率が上がるにともない、ユーザーの獲得数が落ちてしまっていました。新規層にアプローチしつつ、継続率も上げていかなければいけない。
そんな中で、動画クリエイティブにAI合成音声を取り入れることをD2C Rさんにご提案いただき、すぐに導入できるものであることと、LIPSの抱える課題にフィットしていることから、導入を決めました。
廣瀬:先ほどもお話しましたように、今の広告は、ユーザーに「広告感を与えない」「違和感を与えない」、つまり「UGC風」が重要なポイントになっています。
最近のTikTokでは、通常の投稿でもユーザーがおすすめのアプリを画面録画しながら、AI合成音声を付けて紹介している動画が主流になっていました。そこから着想を得て、LIPSさんの広告でも音声付きのUGC風を取り入れることで、広告をユーザー投稿の間に馴染ませることができるのではないかと考えました。
久保:TikTokではコメントなどで広告への反応も追えるため、その声や反響をすぐに動画広告に反映させていくことが理想です。
もし声優さんなどのプロの音声を使用すると、収録の手配に工数やコストがかかってしまい、改善点が見つかった際には、もう一度音声の録り直しを行う必要も出てきます。
一方、D2C RのAI合成音声は社内で制作しているため、少ない工数かつ低コストでPDCAを回せます。取り直しなどの融通も聞きやすく、柔軟に対応できるため、コスト面で考えてもTikTok上の動画広告においては、有効な手段と考えました。
CPIが30%改善 AI合成音声を使用した自然な動画広告
MZ:実際どのようにAI合成音声を活用しているのでしょうか。
久保:今回の動画広告では、ユーザーの継続率を高めていきたいという狙いから「LIPS」についての理解を深めてからダウンロードしてもらいたいと思っていました。
そのためには、アプリのベネフィットに興味を持ってもらえるようにする必要があります。LIPSというアプリの機能性やベネフィットをしっかりと認識してからダウンロードするのと「メイク動画が沢山載っているのだろう」といったなんとなくの認識でダウンロードするのでは、コンテンツへの熱量が異なり、ダウンロード後の継続率が異なってくるからです。
しかし、アプリの機能性をテキストだけで紹介すると、UGC感のあるメイク動画風やコスメ紹介風などのクリエイティブに比べた際に、インパクトや面白みが少なく、広告感も強く出てしまうため、フィードコンテンツに埋もれてしまうという問題がありました。
そこで、TikTok上で実際にLIPSを使用しているユーザーの投稿を調べ、画面録画にAI音声をあわせて収録している投稿を見つけました。その投稿には多くの再生数があり、いいねが付いていました。
そこから着想を得て、「LIPS」のアプリをAI合成音声と画面録画を使ってレビューした動画広告にしました。広告は、スマホで画面録画するなど、TikTokユーザーと同じような手順を踏み、なるべく自然になるよう意識しています。
MZ:AI合成音声を活用したことで、どのような効果や結果が表れていますか。
一ノ瀬:TikTokは、他の動画プラットフォームやSNSと比べても、“音”が重要になっていると思います。一人のユーザーとして考えてみると、Instagramのリールズやストーリーズは音を出さずに見ていることも多いです。しかし、TikTokはコンテンツの“音”が特に大きな要素として感じています。
実はインハウスでも、アプリの機能性を伝えるような動画広告は何度も挑戦していたのですが、どれもあまりうまくいっていませんでした。ユーザーが慣れた“音”が加わることで、これほど受け取られ方が変わるのだと、社内でも驚きの声が上がっています。
廣瀬:CPI(Cost Per Install)としてはAI合成音声を使用したクリエイティブとそれ以外では最大30%改善された形になりました。また、「LIPS」の効果測定においては、TikTok施策全体での7日間の継続率を重視されているのですが、AI合成音声広告を導入する前と比較して105%改善されており、定量・定性両方での効果を実感しています。
世界観やインサイトに合わせた音声制作がカギ
MZ:AI合成音声は今後、多くの企業でも効果が期待できそうです。活用においてどのようなノウハウが求められるのでしょうか?
久保:D2C Rのクリエイターは、抑揚やイントネーション、行間など、細かい表現にもこだわって音声を制作しています。
久保:ノウハウのないままにAI合成音声を使用するとやはり、機械的な印象を与えてしまいがちです。イントネーションに違和感のある声や、無機質な声では、興味を持ってもらえません。
今回のLIPSさんの動画広告でも、冒頭にフックになるようなセリフを置いており、その音声を抑揚などの表現を工夫することで、耳に留まる声にしています。
AI合成音声を使えば何でも当たるということではありません。ただクリエイティブを量産するのではなく、ターゲットのインサイトや商材のUSP、プラットフォームごとの特徴をしっかりと理解して、一つひとつのクリエイティブを確度高くプランニングしています。クライアントの持つ世界観やターゲットのインサイトに合わせ、受け入れられやすい“声”を作っていくことで、より効果的なクリエイティブになるようにしています。
動画広告に留まらないAI合成音声の可能性
MZ:AI合成音声の動画広告への活用について、今後の展望を教えてください。D2C Rとしては、今後どのような価値を提供できるとお考えでしょうか
一ノ瀬:TikTok以外のプラットフォームにも転用させていければと、今まさに、InstagramやYouTubeでの配信を進めています。TikTokだけでAI合成音声を配信しても、おそらく限界がきてしまうでしょうし、トレンドの移り変わりの激しいプラットフォームだからこそ、ユーザーが飽きてしまう可能性も十二分にあります。
ユーザーが複数のプラットフォームに介在しているからこそ、認知と獲得を横断的に行い、AI合成音声を使った動画広告のパワーを武器に、ユーザーの接触回数を増やしていければ、と考えています。
久保:YouTubeやSpotifyなど、音声をオンにした状態がデフォルトのプラットフォームはTikTok以外にも多く存在するため、AI合成音声の展開は広く考えられますね。目線は画面以外に気を取られていたとしても、耳から“ながら”でアプローチできるのが大きな強みです。また、AI合成音声は比較的安価で手軽なため、検証のためにいくつかの訴求軸を展開していくことも可能です。そして、一番効果の高い訴求軸ではリソースをかけて、マス広告に転用させるなど、ステップを踏むこともできます。そういった面では、音声広告や動画広告に踏み出せずにいる方も、挑戦しやすいのではないでしょうか。
廣瀬:今後、SNSや動画プラットフォームなどによってAI合成音声がさらに普及することで、より生活者がこうした音声を受け入れやすい世の中になっていくでしょう。それに合わせて、UGC風の動画に限らず、イラストと組み合わせて作る簡単なアニメーションなど、クリエイティブの表現の可能性は、今後より大きくなっていくと思います。
私たちの強みであるAI合成音声制作の技術と、データに基づいた広告プランニングを生かし、プラットフォーム・ターゲットと幅広い表現を掛け合わせて、広告効果の最大化を図れるクリエイティブを作っていきたいと考えています。